月曜日は学校に行って、訳も分からず事務作業をする。伊地知先輩いわく、ちゃんと手は動いているらしいので頭はすっからかんでも身体が仕事を覚えているらしい。疲れてんのかここのところ毎週こんな感じだ。そろそろリポビタンでも飲んでどうにか喝を入れなくてはならない。
ふらっといつの間にか近くにいた五条先輩が、死んだ目でパソコンをカタカタカタカタ叩きまくる私に声をかけてきた。

「みょうじ、昨日僕ハッスルして人んちの柵壊しちゃったんだけど」

はい、五条悟あるある。仕方がない、任務だったのだからこれは、仕方がない。こんなことで私は動揺しない。呪術でドンパチやらかして何も被害が出ないことの方が珍しいくらいだから、人んちの柵くらいなら全然余裕だ。人的被害でなくてよかった。
しかし良かったですねで終わらせるわけにはいかない。我々は社会人であるので。

「弁償になります」

「うん、稟議書書いて」

ここではじめて私は五条先輩に目を向ける。いま、私に、この全身で忙しいをアピールしている私に稟議書を書けと言いましたか。五条先輩の目元は黒い包帯でぐるぐる巻きにされていて全く表情が読み取れない。『稟議書書いて』と彼は繰り返した。

「今、私すごい忙しいんですよ」

「コーヒー買ってやるからさ」

「タリーズのアイスコーヒーブラックグランデで」

「遠慮ないよね」

「お互い様ですよ」

返事をしながら稟議書のフォーマットを開く。よくあることなのでテンプレート化されていて、本当に五分もあれば書き終わってしまう。五条先輩は壊した柵の持ち主の人の個人情報の記載された用紙を置いて事務室を出ていく。タリーズに向かったと信じたい。


稟議書と五条先輩が買ってきたアイスコーヒーを交換して、せっかくだから一旦休憩をしようと私は事務室を出た。小さな公園のようになっている空き地が近くにあるのでそこに向かう。特にそこに何があるわけでもないが、開けた場所なので風が気持ちいいのである。
休憩所として設置されているベンチに腰掛けてストローをすする。タリーズのコーヒーは苦みの中に甘味が含まれていて複雑な味わいでとてもおいしい。勝手に五条先輩にシロップをぶちこまれなくてよかったと小さく息を吐く。あの人、女子高生もドン引くほどの甘党だからついつい癖で入れちゃったーなんて言われたらもう私飲める気がしない。
持ってきていたスマホがLINEを受信しわずかに震える。伊地知先輩かなとロックを解くが、メッセージを送ってきたのは伏黒だった。

「げっ」

返信してなかったからな。困ってしまってスルーしたからな。『帰り着いたなら連絡ください』とか『スタンプでもいいんで』とか、いろいろ来てたけど全スルーかましてしまったからな。まぁ既読スルーはいい気分しないよな、分かるよ伏黒。
内容を確認すると『ひとりですか?』という質問だった。道中見つかったのかもしれない。別に避けているわけでもないから普通に返事すりゃいいのに、既読スルーした引け目から私は返す言葉が思いつかず頭を抱える。

「うわデカ。カフェイン中毒かよ」

そんなしてたのであっさり伏黒に居場所がばれた。そう、グランデのカップはデカいのだ。私は頭を抱えたまま弁明する。

「これ今日一日分入ってるんで」

「いや氷溶けるだろこんなん。後半水じゃん」

「だから早めに飲むんだよ」

「じゃあ今日一日分じゃないじゃないですか」

くっこの減らず口め。伏黒に口では勝てないのが分かっているので、私はムッとしただけで押し黙った。そのまま口にストローを運んでごくごくと飲み上げる。カフェイン中毒がなんぼのもんじゃい。
大人げなく拗ねた私を伏黒が立ったまま眺めている。そもそも何しに来たんだこいつ。既読スルーに既読スルーを重ねようとした罪を棚に上げて、私は伏黒にキツめの視線を向けた。

「何しにきたの」

「別に。外の空気吸いに来ただけですけど」

「中庭とかあるじゃん」

「返事寄越さない困った先輩に物申しに来たってのもあります」

「すみませんでした」

「謝るならやんなよ」

ここで伏黒がやっぱりそこそこ怒っている事実に気付く。まぁ、本当に大人げなかったと反省しなければいけない。私の方がだいぶ年上とはいえ、伏黒は単純に私を心配してくれたのだろうから。私の何がここまで彼を心配させるのだろうと不思議ではあるけども。
ずっとここにこうしているわけにはいかないので、私はコーヒー片手に立ち上がる。スマホはポケットに入れた。

「休憩終了したので帰ります」

「俺も戻ります」

「さすがに校内で心配される筋合いはない」

「自意識過剰ですか?休憩時間終わるから帰るっつってんですよ」

「相変わらず言い方キツすぎる」

私の弱っちいハートは遠い後輩であり保護対象でもある少年からの心無い言葉のせいでボッコボコだ。この気持ちのままで事務室に帰って仕事しろって辛すぎる。
すごすごと歩く私の後ろを伏黒がついてくる。居心地悪くてコーヒーを何度も飲んでしまう。廊下の分かれ道で伏黒は私を呼び止めた。

「返事、ホントお願いします」

「……うん」

「死んだかと思うんで」

「それは気にしすぎ」

「そうかな」

伏黒はハハッと笑って教室へ向かっていった。その黒い後姿を眺めながら私はストローをくわえる。そんなに弱そうに見えるのだろうか、そりゃ、呪術師である伏黒に比べりゃクソ雑魚だけども。