これからバスケ部の練習がある。
冬の選抜大会が終わって、冷え切った体育館で新体制の湘北バスケ部の練習だ。
わたしは、中学から友達の彩ちゃんに着いて時々バスケ部の練習を見に行っていた。
部活に向かう彩ちゃんの後を追いかけていると、体育館の入り口付近で急に大きな声がした。
「おいなまえ、彩ちゃんにちょっかい出すなよ!」
声のする方を見ると、宮城リョータがそこにいた。
「うるさいなー、リョータのくせに」
「なんだと!」
「彩ちゃんは渡さない」
「邪魔だぞお前ら」
わたしとリョータが彩ちゃんを間に挟んでやり合っていると、バスケ部の部室の方から三井さんがやって来た。
「チュース、三井サン」
「うす」
リョータが挨拶をしている間にわたしは彩ちゃんと腕を組んで体育館に入った。
「おいなまえ!なに彩ちゃんと腕組んでるんだよ!」
「リョータうるさいわー」
三井さんのことは、意識的に見ないようにしている。
「お前ら双子みてーだな」
「「なに言ってんの三井サン!」」
わたしとリョータの声が重なり体育館に響いた。
「三井サン、選抜終わったのにいつまで来るんすか」
「卒業までお前らの指導に来るさ」
「ちっ、」
目の上のたんこぶめ、と呟くリョータの声が聞こえたけれど、三井さんは気づいていないようだ。
「なまえ、バイト行かなくていいの?」
「あ、やべ、リョータ構い過ぎた」
「気をつけなよーまた明日」
「彩ちゃんバイバイ」
わたしは彩ちゃんに手を振りながら三井さんをちらりと見た。
彼の視線は体育館のリングに移っていて、わたしは大きな溜息を吐いた。
「三井さんは彩ちゃんが好みなんですか?」
「あ?なに言ってんだお前」
「あ、いや、襲撃した時言ってたから」
彩ちゃんのことを好きなリョータを構いにバスケ部の練習を見に来た6月のこと。
偶然体育館の入り口で三井さんと鉢合わせた時に、わたしはそんなことを訊いた。
「あんなの宮城を挑発しただけだ」
時々体育館に顔を出していたから顔見知りではあったけれど、後輩のわたしに律儀に答える三井さん。
「じゃあ三井さんの好みは?」
「知らねーよ、んなもん」
首から下げたフェイスタオルを握り、三井さんはそう答えた。
「わたしの好みは三井さんです」
面白そうだから、と言う理由で三井さんを挑発するために言ってみた言葉に、彼は眉間に皺を寄せて顔を赤くした。
「ば、バカヤロウ!そういうのは軽々しく言うんじゃねー」
どの口が言ってんだ、と思ったけれど、そのときのわたしは三井さんのその表情に胸を打たれたように恋に落ちた。
それから二ヶ月後、インターハイが終わってわたしは三井さんに告白した。
早朝からシュート練習をしているという話を耳にして、その時間を狙って体育館で待ち伏せをしていた。
朝5時に三井さんがやってくると、わたしは彼の元に駆けて行って、気持ちを伝えた。
「三井さんが好きです」
わたしがまっすぐ言った言葉に、三井さんもまっすぐ返事をくれた。
「わりぃ、オレ今バスケしか見えねえ」
わたしはすぐに納得した。
冬の選抜大会予選が近かったし、わたしはまっすぐバスケをしている今の三井さんが好きだから。
わたしは三井さんに"バスケット頑張ってください"と告げた。
三井さんが嬉しそうに目を細めて笑った顔に、また撃ち落とされてしまったのだけど。
それからは、三井さんを意識的に見ないようにした。
リョータを構うのが面白いからバスケ部には顔を出すけれど、三井さんには話し掛けない。
向こうから時々"お疲れさん"と声が掛かった時は簡単に返事をするだけだった。
シュートを打つ三井さん、汗を流す三井さん、ポカリをがぶがぶ飲む三井さん。
どれも好きで見ていたいのに、意識的に視線をやらない。
わたしがいつまでも三井さんを好きだと思われていると、体育館に来ることがつまらなくなってしまいそうだからだ。
三井さんを見ないようにするために、此処に来ている。
彩ちゃんとリョータのクラスメイト、というこじつけをして。
友達はほとんどが部活に入っていたけど、部活はやりたくなかったわたしが放課後の暇つぶしに選んだのはスーパーのレジのバイトだった。
「なまえお疲れ」
「彩ちゃん!」
彩ちゃんは時々部活終わりに此処に寄ってくれる。
レジを打ちながら、彩ちゃんを見ていると、長い睫毛や少し厚めの唇が魅力的だなあと感じる。
これだけの美貌があってさっぱりした性格なもんだから、男からも女からも好かれる。
リョータからもいつも言い寄られていて、時々彩ちゃんが羨ましくなる。
「ねえ、何時に上がる?」
彩ちゃんにそう尋ねられて時計をちらりと見る。
「あと10分」
「待っててもいい?」
彩ちゃんはなんとなく元気がない気がした。
わたしは頷いて、寒いから店内にいてほしいと伝えた。
上がりの時間になってバックヤードに戻り着替えてから店内で彩ちゃんを探した。
雑誌のコーナーで月刊バスケットを読んでいる彩ちゃんが目に入る。
「お待たせ!」
「急にごめん、これだけ買って来るね」
彩ちゃんは月刊バスケットを手にレジへ向かった。
外に出ると、息が白くなる。
三学期に入り、寒さも本格的になってきた。
わたしたちは近所の公園に行き、ベンチに腰掛けた。
「彩ちゃん何かあった?」
「え、」
「元気ないみたい」
「んー、うん」
元気がないわけじゃないけど、と前置きして、彼女は話し出した。
「あたし、リョータのことちゃんと考えようかと思って」
「え!」
今まで受け流していたリョータのことをちゃんと考えるなんて、どうしたんだろう。
「今、キャプテンとして頑張ってるリョータ見てたら何だかあたし失礼なことしてる気がしてきちゃって」
「そうなんだ」
だけどわたしは嬉しかった。
わたしも彩ちゃんが大好きだけど、リョータも負けないくらい本当に彩ちゃんが好きなのを知っているから。
だからこそわたしにとってリョータは構い甲斐があったのかもしれない。
彩ちゃんが好きになる人なら、応援できるし、本当に取られるとか思っていないし渡さないとか言っていたわけじゃない。
「いいと思うよ!」
わたしがそう告げると、彩ちゃんは少し寂しそうな表情をしている。
「なまえ、いいの?」
「なにが?」
「なまえはリョータのこと好きなんじゃないの?」
「は?」
意外な言葉にわたしは目を丸くしてしまう。
「なんでわたしがリョータ?」
「だっていつもリョータのこと構いたがるし」
彩ちゃんは眉を下げている。
「なに言ってんの違うよ!」
そういえばわたしが三井さんを好きなこと、彩ちゃんには言っていなかった。
彩ちゃんの先輩でもある三井さんを好きだなんて言ったら彩ちゃんが困るかもしれないし、それに三井さんが挑発だとしても彩ちゃんが好みだなんて本人に言っちゃってるから。
面倒なことはごめんだからわたしの気持ちはわたしの中で抑えていた。
三井さん本人にはもうとっくに言ってしまったけれど。
「彩ちゃん大丈夫なの、わたしちゃんと好きな人いるんだよ」
「え!ちょっと聞いてないわよ!」
彩ちゃんは唇を尖らせてわたしの頬を指で突いた。
「まだ言えないけどね、本当に好きなの」
そう言うと彩ちゃんは少しホッとしたようにわたしの方を小突いて笑った。
「気になっちゃう」
「そのうち言うから!」
次の日はバイトが休みで、いつもの如く彩ちゃんに着いて体育館へ向かう。
「コラなまえ!なに彩ちゃんと手繋いでんだよ!」
部室から出て来たリョータが顔を赤くして怒っている。
「うるさいリョータのくせに!」
「ちぇ、」
リョータはわたしを羨んでいる。
彩ちゃんは休み時間のうちに、ちゃんと前向きに考えるとリョータに告げたらしい。
そのせいか、リョータは無駄に自信を持ってしまったようで今日はそれ以上わたしに突っかかってこなかった。
「ウース」
「三井サン、チュース」
体育館で既にシュート練習をしていた三井さんがこちらに気づき、リョータが挨拶を返す。
直後からリョータは鼻の下を伸ばして彩ちゃんと話している。
なんだか浮かれているように見えて少し微笑ましい。
今は構わないでおいてやろう、と思いながらわたしはまたいつものように、三井さんが視界に映らないように意識していた。
「おい」
三井さんの声が明らかに自分に向けられていて、無視することができずにそちらを見た。
「はい?」
「ちょっと来い」
三井さんはわたしの腕を引いて体育館から出る。
されるがままに廊下を少し進んだところで、彼が立ち止まり、振り返った。
「お前大丈夫か?」
「何がですか」
「宮城のこと」
「は?」
リョータが何ですか、と尋ねる前に三井さんはわたしの肩を掴んだ。
「彩子が宮城に前向きに考えるって話したこと、知ってんだろ?」
逆に何故あんたが知ってるんですか、とは訊かずに頷いた。
「お前宮城が好きなんだろ?それでいいのかよ」
「は?」
三井さんの言葉に、わたしは思わず吹き出してしまった。
何だ、そっか、そう思われていたんだ、と思うと可笑しくて仕方なかった。
わたしが声を上げて笑うと、三井さんは目を丸くして驚いた様子だ。
「な、なんだよ!」
「残念ながら違いますよ」
「違うのかよ!」
三井さんはわたしの肩を掴んでいた手を離し、自分の頭を抑えた。
その姿を見てわたしは盛大に溜息を吐く。
「残念ながら、わたしが好きなのは、バスケしか見えない男です」
わたしがそう告げると、三井さんは意外だとでも言うようにさらに目を丸くした。
「だってお前、オレのことなんかもう、」
「うるさいな!わたしは諦めの悪い女なんです」
二回も振られに行くなんて、バカみたいだ。
もう言わない、と思っていたのに。
「じゃ、バイトあるんで」
わたしが踵を返すと、瞬時に手首を掴まれた。
「なんですか」
「ま、待ってくれ」
三井さんは頭を抱えて、うんうん唸っている。
何を考えているんだろう、しつこい女だと思われただろうか。
それならそれでいいのかもしれない、しつこい女は体育館に行き続けて諦め悪く三井さんを見ていることができる。
「オレの好みはよくわかんねーけどよ、」
考えがまとまったのか、三井さんは口を開いた。
「今、オレが好きなのはもしかしてお前かもな」
「は?」
三井さんの言葉に今度はわたしが目を丸くすることになった。
「挑発、です、か?」
途切れ途切れに出た言葉に三井さんは笑った。
「最初に挑発して来たのはお前だろーが」
「気づいてたんですか」
「ああ」
何で気づいたんだろう、わたしはただ面白そうだからって、そんな理由で言ったことだったのに。
「オレがお前を好きだっつったらどうするよ」
今度はわたしが頭を抱える。
「でも一回振られてるし」
「あの時はあの時だろ、今の話をしてんだよオレは」
「な、にそれ、ずるい」
俯くと、三井さんはすかさずわたしの顔を覗き込んだ。
「好きなら、ちゃんとオレのこと見とけよ」
目が合うと三井さんは眉間に皺を寄せたまま口角を上げた。
何も答えずにいると、三井さんはわたしの肩をポンと一つ叩いて、体育館に戻って行った。
何でこの人は、わたしをそんなに煽るんだ。
もう三井さんしか見れなくなってしまうじゃないか。
20171229
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