感想、腰が痛い。

「買ってきましたよ」

「ありがと」

伏黒が涼しい顔してマックの袋を下げて帰ってきた。ベッドから動けない状態を30分続けた私は、そんな伏黒に感謝の意を伝える。
結局あれから意識は途切れ途切れで私は知らず知らずのうちに寝てしまっていて、起きたら夕方だった。伏黒はいろいろしたのが嘘みたいに普段の様子でカーペットにあぐらかいて座って私を見ていて、こいつ強すぎか?とさえ思った。本人が言うには一応軽く睡眠を取りはしたらしいが。若いのだからもっとゆとりのある生活を心がけてほしい。
腹減ったぜということで動けない私に代わり、伏黒が昼ご飯にマックを買ってきてくれた。安かったらしいナゲットにマスタードソースを付けて食べる。バーベキューよりマスタード派だ。伏黒はビッグマックに齧り付いている。

「ポテトケチャップつける?」

「あー、あるならください」

「ん」

よっこいせと婆さんムーブで立ち上がり、冷蔵庫をゴソゴソ漁る。立てかけてあったケチャップを見つけて小皿と一緒に持って戻ろうとすると、伏黒が立ち上がって私を支えに来た。小っ恥ずかしくなり一歩後ずさる。

「な、なに伏黒」

「何って、しんどそうだったんで」

「そっからそこだし大丈夫」

「足取り酔っ払いみたいになってますけど」

「誰のせいだと」

そして伏黒と致してしまったことをありありと思い出して私は自爆した。そう、こうなっているのは伏黒のせいであり伏黒とはここのこいつのことを指す。私本当に男子高校生とセックスしてしまったんだと事実がミシミシと罪の重さを伴ってのしかかってきた。
見た目に反して割と真面目な伏黒は、『俺のせいなんで』となんとなく嬉しがってもいそうな言い方をして私の腰を気遣う。腹が立ったのでケチャップも小皿も持たせて私は伏黒を置いてテーブルに戻った。

「食べたら帰りなよ。みんな心配するから」

「心配は分かんねぇけど、何してたか聞かれはするでしょうね」

「なんて答えるの?」

「……なんて言えばいいです?」

伏黒はポテトを摘みながら私を見遣る。直視が恥ずかしくて目線をぐいっと逸らした。表情の変わらない伏黒ではあるが、おそらく私をからかって遊んでいる。なんと不敬な野郎だ。
私はエビバーガーを食べる。伏黒はビッグマックを食べ終わってのほほんと食後のコーヒーを飲みはじめた。

「好きに答えたら?」

「なまえさんといましたって言っていいんですか」

「……あんまり良くない」

「まぁ、俺も要らん詮索されるのは嫌なんで言いませんけど」

ミステリアスキャラで通してるとこあるもんな。あまり自分の話をしているイメージがない。その点では伏黒が自分から周りに言って回ることはないと安心できた。秘密の交際というやつになるのだろうか。
というかそもそもの話で。

「伏黒、私たちさ」

「……はい?」

私の口から、関係性を確認するのはおこがましすぎた。言い出したくせに口を閉ざした私を訝しげに伏黒が見ている。
あのとき伏黒は、俺が好きで私に嫌われてないならそれでいいと言っていた。あまりお付き合いをするとかそういうところまでは望んでいないのかもしれない。そりゃ、そうだ。10歳も歳上の彼女なんて可愛いと思えないだろうし、そりゃ、うん。

「なんですか」

「いや、なんでもない。暗くなるまでに帰って」

「呪術師ですし平気なんですけどね」

「それでも一応、年長者として」

「はいはい」

投げやりに了解した伏黒は残ったナゲットをもぐもぐしている。エビバーガーはおいしい。いつ食べても安定して香ばしくサクサクしている。
そうか、伏黒は私との未来を考えてはいないのだなと思い至った。好きだ好きだと言っておいて、それだけでいいというのはつまりはそういうことだ。ここまで私に踏み込んできておいてズルいなぁと思えたが、相手はまだ未成年なのだから距離を測るのを間違えた私の責任だと受け止める。こんな若い子相手に、セックスしたからって彼女面なんて迷惑に決まっている。
必要以上に伏黒に寄りかからないようにしなければと感じた。伏黒に本当にこれからの人生を共に生きたいと思えるほど愛する女の子ができた場合に、私は見苦しくないようにサクッと離れなければいけない。
考えてみたが、難しすぎる。気を抜いたらズブズブと引きずり込まれていきそうだった。やはり伏黒を受け入れるべきではなかった。



「なまえ、言いたくないんだけどね、あなた、いい人はいるの?」

日曜日、突然実家に早く帰ってこいと連絡が入り、慌てて日帰り帰省したらこれである。脱力したし憤りも感じた。ぐったりしながら出されたお茶をすする私を、母が心配そうに見ている。

「なまえちゃんもそろそろいい歳じゃない。今すぐなんて言わないけど、さすがに恋人くらいは……」

私は知らん顔しておせんべいをかじる。餡子の類が得意ではない私に配慮してくれたお茶菓子に、なんだか虚しさを感じて息を吐いた。
母の気持ちも分からないでもない。うちは代々続く神社である。そして私は一人娘。さっさと跡継ぎを見つけなければいけない。今まで付き合ってきた人たちも、みんなうちの婿養子に入ってもらう前提で交際をしていた。そのくせいざ連れてくると、家の血統がなんだ格式がどうだと結局私が見つけた人は親から認められないので、馬鹿らしくなって『いい人』を探すのを辞めてから何年か経っている。
おせんべいを食べ終わり、私は柿の種に手を伸ばす。その手を母に掴まれた。

「あのね、言いたくないんだけど。なまえの呪術師になるってワガママ、お母さんたち聞いてあげたでしょ」

「…………」

「そんな危ない仕事早く辞めて、こっちでのんびり暮らすことを考えて欲しいのよ」

「……私、もう呪術師じゃないし」

そう、私はもう呪術師じゃない。そもそもの性格からして向いてなかったし術式も戦闘向きじゃないし、それを見抜いた五条先輩に言われて辞めた。
それでも高専にしがみついているのは、補助監督としてでも術師界に関わっていたいからだった。呪いで苦しむ人が一人でも減るように、せめて呪術師を手伝いたいという気持ちからであった。まだまだ志半ばで、このタイミングで私が席を空けるなんて言語道断である。
あー辞めるのやっぱやめよ、と決意できたので良かった。実は伏黒とのアレコレがあったので退職届を出すべきかと迷ってたりもしていたのだ。辞めるべきではないな、うん。
母の手を払い除けてから、私は立ち上がる。帰り支度をはじめた私に、母が焦って隣の部屋に消えていった。

「……え?」

なんだか嫌な予感がした。バタバタとそそっかしい足音が響き、大急ぎで母が白い大きい四角い台紙を持って戻ってくる。良くこういう感じの話で見かけるやつ。

「あなたがワガママで話を聞かないから、もうお母さんたち決めたの。こちらが決めた人と婚姻をしてもらうからね」

「…………うわ……」

「ここの家のご子息はご自身も神社の神主だから、一緒にうちも管理してくださるみたいなの。家柄も将来も……ほら、顔も!問題なし!」

ぐいっと台紙を見せつけてきたが、別に普通によくいる感じの方ですねという感想以外抱けなかった。我が母ながら勝手に娘のことを決める態度に苛立ち、私は実家を飛び出す。
帰り道、怒涛の勢いで母からのメールが飛んでくる。もう来週顔合わせに料亭をおさえているから。ちゃんと来週帰ってきなさい。振袖はこちらにあるから大丈夫。冷静になってこれからのことを考えなさい。お母さんたちはあなたのためを思ってるのよ。

「何時代だと思ってんのよ!」

帰ってから改めて母からのメールを見てムカムカした。スマホをベッドに投げつけて私は頭を抱える。




「何時代だと思ってんですかね!!!」

野薔薇ちゃんが車の中で私の母への怒りを顕にした。話の進行に合わせてあまりにも野薔薇ちゃんがヒートアップしていくから、やっぱり相談すべきでなかったと私は反省した。
現在、任務に向かう途中である。送迎対象が野薔薇ちゃんだということで、一人で抱えたら爆発してしまうと危惧した私は、実は悩みがあって……と日曜日のことを切り出したのだが、何かが野薔薇ちゃんの逆鱗に触れたみたいで彼女はいわゆる激おこプンプン丸になっていた。私の母を呪う勢いである。

「ありえない!!このご時世に親が決めた人と結婚!!??跡継ぎなんてあんたらが男作んなかったからでしょうが!!!」

「……の、野薔薇ちゃん、一応任務前だから落ち着いて」

「なまえさんも、ふざけんな!ってちゃぶ台ひっくり返してきたら良かったのに!」

「いやぁなんかびっくりが先に来ちゃって」

「女をなんだと思ってんだ!あーーーー田舎はムカつくわぁ!!」

今すぐにでも藁人形をぶん殴りそうだったので若干冷や汗が伝う。
車の運転に気をつけながら私は野薔薇ちゃんの様子をバックミラーでうかがった。腕を組んで外を見ながら不機嫌丸出しの顔をしている。私のことでここまで怒ってくれるなんてとちょっと嬉しくもある。我ながら現金なヤツだ。

「なんか野薔薇ちゃんが怒ってくれたからスッキリしたよ」

「怒るに決まってます。人権無視ですよ」

「だよね、無視されてるよね。何様って感じ」

「……で、その話受けるんですか?」

野薔薇ちゃんがバックミラー越しに私の目をしっかりと見据えていた。なぜだか伏黒に近い眼力の強さを感じて私は目を逸らす。信号が青になったので、アクセルをゆっくりと踏んだ。
私が返事をしないことで察したのか、野薔薇ちゃんが息を大きく吐いた。

「今日の呪霊、どんなのですか」

「……うん、3級呪霊だからそんなに強くないとは思うよ。ビル内でサイズも大きくない。ただ近付くと厄介みたいだから殺るなら遠くからね」

「わかりました」

現場に到着して帳をおろす。ここで待ってるね、と伝えると、ビルに入る前に野薔薇ちゃんが私をちらりと見た。

「やっぱり、私なまえさんが補助監督辞めるの嫌です。もっともっと恋バナとかしたいしタピりに行ったりもしたい、なまえさんと渋谷とか原宿歩きたい」

「……野薔薇ちゃん」

「私が帰ってきたら!そのクソ神主男をどうしてやるか考えましょ!」

グッと親指を立てて、よっぽど男前な背中は意気揚々とビルの中に入っていった。
結婚なんてありえない。ありえないとは思うけど、本当にこれからのことを考えた場合に、にべもなく断ってしまうのが得策なのかと言われると私には分からない。他にいい人をこの何日かで探す?いやいやいやいや……。
結婚すると伝えたら伏黒は何を言うだろう。はァ!!??って怒って、後は好きにしたらいいんじゃないですかとか言って私に関わらなくなるのではないだろうか。それならそれでもいい気がする。その場合私は高専から離れるのだから。すべてうまくいきそう。想い出にして取っておける。
ああー……でも、単純に結婚相手決められるのは本当にムカつくんだよなぁ。自分の矜恃を取るか家の存続を取るか。