「三井さんは彩ちゃんが好みなんですか?」
バスケ部に復帰して二ヶ月。
時々バスケ部の練習を見に来ている女にそんなことを訊かれた。
「あ?なに言ってんだお前」
「あ、いや、襲撃した時言ってたから」
確か彩子と宮城のクラスメイトのみょうじだったか。
「あんなの宮城を挑発しただけだ」
律儀に答える必要もなかったが、本当にただ何となく答えてしまった。
「じゃあ三井さんの好みは?」
「知らねーよ、んなもん」
首から下げたフェイスタオルを握ってそう答えると、彼女は微笑んだ。
「わたしの好みは三井さんです」
急に何を言いだすかと思い、焦ってしまった。
「ば、バカヤロウ!そういうのは軽々しく言うんじゃねー」
とっさに出た言葉に、みょうじは目を丸くした。
面白がっていたのか知らないが、オレの返答に丸くしたその目が何となく気になってしまった。
それから暫く、彼女の動きを何となく見るようになった。
みょうじがバスケ部の練習に来る日は何となくそわそわしてしまう。
時々目が合うと頬が緩んでしまうし、宮城と言い合っている姿を見ると何故か気になった。




オレはインターハイが終わると、冬の選抜大会の予選に向け次の日から早朝のシュート練習を始めた。
一週間経った頃、いつものように朝5時に体育館へ行くと、既に人の気配がした。
バッシュの音もボールの音もしないのに、人の気配だけする体育館は気味が悪かった。
オレは部室で着替えてからボールを持ってコートに入ると、途端に大きな声が響いた。
「三井さんおはようございます!」
声のする方を見るとみょうじが体育館の入り口で手を振っている。
「こんな早くに何してんだよ」
「三井さんが早朝から練習してるって聞いたんで来ました」
オレがシュートを打とうと構えると、彼女は外履きを脱ぎ捨て俺の元に駆けてくる。
シュートを放ったオレに、何の前置きもなくみょうじは言った。
「三井さんが好きです」
直後にボールがネットを揺らす音がして、彼女の方に目をやると、まっすぐにオレを見ていた。
何の冗談だよ、と言い返そうと思ったが、まっすぐな目でまっすぐな言葉を伝えてくれた相手に、まっすぐ返さないわけにはいかなかった。
「わりぃ、オレ今バスケしか見えねえ」
オレがそう告げると、彼女は目を細めて笑った。
「バスケット頑張ってください」
その笑顔に、また胸を突かれたような気がしたけれど、何だか安心してオレもつられて笑った。




それからもみょうじは変わらず、時々バスケ部の練習を見に来ていた。
いつもの如く、彩子にベッタリしていたり、宮城と言い合いをしたりしていた。
ただ、以前と変わったことが一つだけ。
彼女と目が合うことが一切なくなった。
こちらから声を掛けなければ向こうから話し掛けてくることもなくなった。
俺を避けているんじゃないかとも思ったけど、声を掛ければ前と変わらない様子で答えてくれる。
それに、宮城とのやりとりを見ているとなんだかムズムズして落ち着かない。
もしかしたら、もう気持ちは移っているのかもしれない。
或いは、彼女は初めから面白がってオレを挑発していただけなのかもしれない。




冬の選抜大会が終わって、オレはバスケ部を引退した。
運良く大会で見つけてくれた大学へ進学することも決まり、あとは卒業まで後輩の指導と自分の練習のためにバスケ部へ顔を出し続けることにしていた。
ある日着替えを終えて部室を出ると、いつものように彩子を挟んでみょうじと宮城が騒いでいる。
「おいなまえ、彩ちゃんにちょっかい出すなよ!」
「うるさいなー、リョータのくせに」
「なんだと!」
「彩ちゃんは渡さない」
楽しそうに宮城を構っているみょうじを見ると、オレは溜息を吐いてから声を掛けた。
「邪魔だぞお前ら」
「チュース、三井サン」
「うす」
宮城に挨拶をしていると、彼女は彩子と腕を組んで体育館に入って行く。
やっぱり目が合うことはない。
「おいなまえ!なに彩ちゃんと腕組んでるんだよ!」
「リョータうるさいわー」
ガキみてえなやりとりを見ていて、つい零してしまう。
「お前ら双子みてーだな」
「「なに言ってんの三井サン!」」
二人の声が重なり体育館に響いた。
その一瞬でも、彼女と目が合ったことに少しだけ安堵した。
「三井サン、選抜終わったのにいつまで来るんすか」
宮城が唇を尖らせてオレに尋ねてくる。
「卒業までお前らの指導に来るさ」
「ちっ、」
宮城の舌打ちは聞こえないふりをして、オレは体育館のリングを眺めた。
ここにはいろんな思い出が詰まっている。
安西先生のもとで全国制覇を目指して入部したこと、赤木と喧嘩したこと、膝を怪我したこと。
逆恨みしてバスケ部を襲撃したこと、バスケ部へ復帰できたこと、みんながオレを受け入れてくれたこと。
みょうじと出会うことができたのもこの体育館で、バスケ部に復帰したからこそだ。
オレは大きく息を吸って振り返る。
体育館から続く廊下の先で、彼女の後ろ姿が小さくなっていくのが見えた。
彼女はただの後輩のクラスメイトだ。
それなのにこんなにも気になってしまうのは何故だろう。
オレはボールを持ってスリーポイントラインに立ち、シュートを放つ。
ボールがリングに当たることなくネットを揺らす音が、あの時気持ちを伝えてくれた彼女の言葉を思い出させた。




次の日の昼休み、宮城が珍しくオレの教室にやってきた。
「三井サンっ」
「なんだよ宮城うるせーな」
「アヤちゃんが!」
鼻の下を伸ばし、若干興奮した様子でオレの学ランの肩口を掴んだ。
「どうしたって?」
「アヤちゃんが!オレのこと前向きに考えるって!」
「なんだよそれ」
嬉しそうな宮城を見てオレも少し嬉しくなった。
今まであれだけ受け流されてきたのに、ようやく彩子も考える気になったんだな、と感慨深くもあった。
「ちょっと待て」
ということは、宮城のことを好きなみょうじはどうなるんだ?
彩子の友達である彼女がこの話を知らないはずがない。
もしかして傷ついていたりするのだろうか。
そんなことを考えると、自然と眉間に皺が寄った。


放課後、体育館でシュート練習をしていると、また彩子を挟んで宮城とみょうじが騒いでいるのが聞こえて、オレはそちらに目をやった。
「ウース」
「三井サン、チュース」
宮城はオレに挨拶すると、早速鼻の下を伸ばして彩子と楽しそうに話をしている。
その時反射的にみょうじを見ると、彼女は二人を見て笑っていた。
あの表情はどんな気持ちなんだろう。
オレがいることに気がついているはずなのに、こちらは一切見ずに二人を眺めている。
何となく胸が締め付けられるような気がして、オレは彼女のもとへ向かった。
「おい」
「はい?」
「ちょっと来い」
オレは彼女の腕を引いて体育館から出た。
廊下を少し進んだところで立ち止まり振り返ると、彼女は不思議そうな顔をしている。
「お前大丈夫か?」
「何がですか」
「宮城のこと」
「は?」
全く何を言っているかわからない、という表情に、オレはいてもたってもいられなくなりみょうじの肩を掴んだ。
「彩子が宮城に前向きに考えるって話したこと、知ってんだろ?」
そう尋ねるとみょうじは頷いた。
オレが口を出すようなことじゃないのかもしれない。
それでもオレは、彼女に笑っていて欲しかった。
「お前宮城が好きなんだろ?それでいいのかよ」
「は?」
決死の思いで訊いたのに、彼女は急に吹き出した。
更には声を上げて笑い出して、オレは驚いて目を見開いた。
「な、なんだよ!」
「残念ながら違いますよ」
「違うのかよ!」
違うって何がだよ、と思いながら彼女の肩を掴んでいた手を離し、自分の頭を抑えた。
やっちまった。
余計なことを聞いてしまった気がして少し焦りが生じる。
お節介焼くなとか思われたんだろうか、彼女は大きな溜息を吐いた。
「残念ながら、わたしが好きなのは、バスケしか見えない男です」
みょうじの口からそんな言葉が出て、オレはまた驚いてしまう。
バスケしか見えないと言ったのはあの時の自分だ。
「だってお前、オレのことなんかもう、」
気持ちは移っていたんじゃないのか?
初めから面白そうだからってオレを挑発していたんじゃなかったのか?
「うるさいな!わたしは諦めの悪い女なんです」
みょうじは頬を赤く染め、唇を尖らせてそう答えると、
「じゃ、バイトあるんで」
と言い放ち踵を返す。
今、彼女と話さなきゃいけない気がした。
引きとめないといけない気がした。
咄嗟に手首を掴むと、彼女はこちらを振り返る。
「なんですか」
「ま、待ってくれ」
オレは頭を抱えて、何を言おうか必死に考えた。
今さら言ったって信じてもらえないかもしれないし、また挑発されているだけだったら、とも思ってしまう。
それでもオレはオレの今の気持ちを伝えようと思った。
オレの好きな、ボールがネットを揺らすあの音が、彼女の言葉と重なったことにはきっと意味があったんだ。
「オレの好みはよくわかんねーけどよ、」
今のオレの言葉なんて期待していないかもしれない、それでも。
「今、オレが好きなのはもしかしてお前かもな」
「は?」
目を丸くしたみょうじは途切れ途切れに口を開く。
「挑発、です、か?」
オレは思わず笑って言い返した。
「最初に挑発して来たのはお前だろーが」
「気づいてたんですか」
「ああ」
オレは彼女を煽る。
「オレがお前を好きだっつったらどうするよ」
彼女は頭を抱えて、うーん、と唸っている。
「でも一回振られてるし」
「あの時はあの時だろ、今の話をしてんだよオレは」
「な、にそれ、ずるい」
俯いたみょうじの顔を覗き込むと、眉毛を下げて目を潤ませている。
初めて見た表情に胸がぎゅっと苦しくなって、オレは更に彼女を煽った。
「好きなら、ちゃんとオレのこと見とけよ」
目が合って笑いかけると、みょうじは大きな目をより見開いて頬を赤く染めた。
オレは彼女の肩をポンと一つ叩いた。
これだけ煽ったら、みょうじはオレのことしか見えなくなるんじゃないだろうか。
そんな淡い期待を抱いて体育館へ向かった。




20180110
煽るしか方法を知らない


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