先越しちゃう話





「…はぁああ、年の瀬になんであんたの顔見なきゃなんないの」


 大晦日。兄弟との熾烈なチャンネル争いに負けた俺は暇を持て余し、高校からの付き合いの名前を飲みに誘った。来なかったら家に押し掛けちゃうぞ、とちょっとだけ脅してみたら何とか行き着けの居酒屋に来てくれたので、嬉しいような残念なような。
 彼女は烏龍茶をちびちび飲みながら早くも帰りたいオーラを出す。宥めようと肩を強く抑える俺。


「まぁまぁ、つれない事言うなよなー。お前クリスマスはちゃっかり予定入れてやがるし…何?男?男なの?」


 まぁ男だったら正直かなり凹むっていうか、泣いちゃうかも。名前は唇を尖らせて目線を逸らした。


「……違うけど。こっちはあんた以外にも付き合いがあんの」
「かー、ずっりぃよなぁ女は!同性と過ごしても女子会とか言っておけば許されるみたいなさぁ」
「そりゃいい歳の男が同じ顔六つ突き合わせて過ごすよりはいいでしょ」
「いいなぁー俺も女子会混ぜてよー」
「女子会に何で男が混ざんの。去勢して出直して来なさい」
「っんだよケチ!」


 兄弟で過ごしたのバレてるし。まぁ毎年の事だからそう思ったのかもしれない。名前が頼んで串から外された焼き鳥を横から攫いながら悪態をつけば、名前の眉間に皺が寄った。


「あーはいはい、ケチの名前さんは年末年始極力お金使いたくないから帰りますよ。鳥持ってかれたし」
「うわぁウソウソ!太っ腹!焼き鳥も吐いて返すから!」
「吐くのはほんとやめて。マジで帰るよ」


 コートと荷物を掴んで立ち上がる名前の腕を掴んで阻止。大袈裟に溜め息を吐いて座り直してくれた。


「悪かったってば。俺が頼んでやるから機嫌直せよー。ほら、飲んで飲んでシャッチョさん」
「ちょっと、酒飲まそうとしないでよ。私あんま強くないんだから」
「いいからいいから。な?ぐいっと」


 弱い弱いと言い毎回ノンアルコールを頼むこいつは俺の前で酔った事が無い。一回見てみたい。年末年始で羽目外して酔ってみてくんねぇかなと淡い期待を込めて泡の浮くグラスを突きつければ、それはもう思いっ切り嫌な顔をされた。


「………酔わせようとしてんの?」
「まっさかー」


―――チッ、鋭いな。


「言っとくけどあんたに対する信用無いから」
「そうハッキリ言われると流石に傷付くわ。あ、グラス空いた?次何飲む?」
「…ソフドリだからね」


 どうやらもう一杯分は相手してくれるらしい。何だかんだ言って付き合い良いんだよなぁこいつ。


「んじゃカルピスサワーで」
「アルコール入ってんじゃんばか!普通の!普通のカルピス!」
「えー、大人のカルピスにしようよー。あ、大人のカルピスってエロくね?」
「小学生かあんたは…」


 結局普通の水で薄まったカルピスを頼んだ名前と暫く話をした。小学生レベルと何度も蔑みながら下ネタにも乗っかってくれるから何とも話しやすい。その度にはっとして「こんなんだから男出来ないんだなぁ」と遠い目をする。いいよ出来なくて。いつまでも俺と馬鹿話してればいいじゃん。流石に照れ臭くて言えないけど。
 店を後にして俺の酔いを多少覚ます為に風に当たろうと二人でベンチに座る。夜も更けて風は少し冷たいけど気持ち良い。


「……寒っ」
「えー、そう?お前寒がりだよなー」


 パーカーだけの俺と違い、厚手のコートとマフラーで防備しているにも関わらず、名前は肩を震わせた。


「パーカー一枚で済むおそ松が意味わかんない…松野家に上着って概念あんの?」


 俺元々体温高いしな、と言えばなるほど子供体温かーガキっぽいし、と揶揄される。とりあえずディスるスタイルやめて。


「やっぱ酒飲んどきゃあったまったんじゃねぇの?結局ソフドリばっかだったじゃん」
「あんたの前で酔っ払うとか勘弁」
「ほんと信用ねぇなー」
「日頃の行いって大事だか、っくしゅん!」


 喋ってる途中で出たくしゃみ、鼻を啜るのが聞こえてそっちに顔を向けた。アルコールのせいな俺とは違う、寒さによる赤い顔。


「おーおー、そんな寒い?お兄さんがあっためてあげよう」
「いやそういうのほんといいです、っちょ、」


 両手を広げて誘えば普通に拒否られたが、絡み酒って事で強引に名前の身体を閉じ込めた。すっぽり収まった身体は思ってたより小さい。つか女の子ってこんなに柔らかいのか。


「あー、お前ほんと冷たいよなー、氷?氷で出来てんの?」


 正直めっちゃドキドキしてて顔は見れない。軽口を叩いて誤魔化しながら、それでも背中に回した腕に妙に力を入れてしまう。


「あんたに優しくして得無いし。そろそろ死ぬ?」
「体温の話ィ!」


 対応まで冷たくするサービスは要らない。抜け出そうとしていた名前は早々に諦めたのか、されるがままになっている。もしやそんなに嫌がられてないのか。


「…おそ松はあったかいね」
「だろー?名前も一応女の子だから優しくしてやんねーとな」
「いや普通に体温の話だから」


 そう吐き捨てた名前は腕の中でもぞり、と動いた。腕を背中に回し、顔を俺の胸に寄せる。やべ、近い近い近い。心臓の音めっちゃ速いのバレんじゃね?


「………あの、名前ちゃーん?」
「何」
「結構ノリ気ですか?」
「…あったかいし、なんか落ち着く」
「お、おうふ……」


 何それめっちゃときめくんですけど。いくら悪ノリが激しくてもいくら知識を得ても俺は童貞な訳で、実戦には弱い。いや好きな子にこんな事されたら童貞じゃなくてもやばいだろ。うん。やばい。


「っていうか興奮すんな童貞。心臓うるさいんだけど。蒸かしたバイクか何か?」


 そんな可愛げの無い言葉で一気に現実に引き戻された。


「お前だって処女じゃん!」
「るっさいな…処女の方がカーストは上だっての」
「偉そうにしてっけど誰も攻め込んで来なかっただけだろ!」


 誰か知らない奴が攻め込んでたら泣くけど。処女って否定しなかったのにすげー安心してるけど。
 名前は痛い所を突かれたのか一瞬言葉に詰まった。かと思えば、


「………一番身近なのが攻め込む気無いからそりゃあね」
「…………え?」


 真っ赤な耳、俺の胸板に吸い込まれたその言葉の意味を考える。一番身近。それが俺の事とは限らないけど、まさか。


「…いや、攻め込む気はあるよ?マジで」
「………どうだか」


―――俺の事かよ。


「つか信用無い信用無いって散々言ってたじゃん!どっちだよ!攻め込んでいいの?駄目なの?わっかんねー!」
「別に、酔っ払ってあやふやな感じになるのが嫌なだけで…ニートでデリカシーゼロなとこ以外あんたに不満は……っあ、やっぱ今のナシ!」


 ぼそぼそと呟いていた名前は自分が言った内容に気付いたのか赤い顔を逸らしながら俺から離れようと身を起こす。背中に腕が回ってるから出来なかったけど。


「っお、おそ松、そろそろ離して、」
「やだ」
「や、やだじゃなくて!」
「……名前」


 こいつを呼ぶ声も興奮が一周して驚く程落ち着いたものになる。名前はそれにびくりと反応して固まった。


「お前さ、今日も酒飲んでないじゃん。別に酔っ払ってないよな」
「う、うん…?」
「いいって事?」
「は………?え、ちょ、ちょっと待って!」


 俺の言わんとしてる事は分かったみたいで、焦った名前に胸板を強く押される。今度こそ解放された名前は身体を俺から背けようとするが、それは肩を掴んで止める。


「やっぱり駄目なんじゃん」
「ち、違くて…!そもそもそういう関係じゃないし!」
「じゃあ彼女になってよ。俺好きだもんお前の事。高校ん時から」


 今まで言えるかそんなもんと溜め込んでたのが嘘みたいにすらすら言えた。名前は目を丸くして今度こそ言葉を失っている。


「…嫌なの?俺失恋?」
「……っい、嫌じゃ、ない…よ。私も、その…好き…だし…」


 戸惑いつつも返事はイエスだった事に心底安心する。っていうか名前がここまで取り乱してくれるとこっちは余裕が出来てくれていい。まだ嘘みたいだけどとりあえず恋人って関係にはなれたらしい。


「で、でもそういう事するのはやっぱり違くて!色々準備とかあるし!」


 まぁ流石に抱いてもいいかってのは急かもしれない。名前は相変わらず真っ赤な顔で逃げようとする。


「なるほどねぇ。じゃ、待つから準備していいよ」
「え」


 ならばと退路を潰していく。こっちはもうやる気満々っていうか、勢いづいてるから止まれない。名前はあー、とかうー、とか唸りながら額を抑える。まだ何か逃げ道探してるのか。


「うち、は誰かしら居るから論外だし…ホテル?あ、持ち合わせ無い。やっぱお前んち行っていい?」


 当初飲みの誘いに使ったその言葉が今は別の意味を持って名前を襲った。顔を隠す腕をそっと退けて目を合わせる。


「………わ、分かった…」


暫くしてやっと頷いた。それを確認してベンチから立ち上がる。


「っよっしゃ!じゃあ行こうぜー!」
「あ、で、でも、コンビニ、寄ってから…」
「ああ、流石に生は駄目だもんなー」
「…私外で待ってるからおそ松だけで買ってきて」
「罰ゲームかよ!」


 道連れ道連れ、と名前の手を握り締めて彼女の家、と途中にあるコンビニへの道を歩き出す。
 悪いな弟達。来年来年言ってたけどお兄ちゃん先に卒業するから。





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