!attention
この話には一部性的行為を連想させる表現がやんわりと入っています。
苦手な方、嫌悪感のある方は読まずにお戻りください。
「ウース」
「三井遅刻」
「んだよ、だった2分じゃねえか」
「たった2分もムダにしないんでしょ」
「ちぇっ、そうだったな」
8月10日、午前5時2分。
いつもの公園に、彼女といた。
ふぅ、と小さく溜息をつくと、彼女は笑った。
「残念だったね、インターハイ」
「しょうがねえよ、山王で全力使い果たしちまったからな」
「ほんと、かっこよかった」
「おう」
なまえは、広島までインターハイを見に来てくれた。
山王戦の後、徳男と一緒に会いに来てくれて、ボロボロと涙を零して泣いていた。
彼女は学校で補習があるから、と山王戦の後で神奈川に帰って来ていて、愛和学院にボロ負けしちまったところは見られていない。
帰り際に、また毎朝あの公園にいると教えてくれた。
神奈川に帰ってきたらまたあのリングに一緒にシュートを打とう、と約束をして。
予定より早く帰ってきちまった恥ずかしさも少しあるが、オレは朝5時、公園まで走った。
既にゴール下にいたなまえはオレに気がつくと、おかえり、とだけ言った。
それから毎朝この公園でシュートを打ち、彼女にも打ち方を教えていた。
「何かお前、変わったな」
一時間、ただひたすらシュートの練習をして、オレたちはベンチに腰掛けた。
オレは汗を拭いながら、隣に座るなまえを横目に見た。
「うん、変わったと思う」
素直に返ってきた言葉にオレは返事をすることなく、空を見上げた。
「三井のおかげ」
「あ?」
「わたし進学するんだ」
意外な言葉に彼女の顔を見ると、少し恥ずかしそうに俯いている。
「三井がバスケットしてるって聞いてから、学校ちゃんと行くようになって」
横顔は何も変わっていないのに、あの頃よりずっと綺麗に思えた。
「遊んでたせいで勉強全然追いつけなかったけど、今は頑張ってるんだよ」
強い意志を感じる。
きっと彼女は今、
「すげえ生きてる感だな」
「でしょ?」
やっと目が合うと、何となくホッとしたのも束の間、またすぐに逸らされてしまった。
「だから、もう大丈夫だよ」
「え・・・」
「罪悪感、持ってたんでしょ?」
半ば図星のその言葉に、オレは息を呑んだ。
「ちゃんと生きてるし、やりたいことも見つけた。だからもう、わたしのことは気にしないで欲しい」
オレが自らなまえの居場所を見つけるなんて意気込んでいたにも関わらず、既に彼女は自分で進む道と呼吸できる場所を見つけていた。
オレは最初からお役御免だったって訳だ。
「なあ」
「・・・なに?」
「お前、オレのこと好きだったりしたか?」
ずっと気になっていたことを尋ねる。
あんな酷いことしておいて、そんなわけねえよな、と思いながらも、オレはまだなまえと繋がっていられる術を求めていた。
「好きだったよ。けど、もう諦めた」
言葉の流れで、もうおしまいと言われるんだと思った。
「今の三井の方がもっと好き」
苦笑いしながら、彼女はオレの方を向く。
さっきより少しだけ長く目が合う。
「同じ人2回も好きになるなんて、最悪」
「最悪じゃねえよ」
オレはなまえの前髪を掻き分けて、その指でそっと輪郭をなぞった。
目を丸くした彼女のおでこに唇を落とした。
ぎゅっと目を閉じた彼女の頬を両手で包むと、止まらなくなる。
「やべ、もっと触りてえ」
「それはダメ」
「何でだよ」
そう訊くと、彼女は目を開けた。
「もう置いていかれるのは嫌だ」
真っ直ぐにオレを見ていた。
この意志を強く持った目も、やっぱり好きだ。
「置いていかねえよ」
「嘘だ」
「あーもー、うるせーな」
オレは彼女の唇を塞いだ。
久しぶりの感触に、目眩がしそうになる。
触れただけの唇を離すと、なまえの目からぽろぽろと涙が零れ出した。
「な、なんで泣くんだよ!」
「だって・・・もう一生、三井に触れないと思ってたから」
オレが彼女にしてきたことを考えれば、恨まれてもいいはずなのに何でこいつはこんなにも。
「・・・うち、来て」
「は?」
「誰もいないから」
そう言いながら立ち上がり、なまえはオレのTシャツの袖を引っ張った。
初めて抱いた日と同じ誘い文句に困惑しながらも、オレは彼女について行った。
「お邪魔します」
「どうぞ」
彼女の部屋は、初めて来た日と何ら変わりはなかった。
ただ、勉強机の上だけは、あの日と違ってたくさんの参考書やノートが並んでいた。
彼女はベッドに腰掛け、オレにも適当に座るよう促した。
「ホントに進学すんだな」
難しそうな参考書を手に取ると、パラパラと捲ってみる。
「そんなつまらない嘘なんてつかないよ。それに」
「それに?」
「三井が頑張ってるの見たら負けたくないって思ったから」
徳男が以前言ってくれた言葉が頭を過った。
オレが彼女の心を動かした?
「ただ捨てられた女じゃ悔しい」
「捨てねえよ」
そろそろ、オレの気持ちがここにあることに気付いて欲しい。
「あんだけオレのこと見透かすような目してたくせにわかんねーのかよ」
手に持っていた参考書を机の上にポンと投げると、オレはなまえの前に立つ。
「わかんない」
「そろそろわかれよ?」
彼女の首筋にそっと触れ、キスをした。
僅かに隙を見せた唇の間を縫うように舌を滑り込ませ歯列をなぞると、なまえはピクリと反応する。
遠慮がちに開いたそこに舌を捩じ込むと、彼女もそれを絡ませた。
少し長めにその感触を味わってから唇を離すと、そのまま彼女の身体をベッドに沈めた。
「もうお前のこと置いてったりしねえ」
なまえの身体に覆い被さると、熱っぽい視線が絡む。
あの頃ずっとこの目に無意識に溺れてた。
今思えば、あんなオレのことをこんな風に求めてくれていたのはなまえだけだった。
オレが必要だって、ずっとしてくれていただろう発信に少しも気付けなかった。
後悔は少なからずあるが、一度離れたことで気付けたこともある。
「抱いて」
「言われなくても」
オレの背中に腕を回した彼女のおでこにキスを落とすと、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
その表情が本当に愛おしくて、あの日から会わなかった分を埋めたい一心で、彼女を求めた。
彼女に重なりゆるゆると動きながら頬に口を付けると、彼女は目を細めた。
「こんなに優しいの、初めて」
そりゃそーだ。
寂しさや虚しさを埋め合う関係じゃねえんだよ、もう。
「好きになっちまったんだから仕方ねえだろ」
「好きな子はこんなふうに抱くんだ」
少し意地悪な笑みをしたなまえに、意地悪を返すことも出来なかった。
「大事にしてえよ」
そんなことしか言えないオレは、大きな溜め息を吐いて彼女の頬を両手で包んだ。
鼻先をくっつけると、なまえの目から涙が零れた。
「三井がここにいる、」
「ああ」
いつも何処か行ってたくせに、と言いながら彼女は鼻を啜る。
その鼻に齧り付くと、なまえはオレの鼻を摘んで笑った。
「練習は午後から?」
「おー」
ベッドに腰掛けたまま床に脱ぎ捨てたTシャツを拾い上げると、なまえはベッドから抜け出してそれを攫い、オレの頭から被せた。
素直に袖を通すと、彼女は目を細めてオレを見ている。
「いつもさっさと服着て帰っちゃうの、三井」
「ああ、そうだったかな」
「だからこれからはわたしが着せる」
「何だよそれ」
目の前にいる彼女が愛おしくてたまらなくなる。
何でこんなに愛おしい人に、気づけなかったんだ。
「何か考えてる?」
人差し指で眉間をグッと押されて、力が抜ける。
「ムダじゃなかったよな、オレたちが離れたの」
思ったことがお互い素直に言葉に出せるようになっていたことは、オレたちが進んでいる証拠だ。
「うん」
「今度はちゃんと、彼女になってほしい」
「え、」
「え?」
目を丸くする彼女にオレは困惑した。
もしかして、また身体だけの関係を求めていたんだろうか。
「もうそのつもりだったけど、違った?」
「いや、そのつもりしかねー」
まだ衣類を纏わないなまえの体を抱き寄せる。
耳元で彼女の心音が、規則正しくゆっくり響く。
焦った自分がバカみたいだ。
本当の意味で落ち着ける居場所を手に入れたオレたちは、多分もう何も怖くない。
迷って遠回りはしたけど、なまえと出会ったあの日から、辿り着く道は最初から一本だったのかもしれない。
「また難しいこと考えてる?」
「いや、」
尋ねる彼女の背中をそっと撫でて、ただひたすら願う。
二人にとって此処が、ゆっくりと呼吸できる大切な居場所であり続けることを。
それと同時に、オレは誓った。
彼女と、彼女の居場所を、この先ずっと守り続けていくことを。
20200918
そのための努力を厭わないbacktop