「おい!行ったぞ!」
木暮の声が響いて、オレはハッとした。
奴からのパスが目の前まで来ていた。
瞬発的にそのボールを取ると、すぐに流川にスティールされた。
流川の速攻で相手チームに2点が追加される。
ピーーーーーッ
アヤコの試合終了の笛が響いた。
木暮がオレに近寄り背中をポン、とひとつ叩いた。
「ドンマイ」
紅白戦をしていた。
集中力を切らし、流川に奪われた2点で逆転負けだ、チクショー。
「先輩、疲れたっすか」
「うるせー」
流川はタオルで汗を拭いながら、オレにポカリのペットボトルを投げた。
それを受け取ると蓋を開け一気に飲み干した。
「体力が持たねー」
「体力ってより集中力切れてたっす」
ぐっ・・・、こいつよく見ていやがる。
「まあ、別に何も聞かねーっすけど」
そう言うと、流川はスタスタと部室に入っていった。
意外と人の変化に敏感なんだよな、あいつ・・・。
「バスケのこと考えてる時と全然違う顔してるな、三井」
流川の入っていった部室の扉を眺めていると、今度は木暮が後ろから声を掛けてきた。
「何かあったか?」
振り返ると、眉を下げて心配そうな木暮の表情。
その木暮の後ろから顔を出した宮城にまでダメ出しされた。
「三井サン、最後全くキレがなかった。あれじゃパス出せねー」
「オレは出しちゃったよ、フリーだったもんだから」
「いや、すまん。オレが悪い」
バスケのことだけを考えたいのに、余計なことが頭の隅でチラつく。
これはいかんと思いながらも、どうしたらいいのかわからないままだ。
彼女と再会して2日。
またあれっきりで、今度こそもう一生会えないんじゃないだろうか。
会ったところで、オレが彼女に掛けられる言葉は何もない。
こんなにモヤモヤするのは、彼女の居場所を奪った、という罪悪感が生まれてしまったせいだ。
バスケ部に戻ってからずっと、バスケのことだけ考え続けてきたのに。
2日前に会わなければ、こんな気持ちにはならなかったんだろうか。
今となってはもう分からない。
ただ、罪の意識から逃れたい一心だった。
「よー、徳男」
「おお、三っちゃん」
部活の帰りに、徳男の家に寄った。
「話したいことあんだけどよ」
「ああ」
徳男は玄関でサンダルを履くと外へ出てくれて、近くの公園まで歩くことにした。
「今まで練習だったのか?」
「まあな」
「すげぇよ・・・三っちゃん」
徳男は、感慨深そうにオレの方を見ている。
「何だよ」
「いや・・・オレ、嬉しくてよ・・・」
「何がだよ」
公園に辿り着くと、徳男はベンチに腰掛けた。
「あの頃は三っちゃん目が死んでてよ、全然楽しそうじゃなかっただろ」
徳男にまでそんなふうに思われていたのか。
「今はどうだ?こんなに頑張ってすげぇよ・・・」
「オメーのおかげだよ」
これだけは絶対に間違いない。
「あのよ、三っちゃんが付き合ってた女、」
まさにオレが話したかったことを、徳男が口にした。
「付き合ってたわけじゃねえけど」
「ああ、そうか・・・まあどっちでもいいんだそれはこの際」
「あいつがどうかしたのか?」
「あいつも三っちゃんがバスケ部に戻ったあたりから学校に行きだしたみてーだぜ」
そうだったのか。
まあ、オレが居場所を奪っちまったからな・・・。
「オレも悪さするのはやめたしよ、やっぱすげぇよ三っちゃんは。人の心をこれだけ動かしてんだからよ」
心を動かす?
迷惑掛けてばかりだったオレが?
「徳男、オレの過ごした2年はやっぱりムダだったかな」
「ああ、バスケットマンとしてはムダだったんじゃねえか?」
即答されるとやっぱり落ち込む。
他人には迷惑かけまくり、バスケット選手としてはバカみたいなブランクだから仕方ねえけど。
「でもよ、そのムダな時間がなかったら、オレと三っちゃんは仲良くなってねえし、あの女が学校に行くようにもならなかったんじゃねえか?」
徳男の言葉を聞いてオレは、大変に驚いた。
「ガムシャラに走る気持ちも、すんなりエースになっていたより強いんじゃねえか?」
発想の転換ってやつか。
徳男のおかげで、自分がどうしたいのかようやくわかった。
「徳男、オレもう一度あいつとちゃんと話すことにした」
「お?」
「オメーのおかげだよ」
「オレは何もしてねえよ。いつも三っちゃんを陰ながら応援してるだけだ」
「あれのどこが陰ながらだよ!」
オレが突っ込むと、徳男は笑った。
こいつの笑った顔も以前はこんなに見なかったな、と思いながら空を見上げた。
もう一度、ちゃんと向き合う。
バスケに向き合ってるのと同じくらい、真面目に。
翌日の朝5時。
オレはまたあの公園まで走る。
もしかしたら、あいつが来ているかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、オレは公園のリングの前まで来た。
スリーポイントラインに立つと、腕に抱えてきたボールを構え、シュートを放つ。
ガツン、とリングに当たったそれはオレの方へ跳ね返って戻ってきた。
もしあいつに会えたとしても、オレの言葉は跳ね返されるのかもしれない。
そう思うと少し弱気になった。
今オレが何を言ってももう遅いことは間違いないし、迷惑かもしれない。
だけど。
オレの目を輝かせるものを知りたかった、と言った彼女の表情にグッと心を掴まれてしまったのは間違いなくて。
今のオレを、見せたいと思った。
公園に立つ時計が6時を過ぎて、今日は諦めようとボールを抱えて踵を返す。
大きく溜息を吐いてからベンチの方に目をやると、そこになまえが座っていた。
オレは驚いて、持っていたボールを思わず落としてしまう。
彼女は素早く立ち上がると、困ったように言葉を吐いた。
「ごめん、この前会っちゃったから時間ずらしたつもりだったんだけど」
あたふたしている彼女に、一歩、一歩と近付いた。
「何かシュート打つの見てたら、動くに動けなくなって、」
射程距離まで近付くと、手を伸ばして彼女を抱き寄せた。
「ちょっ、三井・・・!」
「ごちゃごちゃ言い訳すんなよ」
「ちが、」
「オレはお前に会いてえから来た」
抱き締めた身体は以前よりも細くなっていた気がした。
鼻先を掠める髪の匂いは変化がなくて、落ち着く。
「オメーはどうなんだよ」
オレの腕の中で鼻を啜る彼女は、きっと泣いている。
それがネガティブな涙じゃないというのは、突き放されない時点で想像できた。
「わたしだって、三井に会いたいんだよ」
その言葉が聞こえて、オレは抱擁を解いた。
やっぱりなまえは泣いていた。
彼女の肩にそっと手を置くと、少し屈んで目線を合わせた。
「オレ、今死ぬ気でバスケットやってっからよ。お前にも見て欲しい」
「え、」
「オレの目を輝かせるもの知りてえんだろ?」
オレがそう問うと、彼女は頷いた。
「直接、目で見て欲しい」
「見せてくれるの?」
「見せてやるさ、全国制覇するところ」
なまえは目を細めて、今度は笑った。
彼女が見に来てくれる保証なんてどこにもないけど、これを伝えられただけでオレは前に進める。
インターハイを前に、本当の意味でバスケットに集中することが出来そうな気がしていた。
罪の意識から逃れたい一心だったはずなのに、この子を大切にしなきゃいけない、なんて使命感まで生まれちまった。
彼女が安心して呼吸できる場所を、オレが自ら見つけてやりたい。
なんて、できるかわかんねえけどやるしかねえと思った。
20200907
たとえ闇雲でもbacktop