次の日、持って帰れなかった英語の課題をやるために朝早く学校へ向かった。
体育館の方からボールを突く音とバッシュの音が聞こえる。
誰か朝練してるのかな、なんてぼんやり考えている。
「よう、早いじゃねーか」
玄関で靴を履き替えていると、後ろから聞き覚えのある声がする。
ドキッと心臓が大きく鳴ってわたしは聞こえないふりをした。
「おい、紗江」
振り返りたくない。
「おい、無視すんなよ」
ぐいっと手首を掴まれて、よろけたわたしを彼が抱き止めた。
「わり、大丈夫か」
彼はわたしの体勢を整えて手を離した。
「お、おはよー」
顔を見れずに俯いたまま挨拶をする。
「何だよ」
覗き込んでくる三っちゃんと一瞬目が合う。
眉間に皺が寄っていて、不機嫌な時の表情だ。
「おい、お前何泣いて、」
「練習頑張って」
練習着の三っちゃんにそう告げて、涙が滲むのを堪えながらわたしは足早に教室に向かった。
教室にはまだ誰も来ていない。
席に着いて英語の教科書を開くと、メモが挟まっている。
数学のプリントの裏紙を破ったものだった。
"助かった、サンキュー"
大好きな三っちゃんの汚い字だ。
涙が溢れて来て、わたしはまた泣いた。
三っちゃんとわたしは友達なのかな?
徳ちゃんを介してできた、友達、なんだよなあ。
何気ない会話をしたり、教科書を貸したり。
わたしにとって三っちゃんは好きな人だけど、友達でもあるんだよね。
それならいっそ、気持ちなんか伝えないでずっと三っちゃんの友達でいられるようにしてみたらいい。
そう思ったわたしは少し吹っ切れて、英語の課題に集中した。
「紗江おはよー!早いね」
「美咲ちゃんおはよう」
「なに美咲ちゃんて、紗江、変」
美咲に話そうと思ったけどやっぱりやめた。
昨日のことは、聞かなかったことにしようと決めた。
「そろそろ期末返ってくるね」
「夏休み来る!」
「バスケ部もインターハイだしね、ってそういえば昨日どうした?」
わたしの顔を覗き込む美咲は、心配そうにしている。
「課題やらなきゃと思って帰っちゃった、ごめん」
「もう、真面目なんだから」
昨日の三っちゃんも、この間みたいに浮かれていたんだろうか。
鼻の下を伸ばして。
6時間目が終わってすぐに美咲が荷物を持って寄ってきた。
バスケ部の練習を見に行くと張り切っている。
昨日の今日だし、朝の出来事もあったからどうしようかな、と少し考えていると、美咲が教室の入り口の方を見てハッとしている。
「なに?」
「三井、なんかこっち見てない?」
わたしが振り返ると、教室の入り口のところに三っちゃんが立っていた。
目が合うと、彼は手招きし始めた。
「美咲呼ばれてない?」
「いやいやどう考えても紗江でしょ」
わたしも荷物を持って、美咲と一緒に三っちゃんの元へ向かった。
「おい、紗江」
「うん」
わたしは目を合わせられなくて、三っちゃんの手を見ていた。
きれいな弧を描くシュートを放つ、大きな手。
「あ、」
三っちゃんが声を上げて美咲の方を見る。
美咲は何かに気付いたように「先行くね」と、その場を離れた。
三っちゃんは廊下の窓枠に肘をついて外を眺めた。
わたしも隣の窓の枠から外を眺める。
「なあ」
「なに?」
「何かあったのかよ」
その声を聞いて、やっと見れた三っちゃんの横顔。
「何もないよ」
「嘘吐くなよ」
少しイライラした様子が伺える。
その目線は窓の外に行ったきり。
「お前が元気ねえとオレまで調子出ねー」
「え、」
心配してくれてたのかと思うと胸がきゅう、っと苦しくなる。
言葉が出てこないまま彼の顎の傷を眺めていた。
視線に気づいたのか、眉間に皺を寄せた彼がこちらを向いた。
「何だよ」
「三っちゃんがモテてるからムカつく」
「は!?」
「だから意地悪した、それだけ」
少し拗ねたように言ってみる。
この言葉なら、友達としてヤキモチ妬いてるよ、って捉えてくれると思って。
モテて羨ましいって、悔しがってるって、思って欲しくて。
「ば、お前何言ってんの!モテてねー!」
自覚がないのか何なのか。
でも少し耳が赤くなってるよ、わかってるくせに。
「はいはい」
わたしは彼の脇腹を小突いた。
「ほら、練習遅れるとキャプテンに怒られるよ!」
「お、おう」
上手に話を打ち切れたと思う。
「今日見に来いよ」
「気が向いたらね」
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