ムダな時間を過ごしてしまったことに後悔していた。
バスケ部の練習は午後からだというのに、朝早く目が覚めて二度寝をすることが出来ずに布団の中でただただ悶々としていた。
オレが戻ることの出来た湘北バスケ部は、県内の強豪校と張り合えるだけの力が着いてきていた。
スーパールーキー流川、とんでもねえ速さで成長する桜木の入部と、センス抜群の宮城の復帰。
赤木はオレがいない間に全国レベルのセンターへと成長を遂げていた。
真面目で努力家の二年、安田、角田、潮崎。
脱落していった一年も多くいる中、辞めずに食らいついてきた石井、桑田、佐々岡。
そんな個性豊かな面々を支える縁の下の力持ち、木暮。
オレがムダな時間を過ごしている間に、湘北バスケ部は着々と力をつけていた。
体育館に響くバッシュの音、ボールを着く音、ゴールネットが揺れる音。
そのどれもが毎日オレの心を震わせた。
またバスケットができる喜び。
受け入れてくれた湘北バスケ部、安西先生。
バスケ部を守るために罪を被ってくれた徳男や桜木の仲間。
迷惑をかけた分、みんなに恩返しがしたい。
そう強く思いながら毎日、大好きなバスケットに向き合っていた。
だからこそ、陵南戦残り2分で体力が尽きてしまったことに、本当に情けなくなった。
中学の財産だけでやってるようなもんで、2年のブランクは相当に重かった。
「オレは2年も何してたんだっけなあ・・・」
オレが怪我して休んでいる間に、赤木がスタメンの一員になっていたことが気に入らなかった。
もうバスケ部には、オレの居場所なんてないと思った。
意気がって髪を伸ばし、他校の不良とつるんで街を歩いた。
気に入らない奴がいれば袋叩きにして、八つ当たりした。
オレが欲しかったのは居場所だったのかもしれない。
最近になってそう思う。
バスケ部がまたオレの居場所になった。
最高に居心地のいい、今となっては死んでも手放せない大事な居場所。
そういえば、あいつはどうしてるんだろう。
ふと思い出した女のこと。
バスケ部襲撃前夜に、こちらから一方的に関係を断ち切ったあの女だ。
「死んでねえだろうな・・・」
いつもオレの髪を掴みながら、目の奥を見透かしたような顔をした。
不良仲間とつるんでいた時、ただ毎日が虚しかったから、いつも楽しんでいるように振舞っていた。
あの女を抱いている時だけはオレは無心になれて、怒りも寂しさも虚しさも全部、あいつにだけは見透かされてたんじゃないかと思う。
言葉じゃ表せない全てを吐き出せたのは、彼女の前だけだった。
最後の朝、布団の中で泣きじゃくっていたのを忘れない。
誰でもよかったわけじゃない。
あの女も、あの頃のオレの居場所だったんだろうか。
バスケット以外のことをこんなに考えたのは久しぶりで、何だか疲れた。
すでに朝日が昇り始めて、オレは悶々とした気持ちをかき消すため、寝癖もそのままに玄関を飛び出した。
ブランクのせいで足りない体力の強化も含めて、走ることで気を紛らわしたかった。
早朝のランニングは久しぶりだ。
余計なことを考えないようただ無心で走った。
リングのある公園まで辿り着くと、リングの手前に人影があった。
生憎オレはボールを持っていないし、ベンチに座って休憩でもしようと腰掛けた。
首に掛けたタオルで汗を拭いながら、リング前の人影をぼーっと眺めていた。
シュートフォームに入っている。
小柄で細身、Tシャツにジャージ。
どっかの女子バスケ部員の朝練だろう。
小さなその背中は、あいつに似ていた。
ただ、オレの知ってるその人は背中の中心まで伸びた長い髪が特徴だった。
リング前の彼女は肩より少し短い髪、別人だ。
そもそもあいつはバスケ部じゃない。
と思ったところで、その小さな体からボールが放たれた。
バラバラのシュートフォーム、ボールはリングに届いてすらいない。
彼女はボールを取りに小走りする。
またフリースローラインまで戻ると、同じようにバラバラのシュートフォームでボールを放った。
別に見知らぬ人に教えるほどの立場ではないが、シューターとしてはやきもきする。
オレは立ち上がると、その背中に近づき声を掛けた。
「シュートフォームがバラバラ」
すると、すぐさま振り返った彼女は目を丸くした。
その丸い目は、紛れもない、なまえだった。
「三井・・・?」
「何でお前がここに・・・!」
あれっきり会っていなかった彼女が、目の前にいる。
長かった髪がこんなに短くなり、ましてやバスケットボールを持ってシュートを打っている。
頭の中の整理がつかないまま、オレは彼女の腕からボールを攫い、シュートを放った。
「ホントだったんだ」
リングにあたることなくネットに吸い込まれたボールが地面に達する前に、彼女の口から言葉が零れた。
オレは何も言わずに横にいる彼女を見る。
「鉄男に聞いた・・・バスケットやってるって」
「ああ」
「三井、そっちの方が似合ってる」
オレの方を向いた彼女は、その小さな肩を震わせた。
「また会えるなんて、思ってなかった・・・」
「あん時は悪かった」
でも別に、オレたちは付き合っていたわけじゃない。
どちらかが必要なくなれば、すぐに切れてしまう関係だった。
なのに何で、こんなに胸が苦しくなるんだ?
なまえの丸い目からぽろぽろと零れ落ちる涙を拭おうと手を伸ばして、やめた。
オレにそんな資格はない。
一方的に彼女を傷付けた。
力なく下ろした右手に、彼女の手が触れた。
「もしかしたら、どこかで会えるかもって・・・いつかどこかで会えたらいいなって思ってた」
「・・・ごめん」
するとなまえは、咄嗟にオレの手を離した。
「違くて!そういうつもりじゃない!」
何が言いたいかわかってやれず首を傾げると、彼女は涙を拭って、口角を上げた。
「スポーツマンの三井が、一目見たかっただけ」
戸惑って何も答えずにいると、なまえはオレの背中をポン、と叩いた。
「じゃあ、行くね」
そう言うと、彼女は足元に転がったボールを拾い上げ、腕の中に収める。
「頑張れ!スポーツマン」
去ろうとする彼女の髪から、甘くて懐かしい匂いが漂った。
その瞬間、オレは振り向き様に彼女の腕を掴んだ。
なまえはまた驚いて一瞬目を丸くした。
するとすぐにその力が抜けて、どこか遠い目をした。
オレを見透かしてるかのようなその目が好きだった。
「オメーがあの頃のオレの唯一の居場所だった」
そう告げると、彼女は表情を変えずに言った。
「何言ってんの?三井がわたしの居場所だったんだよ」
「え・・・」
彼女の言葉に、今度はオレが驚いた。
もしかしたら、こいつも心の行き場がなくて、彷徨っていたんだろうか。
「三井に抱かれてる時だけは、わたし生きてるって実感してたから」
きっとオレも同じ。
自分の感情全てを、言葉にしなくとも吐き出せた。
「あの頃、三井の死んだような目が好きだった」
小さく溜息を吐いて、また小さく息を吸う。
「その目を輝かせるもの、知りたかったんだ」
彼女は目を細めて笑う。
「今はキラキラだね。バスケットのおかげなんだね」
ずりーよ、そんな顔もすんのかよ。
「じゃ、今度こそ行くね、バイバイ」
オレは何も言葉を返せず、去っていく彼女を引き留めず、その場にしゃがみ込んだ。
よく考えたら、オレはいつも自分で居場所をなくしてきた。
誰かに奪われたことなんて一度もない。
でもあいつはどうだ?
唯一息ができる場所を、オレが奪ったんだ。
「やっぱムダだったじゃねえかよ・・・」
人を傷付けてばかりだった2年を、オレはこの先も一生後悔していくんだろう。
最後に見たなまえの笑顔が、頭から離れない。
彼女がゆっくりと呼吸できる場所を見つけられれば、オレは後悔することを止められるのかもしれない。
20200906
祈ることしか出来ない無力さbacktop