「みょうじ、シュートフォームがバラバラ、そんなんじゃ入んねーぞ」
冬休み明けの球技大会で苦手なバスケットに出ることになったわたしは、せめて少しでも練習しようと昼休みに一人で体育館にいた。
ボールを持ってリングに向かって放ってみるけれど、一向に入る気配がなかった。
そんな中、ほとんど話したこともなかったクラスメイトの三井がやってきた。
「なんで、」
「あ?自主練だよ自主練」
三井は朝練もしていて放課後は引退したはずの部活にもいまだ参加している。
昼休みまで自主練って、どれだけバスケが好きなんだ。
「もしかしなくても球技大会の練習か?」
「うん、苦手なのバスケ」
「よし」
三井は眉間に皺を寄せて、ボールを一度突いてからリングに向かってシュートを放った。
綺麗にリングを通ったボールがネットを揺らした。
「ほら、やってみろ」
「え」
「見てただろ?やってみろ」
言われた通りにもう一度ボールを放ってみる。
ボールはリングに届きもしなかった。
わたしは大きく溜息を吐くと、ゴール下へとボールを拾いに行く。
ボールを拾い上げると、三井がこちらへやってきて目を細めて笑った。
「球技大会まで特訓してやるよ」
「は」
意外な言葉と表情に、わたしは固まってしまう。
三井って、こんなふうに笑うんだ。
「何だよ、嫌なのかよ」
「嫌じゃないです」
ただ、こんなの、好きになっちゃうに決まってる。
「教えてください」
「任せろ」
球技大会まで毎日昼休みにバスケを教えてもらった。
特訓の甲斐あってわたしも足を引っ張ることなく、クラスは球技大会で優勝することができた。
わたしは三井にお礼がしたくて、近づくバレンタインデーにチョコを渡すことにした。
もうすぐ卒業でもあったし、気持ちを伝えるいいチャンスだと思った。




2月14日、今日という日をこんなに緊張して迎えたことはない。
昨日は学校が終わってからすぐに帰った。
買ったものでも良かったけれど、やっぱり作ったものを渡したいと思い、レシピ本を見ながら時間をかけて作った。
球技大会の特訓をしてくれたお礼と、気持ちを伝えるために。
放課後、バスケ部がいつも練習している体育館へ行くと、入り口からそっと中を覗いた。
本命のチョコを渡したい相手は、後輩の指導をしているようだ。
今日はなんとなく見学人が多い気がする。
しかも女の子ばかりだ。
ぼんやり練習の様子を眺めていると、一年生の流川くんがボールを持ったりシュートを決めたりする度に黄色い声が飛んでいる。
そうか、流川くん目当ての女の子ばかりなんだと少しホッとして、わたしは三井に目をやった。
真冬だというのに汗を流して走る姿を見て胸がきゅうっと苦しくなる。
きっと彼がわたしのことなんて何とも思っていないのはわかっている。
それでも自分の想いを伝えたかった。
バスケ部の練習が終わると、流川くんのもとに女の子が一斉に群がってチョコレートを渡している。
「ちぇっ、いいよなー流川は」
三井が大きな声でそうぼやいているのが聞こえて、わたしは声を掛けようと一歩踏み出した。
その瞬間、マネージャーの女の子が三井に駆け寄り、紙袋を渡している。
「三井さん、お疲れ様でした」
「お、ありがとな」
三井は嬉しそうに目を細めて、彼女の頭をポン、と撫でている。
それを見た瞬間、わたしは慌てて体育館を飛び出した。
そうだ、わたし三井のこと何も知らない。
あの子は彼女なのかもしれない。
頭の中が混乱して、気がつくと教室の前まで走って来ていた。
上がった息を整えながら、わたしは教室の入り口に寄り掛かり座り込む。
思考回路が捻れてしまって、膝を抱えた。
涙がぽろぽろ零れてくる。
ただのクラスメイトに手作りのチョコなんてもらったら、気持ち悪いに決まってる。
この前のお礼だとこじつけて義理チョコだって渡しても、手作りじゃ引かれる気がした。
暫く考え込んでいると、誰もいないはずの薄暗くなった廊下に足音が響いて、人の気配が近づいてきた。
わたしはとっさに涙を拭いて、立ち上がる。
「え、」
近づいてきた声の主は、とても会いたくない人だった。
既に制服に着替えていた三井が近づいてくる。
「何してんだよ」
「べ、べつに」
「別にって顔じゃねーだろ」
なんで優しくするの、こんな時に。
そう思ったけれど、三井はそういう人だ。
誰にでも優しくしてくれる、球技大会の時もそうだった。
「三井こそ何してんの」
「忘れもん」
自分から訊いておきながら、わたしは三井から目を逸らした。
「泣いてんのか」
「泣いてない」
「泣いてんだろ」
三井は俯いたわたしに一歩近づく。
「フラれたとか?」
「う、うるさいな」
核心を突かれてまた涙が溢れてくる。
しかも、張本人に。
俯いたまま涙を堪えていると、三井の手がわたしの後頭部に触れ、そのまま抱き寄せられた。
「なにすんの、!」
三井の胸の中で驚いて、堪えていた涙が零れた。
「オレにしとけば?」
「何言ってんの、意味わかんない!」
急に何を言いだすかと思い、三井の胸を叩いた。
「いてーよ」
「離して!」
大きな声を上げると、三井はわたしを解放した。
雑に涙を拭ってから三井を見上げると、彼は眉間に皺を寄せて唇を尖らせている。
「からかわないで、」
わたしがそう言うと、三井は大きく溜息を吐いた。
「好きな奴がそんな顔してたら放っとけねーよ」
「は、何言って、」
「好きだっつってんだろ!」
言葉を出しかけたわたしの声に被せて、三井は大きな声でそう告げた。
わたしはただ驚いて、口もとに両手をあてた。
「今日男が告白しちゃいけねー決まりでもあんのかよ」
「知らない」
「じゃあいいだろ」
「違くて、」
「違くねーんだよ、オレにしとけよ」
三井はわたしの話なんて聞こうとせず、ただわたしの目を真っ直ぐに見ている。
こんな時に嘘を吐ける人じゃない、三井はそういう人だ。
「わたし、三井に、彼女いると思って、」
途切れ途切れに言葉を繋ぐ。
わたしもちゃんと伝えたかったことを伝えないといけない。
いつもなら何だよそれ、って突っ込んできそうなのに、三井は何も言わずにわたしの声を聴いてくれている。
「だから、フラれたと思って、本当は、」
また喉の奥から何か込み上げてくるように苦しくなって、上手く声が出せない。
「本当は、」
その瞬間、また三井に抱き寄せられる。
さっきよりも、ずっと優しく。
「みょうじもオレが好きってことだろ?」
わたしは声を出せなくて、頷いた。
三井の心臓が脈打つのが聴こえる。
「何だよ、オレの早とちりってことかよ」
「違うよ」
間違いなく、わたしの早とちりだ。
三井はわたしの体を離すと、意地悪な笑みを浮かべた。
「付き合う?」
「え、付き合わないの?」
「付き合うに決まってんだろ」
目を細めて楽しそうに笑う三井を見たら、わたしもつられて笑ってしまった。


「まさかこのタイミングで言っちまうと思わなかった」
並んで歩く帰り道、三井は笑いながらそう告げる。
「今日、バスケ部終わるの待ってたんだ」
わたしがそう言うと、三井は眉間に皺を寄せた。
「何だよ、声掛けていけよ」
「マネージャーの子が、彼女だと思った」
「何でだよ」
「何か、もらってたから」
「ああ」
三井は口角を上げて、手に持つ紙袋を覗いてから、わたしにその中を見せる。
「・・・タオル?」
「この前忘れて帰ってよ、わざわざ洗って返してくれたんだと」
本当に早とちりだ、まさか義理チョコですらないなんて。
「しかも赤木の妹だぜ?」
「でも、頭を撫でてた」
「何だよ、いじけてんのか」
「誰にでもするんでしょ」
わたしが唇を尖らせると、三井は笑った。
「もうしねえよ」
「絶対?」
「絶対」
少し嬉しくなって、思わず頬が緩む。
「あ、そういえば」
すっかり忘れていたけれど、ずっとこれが渡したかったんだった。
わたしは鞄の中から、小さな箱を取り出した。
「はい」
「くれんのか」
「球技大会で特訓してくれたお礼」
「それだけか?」
眉間に皺を寄せたままニヤつく三井に負けた、と思いながら告げる。
「三井が好きです」
「やっと聞けた」
立ち止まった三井につられて立ち止まると、そっと頭を撫でられる。
「ありがとな」
本当は、お礼をしたいのはわたしの方だ。
逃げたわたしに気持ちを伝えさせてくれた。
「なあ、」
「うん」
三井の顔がゆっくり近づいて、反射的に目を閉じると瞼に唇が落ちてきた。
「こういうのは、お前にしかしねえからな」
顔の熱が一気に上がって、わたしは三井の胸を叩いた。
「好きだよバカ!」
「うるせー、オレもだ!」




20180214
「それだけか?」


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