前の話、青春とは清く正しい男女交際を含むのでばんばん自由恋愛してくれと五条さんは両手を広げた。イカれたわたしとイカれたその他で何が男女交際じゃと思ったものだが、まぁ、共学である程度交遊が深まってくればそういう流れも無きにしも非ずか。
わたしはパンダにモフりかかりながらタピオカミルクティをすすった。タピオカって言うほどおいしいか?

「どうした、やけにセンチメンタルじゃねえか。パンダさんに言うてみ」

「タピオカって言うほどおいしいか?」

「知らん」

言うてみとか言うから思ったままを口にしたらばっさりと切り捨てられてしまった。わたしの目線の先には乙骨くんと狗巻くんがいるが、だからといってなにがどうということはない。パンダのモフみが良すぎて体重を預けることをやめられない。パンダから『俺はぬいぐるみか』と言われたが、そうじゃんとしか返せなかった。

「コンビニで買ったなら十中八九こんにゃくだぞ」

「マジか騙されたわ」

「ヘルシーではあるけど方向性違うよな」

「小さい玉こんにゃくにしか思えなくなってきた」

そもそも少ししか残ってなかったのでズルズルと一気に摂取して、飲み物か?ってくらいの勢いでもぐもぐ咀嚼する。授業が始まるまでに飲み切ってゴミを捨てたかった。振り返った狗巻くんがわたしを見たのでごくんと勢いよく飲み込んでしまった。

「いくら?」

「いやタピオカですわ」

「明太子?」

「タピオカだって」

「わざと意思の疎通避けてるだろそれ」

「おかか!おかか!」

そうだぞ!心外だ!と狗巻くんがぷんすこしはじめる。彼は多分タピオカなのは分かってて話を振ってきている。流れ的にはそれおいしい?とか、どのコンビニに売ってる?とか、そんなことを聞きたかったのだろう。普段のわたしだったらちゃんと答えてあげられるのだが、前日に1人ベッドの上でキャーキャーした身分であるわたしはどうにも狗巻くんへの態度を決めきれずにいた。
狗巻くんからの扱いは今も昔も変わらず大事な仲の良いクラスメイトの一員という感じである。こっちもキス初回に謎の落ち着きモードを見せてしまった手前、何度かやらかした今になって恥じらう素振りを見せることは出来ない。こんなことならあの初めての日に盛大に乙女かましとくんだった。後悔するがそんな場合じゃなかったよなぁと諦める気持ちもある。というか、狗巻くんに呪われたという理由があっても仕掛けたのはわたしからなのだから、様々な面から検証してもわたしがあの場で照れるのはおかしい。
考え事ばかりで雑に授業を聞いていたのがバレて五条さんから怒られた。それを狗巻くんが聞いているのが悔しくて仕方なかった。


今日も狗巻くんと組んで依頼である。敵は準一級なので狗巻くんが渾身のイケボを繰り出したらおそらくそう手こずらずにケリがつくだろうと思われる。
わたしはお馴染みの百均雨合羽を羽織って、少しだけ迷ってから唇にグロスを塗った。こっぱずかしかった。いたたまれなくて今すぐこの場で暴れ出しそうだ。左腕を掴んで抑えていると、車の後部座席に並んで乗った狗巻くんが不思議そうにわたしを覗き込んでくる。何も言われてないのに目線がわたしの唇に向かっているような気がして、勝手にわたしは追い詰められた。

「……な、なに」

「……」

「なんかいえよ」

狗巻くんは『別に』とでも言いたげに小さく首を横に振って、景色に目を向けてしまった。それはそれで気に入らないわたしなのであった。あっそ!いいもん!ふん!と憮然としてしまう。あえてこのことを考えないようにした。頭の中で神輿を担がせてワッショイワッショイさせて邪念を振り払う。ピーヒャラピーヒャラお祭り騒ぎな頭を後目に車は目的地へと着いた。

帳を降ろされた中に入る。わたしの頭では未だに神輿が後夜祭で担ぎ回されている。なので反応が遅れた。馬鹿みたいだし、実際馬鹿だった。

「こんぶ!」

「ん?」

海藻の一種を叫ばれてわたしは狗巻くんを振り返る。その緊迫した目の見張りに、あっこれはヤバいやつとすぐに合点した。相手が準一級ということで油断していたのは避けようもない事実だった。スイッチを切り替えて、身を屈めながら呪霊を振り返る。申告通り準一級のようだった。曲がりなりにも命が関わる場で何継続してたんだと自分を戒め、そして制服の首元のジッパーを下げて戦闘態勢に入った狗巻くんに謝罪。

「ごめん、脳内お祭り騒ぎだった!」

「……高菜」

「うっせー!人の頭の心配してる場合か!」

お前こそ訳の分からん妄想してる場合かと目線が飛んだが知らん顔した。
わたしは大きく息を吸って肺に空気を溜める。呪力を集中させて自分の細胞に無理をお願いする。加熱は一瞬である。肺を中心に身体全てが、一時的に訪れるキャパシティを超えた超高温に悲鳴を上げたが、即座に細胞の修復と痛覚遮断が追いついた。大火傷をしても推定無傷。

「すじこ!」

狗巻くんが示す方向に顔を向けて口を開く。口内バックドラフト。少し息を強めに吹き出せばわたしは灼熱を吐き出す怪獣となる。吐息によって加速のついた、呪力を混じえた炎は呪霊を見事に包み込んだ。火だるまである。
これがわたしの術式だ。炎を吐ける。能力として炎を吐くのがメインではないが、代々我が家で受け継がれた対呪霊としての戦闘方法はこれだった。本来は自分の細胞の活動を呪力によってコントロールするというもの。わたしは頑張ったのでこのくらいできるけども、何も訓練をしていないとせいぜい好きなタイミングで熱を出すのが関の山である。中学生まではセルフ発熱にめっちゃお世話になった。
炎に包まれた呪霊が叫び声を上げる。わたしの呪術は見た目は派手だが決定打に欠ける。呪力を炎のみに乗せることができないため(修復と痛覚遮断ないと黒焦げになって死んじゃう)、まさに火力が足りないのだ。相手が消し炭になることはほとんどない。しばらくして事切れるか、準一級が相手ともなると強めのスリップダメージくらいしか与えられない。
呪霊が床を転がりまくって消火しようとするので、駄目押しでもっかい吹いとくか〜とわたしは深呼吸した。使う呪力が半端じゃないのであんまり連発することはできない。残り的にあと二回くらいかなと考えていると、眼前に狗巻くんの背中。

「 潰 れ ろ 」

かくして呪霊はぺちゃんこになり、燃えていたので綺麗に火葬までされた。

「ゴミは潰して燃やすに限るな」

「し゛ゃ゛け゛」

げほっと狗巻くんが咳き込む。わたしはこれからのルーティンを思い出していきなり恥ずかしくなった。不自然なまでに同行者と距離を置き、それほど被ダメもなさそうだから大丈夫かな、と勝手に判断して帰る方を向いた。
が、わたしが他所を向いた途端にスタスタと距離を詰められる。気まずくて一歩離れると二歩近付いてきた。そんなことを何回か繰り返したらわたしと狗巻くんの距離は目と鼻の先になった。確実に唇をガン見している目線に消えてなくなりたくなる。

「か、帰ろうよ」

「……」

「いやいや、今日は大丈夫よね?血も吐いてないしちょっと喉枯れた程度で」

「……」

どうせ童貞だろと思ってた割にスマートな仕草で頬を撫でられた。やめろなんだこの甘い雰囲気は。グロスを塗った唇をちょんと親指の腹でつつかれる。やめろなんだこのイチャラブの波動は。
わたしは術式を発動させていない。だから今キスしてもマジでただのキスの域を出ない。仕事の一環じゃなくなってしまう。わたしはおののいた。ここで呪言を使われたら一発で堕ちる。退学して実家に帰って細々と農業するしかなくなってしまう。

「……、……いいい狗巻くん!か、帰ろう!みんな心配するから、ね!」

「……」

「あ、そうだ気にしてたタピオカ買ってあげるから!コンビニの!こんにゃくの!」

ゆるゆると彼は首を横に振る。そして『ツナマヨ』と宣言された。これはタピオカよりツナマヨがいいという意思表示ではない。自分で買うからいいです、みたいな意図を含んでいる。
うーん、万策尽きた。あとは時間稼ぎをして補助監督さんが来るまで待つ方法しかないが、そうなるとしばらくこの体勢で攻防しなければいけなくなる。それはそれでダメージが。
そしてわたしは解決策を思い付く。目をスッ……と閉じて、ごくごく少ない出力で術式を発動させた。こうしてしまえば必要ないとはいえ一応口付けは治療行為の一環になる。わたしの中では。だから今まで通り、実に合理的なキスをされたなぁと納得できるようになるはず。

「……すじこ」

知らん無視しろ仏になれ。もう喉の枯れも治ってんじゃんって感じだが指摘するのは野暮だ、彼は喉を傷めたと思っていてわたしはそれを治すために唇を差し出しているのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
するならはよしろと咎めようと目を開けたら、狗巻くんの眠そうな瞳とガッチリ視線が交わった。距離が近い。むしろ距離が無い。びっくりしてこの期に及んで身を引こうとしてしまったわたしの頬を両手で挟み、薄い唇を開き、紋様の刻まれた舌を狗巻くんはなんと、わたしの唇に当てた。

「んんん!!!???!?」

そしてぺろりと舐められた。おそらくグロスを舐め取った。混乱していると第二弾が始まり、なんてしてると第三弾も来て、わたしはひたすらぺろぺろとグロスを舐められ続けた。特に味があるグロスでもなかったはずだ。唇同士が接触しないから、せっかく術式展開しててもこれでは受け渡しができてない。
ここまで考えてちょっと待てと背筋が凍った。狗巻くんはこの行為は単なるキスですと主張したいのだろうかと思い至ってしまった。だからわたしから呪術を受け取ろうとしないのだ。腰が抜けた。重力に従ってわたしはぺたりと座り込む。
突っ立ってる狗巻くんをわたしは呆然と見上げた。彼は口を閉じごくんと唾液を飲み込んだ。待ってこれ、この人何考えてんの?わたしと普通のキスしてなんになんの?照れる以前に困惑した。点と点が全くつながらない。会話をしてくれないからである。仕方ないことなのでそこは責めてはいけない、でもいやほんと狗巻の末裔ともあろうものが可愛げも何もないこのわたしに純粋に口付けかましていいとでも思ってんのか?

「お、乙女の心を弄びやがって」

「……!おかか!」

「被害者は!わたしです!わたしが弄ばれたと思ったらそうなんです!!」

涙が出てきてしまった。狗巻くんはオロオロと両手を上下させた。大声を出したことで補助監督さんが気付いて小走りで近寄ってきたので、それ以上の交流をせずにわたしたちは高専へと戻った。