乙骨憂太が転校してきて、一年生は合計五人になった。机は前列に二つ、後列に三つの配置になり、身長の高い者が後ろがいいだろうということで、パンダと真希と棘が後列にあてがわれた(憂太は転校生なので前)。

「燐さん、髪の色が五条先生と同じだよね」

入学時には紫色をしていた燐の髪色は、憂太の指摘通りほぼ白へと変わっていた。彼女は伸ばしている自分の髪を少々つまみ、眼前に持ち上げてまじまじと眺め改めて色を確認する。

「犬夜叉かな?」

「髪結んだら?邪魔だろ」

「今日時間なくてそのまま来ちゃった」

真希の言葉に簡単に返事し、燐は僅かに眉を寄せた。呪術と縁のない生活をしてきた憂太にどう説明しようか迷っているようだ。憂太も説明を無理強いするつもりはなく、そのままの疑問として口にしたのだが、悩ませてしまったかと少々後悔した。程なくして燐は口を開く。

「んー、わたし頭皮が老人なんだよね」

「老人」

「子どもの頃、術式の調節ができなくて。髪黒くする細胞死んじゃって」

「……なるほど」

「呪力使えば戻せるんだけど、ずっと頭皮に呪力割かなきゃいけなくなるからね。そんな余裕もないし、でも白髪はちょっとってことでいつもは染めてるんだよ。また染め直さなきゃ」

「そっか、大変だね。髪は好きな色にできるの?」

「染めるならできるでしょ。あ、ピンクの髪とか生やすのは無理だよ。もともと持ってる細胞を増やしたりできるだけで、DNA?に含まれてない細胞は無理。上蓬莱の術式を極めるとなんちゃって不老になるんだけど、わたしはまだ若いし攻撃全振りだから容姿弄るのはあまり得意じゃない」

「そいやさ、なんで紫だったの?」

くるくると燐は白い髪を指に巻き付けながら言葉を紡いだ。説明を受けてパンダがこれを期にと疑問に思っていたことを問う。棘も同意見だった。白髪がちょっとということなら、紫の髪もなかなか悪目立ちするし好ましくないように思える。
髪色紫時代の燐を知らない憂太が首をかしげた。棘はケータイを取り出し、入学してまだ日が浅い燐の姿を憂太に見せる。4月上旬、雨がなかなか降らずまだ満開の桜があったので、花見がてら記念に当時の一年生全員で撮った集合写真だった。燐の紫の髪を見た憂太は『へぇー』と納得している。そのやり取りを知りもしない燐はパンダに対してあっけらかんと告げた。

「白髪染めるなら紫でしょ」

「ババアかよ」

「あれはあれでなんか強そうだったでしょ!」

「やばいやつ感全身から出てたぞ」

「しゃけ」

「じゃーどうしたらいいのよ。黒になんて染めたら髪伸びたとき目立ちまくるじゃん」

「そうだなぁ」

そして考え込む。ブリーチ状態の髪は色が抜けるのが早いので、カラーが無くなっても見た目が見苦しくならないようにすべきと燐は主張した。必然的に無難な濃い色は候補から外される。

「どうでもよくねぇ?」

「真希ちゃんは綺麗な黒髪だからー」

「白髪で放置してる目隠し野郎がいるじゃねぇか」

「わたしの白髪と五条さんの白髪は枠が違う」

「枠ぅ〜?」

「あ、でも今狗巻君に写真見せてもらったけど、燐さん紫色の髪似合うね」

「……写真?」

真希の訝しげな声に棘は慌てた。いや、みんな持ってる写真なのだから慌てる必要はなかったと思いなおしたが、棘の動揺に気付いた真希は、ははーんと意地の悪い笑みを見せる。盗撮をしただとか謂れもない冤罪をかけられたらたまらないと、棘はすぐさまケータイの画面を開示した。画像確認した真希が『つまんねー』と興味をなくす。

「え、なになに見せてー!」

当事者である燐が確認しようと身を乗り出した。勢いよくぐいっと迫ってきたため、棘は反射的に身を僅かに引いてしまう。
突然距離が近くなった。棘はじっとケータイの画面を眺める燐の白い髪を見つめる。
棘は白髪に慣れてしまったのだろうか、白いままでも何も問題ないように思えた。キラキラと教室の電灯に反射して光を帯びている。僅かに黄色がかっているようだ。棘はさらりと流れた彼女の髪に触れようと指を伸ばしかけて、やめた。

「やっぱ紫がしっくりくるなぁ」

「慣れてるからな俺らは」

「ちなみに紫紫ってみんな言うけど、これラベンダー色だからね」

「オッシャレ〜〜」

なんてやってたらガラリと教室の扉が開いて五条悟が入室してきた。休み時間終了である。

「おっ!君ら仲良いねー!何話してたの?」

「悟が白髪でジジくせぇよなって話」

「薄幸の美青年ここに極まれりでしょ。燐もおそろいだね!」

「わたし週末染めるんで」

「せっかくだしもうちょい僕と兄妹設定楽しもうよ」

「そんな設定知らない」

宣言通り、燐は週末に髪を紫色(いや、ラベンダー色だったか)に染めてきた。ついでに髪を少し切っている。後ろから見ると肩を越えるくらいの長さだ。
燐の白く長い髪にあのとき触れれば良かったと棘は後悔した。コーティングの剥がれた彼女本来の髪色はもしかしたらもう見れないかもしれない。触れる機会に恵まれることなんて言わずもがなだろう。

「トリートメントしたから今髪サラサラ」

「うお!すげーな、棘も触ってみ」

「…………しゃけ」

センチメンタルになった矢先に機会がやってきた。得意げに頭を差し出す燐の髪の毛先の辺りを指で軽く撫でる。自己申告するだけあってサラサラだった。