狗巻くんは学校の中庭にいた。ベンチに座って黄昏ているように見える。夕日に照らされてイケメン何割か増しだ。わたしにとってはこの眠そうな顔がめちゃくちゃ整って見えるんだよ!好きだということを認めた途端何見てもカッコよく見える。この状態でわたしが振られたら辛すぎて失神してしまうかもしれない。
どうやって会いに行けばいいか分からなくなって、結局わたしは偶然を装うことにした。『あっ、狗巻くん!元気?』などと、朝教室で目が合ったのに謎の挨拶をかましてしまってわたしは内心爆死である。狗巻くんも無言でわたしを見ている。開幕終了である。

「……帰ろうかな」

「……おかか!」

引き止めてもらったので良いように解釈してわたしはもう少し彼に近付いた。隣に腰掛けるのはまだ勇気が足りなかったので中途半端な位置で突っ立つ。狗巻くんがここに座れよとベンチをぽんぽんしているが曖昧に笑って誤魔化した。狗巻くんの顔が翳る。あああ。

「なんかさぁ、もう自分で自分にガッカリしたよわたし。昼もこれわたしサボんなくて良かったんじゃないの改めて考えたら」

「こんぶ」

「英語どんな内容だった?あ、いいや後でノート見せて」

「しゃけ」

「狗巻くんもなにか悩みあってここに来たの?」

「…………」

じっと狗巻くんはわたしを見つめる。そういえばわたしのせいで狗巻くんは思い悩んでいたと五条さんが言っていたことを思い出した。1人で勝手に地雷を踏んでしまったかもしれない。短い沈黙にすら耐えられなくて、わたしは慌てて両手を横に振った。

「あ、その、五条さんが狗巻くんがここにいるって言ってたから!ほら、珍しい?よね?うん?わたし何言ってる?」

「……ツナマヨ」

「いやその、えーと、ごめん一旦落ち着くわ」

「高菜」

偶然を装ったことすら忘れてしまって凡ミスかましまくりの超絶みっともなさだった。何を喋りに来たのか、本題は覚えているがどうやって切り出せばいいのかまで考えていなかった。
とりあえず座りなよ、と再度狗巻くんがベンチを示す。隣に並ぶことになるがええいままよとちょこんとそこに収まった。狗巻くんの様子を伺うと、彼は安堵したように表情を緩めている。本当に好かれているのかもしれないと思えた。こんなに優しい顔をわたしに向けて、ほんとこの人わたしを一体どうしたいんだろうと思った。
言葉はするりと口から出た。あまり考えない方がいいかもしれないとすら思えるほどだった。

「狗巻くんはわたしを一体どうしたいの」

「……」

ぱちくりと瞬きをされる。少しだけ思考を巡らせたようで、でもすぐに彼はわたしの手に彼のそれを重ねた。ぞくりとした。わたしのとは違う骨張った手のひらが確実に体温を移してくる。目が離せない。単純に暖かい。そっと力を入れられて、わたしは肩を揺らしてしまう。彼のかたい指の腹が手の甲の骨に沿ってするするとなぞられていく。くすぐったくて口元をゆるめると、先程より強い力で、きゅっと手を握られる。
カップルかよと思った。狗巻くんの中では既に我々はカップルだったのか。じゃあキスもするわな。ベンチでも隣に座るわな。こうやって中庭で手を繋いで、甘くていい雰囲気にもなるわな。

「待って!」

頬を撫でられたのでキスの予感がして狗巻くんを止めた。彼はわたしを見ている。んん、とわたしは緊張で渇きそうな喉を潤した。

「わたしたち、付き合ってる……?」

「おかか」

ちがうんかい。さすがに同意もなく勝手に女子を俺のモノにしてしまうジャイアンな性格ではないことは知っていた、解釈違いじゃなくて良かった。
であれば、結局どういうことなのだろうとわたしは首を捻る。ぐいと狗巻くんが距離を詰めてきた。ビビって反射的に身を引いてしまう。付き合ってないのに押してくる。これは考えたくないけど確認をせねば。

「わたしとは遊びなの?」

「おかか!!」

食い気味に否定された。だとしたらまた考え直しだ。
頬に添えられた手が行動を開始した。わたしはドキドキしてきて、それでもこのまま流されてはいけないと強く思った。曖昧な状態で継続するのは倫理的にも嫌な気分だ。普通に生活するにも不便を来たしそうだ。五人しかいないクラスメイトの中の二人がギクシャクしてたら、他の人にとってもなかなか居心地悪いことだろう。
けれど、狗巻くんに好きだとは言えない。わたしはまだ迷っている。狗巻くんから直接言葉を掛けられることはないから、その点に甘えてしまっている。YESかNOで答えてもらえばいいだけの話なのに、わたし自身のわだかまりが解決を後回しにしている。
そして好きなので突き放すこともできない。本当に駄目駄目だと自分でもガチで思う。

「わたし明日はちゃんと教室行くから、今日の分のノート見せてね」

「しゃけ」

わたしは息を吐いた。少しずつ近付いてくる狗巻くんに、もう本当に自分最低だと思いながら宣言する。

「狗巻くん怪我してないし!今は呪術もいらないでしょ!こういうことするのは仕事のときだけ!」

「……!!」

「わたし、そんな軽くない!」

言ってて泣けてきた。わたしは軽い。とてもとても軽い女だ。そして優柔不断だ。中途半端に濁しても誰も幸せになんてなれないのは分かってるのに。
何故か泣き出した女の頭を狗巻くんはよしよしと撫でてくれた。何か言われる前にわたしは立ち上がる。もう少し考えさせて欲しい、関係を崩すのが怖すぎる。わたしは臆病で考えなしで、そのくせ謎に悩むし無駄に落ち込む。何しに来たんだという感じだが、会話できたし一応明日から変わらず日常を送ることは出来るだろう。大丈夫だ。

「狗巻くん、おやすみ!これからもよろしく!」

「…………しゃけ」

狗巻くんが困惑している。視線を振り払うようにして、わたしは女子寮に走った。