男子高校生といえば焼肉の食べ放題だと私は信じて疑わない。
「腹いっぱい食うが良いぞ。人の金で焼肉が食えるいい機会だ」
「……はぁ。なんかありがとうございます」
では遠慮なく、と伏黒は早速カルビを焼きにかかる。私はその様子を満足げに眺めながらビールをあおる。焼肉の食べ放題といえば冷えた生ビールだと私は信じて疑わない。
形式上はいわゆる二回目のデートである。散々悩んだ私は色気を徹底的に排除することに決めた。前回はイキってワンピースなんて着て行ってしまったから自分も謎の乙女ムーブをしてしまったし、伏黒も女の子扱いをしてきたのだ。あれが続いたら懲戒免職待った無しなので、世話焼き婚期遅れおばさんの立ち位置を目指すことにする。そもそもこういうノリの方が私としても自分に合っている。
「なまえさん、米はいいんですか」
「ビールあるから」
「腹膨れます?」
「20歳過ぎるとね、あまり食べれなくなるもんなのよ」
「ふーん」
そんなもんなんすかね、と伏黒は焼いた肉をタレにつけて、更に米に乗せてから口に入れた。焼肉食べ放題なのでもちろん米も食べ放題である。思いっ切りお腹いっぱいになってほしい。そんな想いを携えながら私はチョレギサラダを食べた。
「肉食わないんすか」
「食べるよ。普通に野菜が食べたいだけ」
ピチピチの伏黒には分からない感覚であろうが、食前にあっさりとサラダを食べたくなる気持ちというものが存在するのである。
伏黒が焼くロースの横に牛タンを並べる。ネギが乗ってるやつである。これをレモンのたれで食べるととても美味しい。伏黒が追加で頼んだハラミも届く。程よく焼けた牛タンを伏黒の皿に乗せて、ハラミの分の場所を空ける。
「ネギ巻いて食べてみて、あ、たれはレモンのやつね」
「はいはい」
「今好きに食わせろって思ったでしょ」
「はい」
「はいじゃねーよ」
素直な伏黒はどことなく楽しそうに牛タンを口に運んだ。伏黒はあっさりめの食べ物を好んでいると記憶している私は、きっと良い返事が聞けるだろうと内心ほくそ笑みつつ、自らも牛タンを食す。これがまたビールに合う。牛タンの歯応えとレモンの酸味、炭焼きの風味とネギの甘み。最強である。
「米に合うかと言われると微妙」
「まぁレモンだからね」
私はレモンライスとか好きだから普通にいけるけど、好き嫌いはあるだろうな。
それでも単体として口に合ったらしく、伏黒はハラミ用に空けた網に牛タンを並べていった。
「なまえさんこれ好きなんでしょ。もっと食ってください」
「やばいビールが進んじゃう」
「未成年置いて酔い潰れないでくださいね」
「だよね、一杯でやめとこ」
ビールは好きだが酒が得意な訳ではない。成人の前で酔い潰れても大迷惑なのに、未成年の前でなんてもう目も当てられない。ふわふわとほろ酔い程度がよい。自戒のためにウーロン茶を頼む。
「いつも酒飲んでんです?」
「ビール好きだけど強くはないからね。飲み会とか行ったら飲むけど、普段はあまり飲まないかも」
「じゃあなんで今日」
「……なんでだろねー」
色気ゼロのお節介ババアみを出すために飲んでますとは言えないので、首を傾げて誤魔化した。スッとチベットスナギツネ顔になった伏黒はどうでもよさそうに肉を喰らう。
チェイサーとしてウーロン茶を飲みながら牛タンを食べた。カルビとハラミを並べつつ、自分もロースを取って食べる。普通のたれもおいしい。
「伏黒は今日どこ行きたかったの?」
「別に。なまえさんとならイオンのフードコートでも」
「銀だこおいしいよねー」
「たっけぇフランス料理とかでも」
「フォアグラ食べたいよなー」
「食いもんばっかじゃん」
「食べ物の話なんだから合ってんだろ」
再度チベスナ顔をした伏黒は大きい溜め息を吐いて、『次は俺が決めます』と宣言した。また次があるのか。お互い奢り合ってちょうど気持ち的にトントンくらいだからこの辺りで終了して欲しかった。
私は今、自分が上下ユニクロでおばさん感を全開にしていたことを思い出した。今のノリなら断れる。酒も入っているし。私は不自然にならないように気を遣いながら口を開く。
「でもさぁ伏黒、やっぱりデートならもっと若くて可愛い子と行った方がいいんじゃないかな?」
「……は?」
「ほ、ほら、私なんてこんな部屋着だしビール飲むし」
「何着てようがなまえさんはなまえさんでしょ。頼んだら可愛い服着てくれるし、何も嫌じゃないですけど」
「…………お、おう」
昨今には珍しいくらいの性根の真っ直ぐな少年である。
伏黒が私に気のあるような言葉を発する度に、私はこんなひたむきな好意を向けてもらえるような人間ではないのにといたたまれなくなる。何も年齢だけのせいではない。伏黒が多分本気で言っているのがなんとなく分かる分、彼の綺麗な言葉に炙られて私の隠した駄目な部分が浮き彫りになるのではないかと怖いのだ。
そうなると、確実に嫌われる。ことあるごとに世界を諦めた目をする伏黒を私は失望させたくない。エゴに過ぎないのかもしれないが。
ベストなのは、この状態を維持したまま伏黒が別の子を好きになってくれることだ。しかし悲しいかな、術師界の出逢いの無さは凄まじいので、私の願いは現時点では全く叶いそうにないのであった。
私は言葉が見つからなくて、肉を食べる。伏黒も黙ってしまって、静かな夕飯となった。
もう腹いっぱいですとのことだったので、一時間半くらいで店を出る。軽く酔っているので夜風が気持ちいい。帰るか〜と伏黒に声をかけると、彼はいつぞやのように私を送ると言い出した。
「大丈夫だよ」
「俺が心配なんで」
「私はそのあとの伏黒が心配なんだよ」
「……いや、俺呪術師ですよ?そのへんのチンピラに俺が負けると思ってんですか」
「……思ってないけど……」
言われてみればである。伏黒が絡んできたチンピラに手加減をするとは思えない。強めの呪霊にばったり出くわさない限りは命の危険に晒されることはないだろう。
「……そのへんのチンピラが、その、心配で……」
「殺さないですよさすがに」
苦し紛れの言い訳もサラリと返されお手上げである。
駅までの道を伏黒とスタスタ歩く。私が履きなれたバレエシューズを履いているので、自然と以前より歩みが速くなった。こんなんだとすぐ駅に着くなぁと思っていると、伏黒から手をスッと差し出される。
「……なに」
「デートなので」
「ノルマでもあるの?」
「そんなんじゃないですけど、その、」
伏黒がもごもごと言いづらそうに言葉を濁す。10歳歳下の高校生と駅前で手を繋いで歩くって、なかなか私にとってはハードルが高い。
手を取ってしまったら自分が開き直ってしまうような気がして、でも伏黒を拒絶などできず、私はそろそろと手を伸ばし、指先だけちょんと触れ合わせた。
「ヘタレ」
「普通に恥ずかしいもん」
「帳でもおろしますか」
「職権乱用で公私混同だわ」
「指だけなんて、よっぽどエロいですよ。俺みたいなのはこんなことでも喜んじまうので」
ぐいっと手を引かれて、伏黒を止めようと思ったときにはもう顔面が伏黒の服に押し付けられていた。えっ視界黒すぎない?と頭が一瞬真っ白になる。伏黒の服からは焼肉屋の匂いがした。洗濯が面倒だろう、すまない。
ワンテンポ遅れて背中に伏黒の腕が回る。あー抱きしめられてるのね、それね、なるほどなるほど。
優しく包まれているというよりは縋りつかれているかのような感覚があった。伏黒は私の庇護欲を煽るのがうまい。
「焼肉の匂い」
「さっき食ってきたんで、目の前の人と」
「素晴らしい!太っ腹な人だね」
「俺の告白はスルーされてばっかですけどね」
耳が痛い。伏黒は私を離して、何事も無かったかのように駅に向かっていった。