伏黒プロデュースのデートプランは公園をのんびりと歩くというものだった。LINEがきたときは案外ロマンチストかよと遠い目をしてしまったが、ショッピングしても欲しいものはないし、遊園地なんてもってのほかだし、確かに綺麗な公園くらいがちょうどいい。オシャレなコーヒースタンドもあるらしく、その辺りが結構楽しみだったりする。
過ごしやすい季節だ。特に可愛い服を指定されてはいないが、私は膝下の丈のスカートを履いていくことにする。歩くのが遅いと迷惑なので、パンプスの踵は低めのものを選ぶ。陽射しが嫌なのでつば広帽を。

「……浮かれてるなぁ……」

自分でも分かる、明らかに調子に乗っている。だが今調子に乗らずしていつ乗るというのか。今までの流れで改めてデートに誘ってくる意味までもをスルーしてしまうわけにはいかない。
結局私は、生きて帰ってこれたんだから別にいいじゃんという五条先輩の一言でお咎めなしとなった。ただ、やっぱりヒヤヒヤするからもうやらないで、僕がどうにか何とかするからちゃんと頼ってねと釘を刺されてしまった。最強の呪術師から言われてしまえば、私はこくこくと頷くことしかできない。確かにあれは浅慮だったと反省しきりである。
電車を降りて改札を出ると、すぐ近くの壁に伏黒が立っていた。待ち合わせ場所がここだから当然である。時計を見ると15分前だ。まさかこんな早く来ているとは思っていなかった。

「お待たせ」

伏黒の視界に入るであろう位置まで移動して小さく片手を振る。伏黒もこんなに早く集合するとは思っていなかったようで、少し驚いた様子を見せた。

「早いですね」

「そっちもね」

「俺は……電車の時間の関係で」

「素直に楽しみすぎて早く来ちゃいましたって言えよ」

「言えるか」

ふいっと他所を向かれたがそんなことで私の機嫌は上下しない。かわいいやつめとほくほくである。目的地である公園に向かうため並んで歩き出す。

「コスモスとか、咲いてるんですって」

「公園に?メルヘンだね」

「メルヘンかは知らねぇけど」

「そういう季節だからだね」

「好きですか、花とか」

「そうだね、好き寄りかも」

「……良かったです」

「伏黒は嫌いそうだね」

「嫌いではないですよ。なまえさんが好きなもんならなんでも」

「……そ、そう」

やめろそういう、私のこと大好き発言は控えてくれもうスルーできないんだから。とはいえ真正面からいちいち受け止めてたらいつか糖分の過剰摂取で死に至りそうである。まともに聞き過ぎないように気を付けないと。
土日なので人出が多い。公園に着いたが周りは家族連れかカップルばかりだ。気まずさを覚えて足取りが重くなる。

「花、あっちですよ」

「うん……」

「この期に及んで嫌がるなよ。今日来たってことはそういうことだってさすがに分かってんでしょ」

「……やっぱそうなの?」

「じゃなきゃ、こんなリア充で溢れてる場所選ばねぇよ」

確かに言う通りだ。自らをカップルであると認識していないとこの時期にここに来ようとは普通思えない。
伏黒に促されて、再度彼の隣に並ぶ。コスモスの咲き誇る花畑まではそこそこの距離があるようだ。道中にもいろいろ花が咲いていて見応えがある。

「あ、マリーゴールドだ」

軽く坂になっている場所を越えると黄色い親しみのある花が絨毯のように敷き詰められていた。それなりのスペースを埋め尽くしているので壮観である。近くまで寄れるようになっていて、子どもが周りを駆けているのが見える。微笑ましい。

「撮っていいですか」

伏黒が問うので、マリーゴールドを眺めるのをやめて振り向いた。伏黒はこちらに向けてスマホを構えている。まさか。

「ちょっとまさか今私を撮った?」

「ん」

「許可してないでしょ!」

「いいだろいつ撮っても」

「良くないよ!」

「誰にも見せないんで」

「伏黒が見るじゃん!」

「……まぁ、そりゃあ」

詰め寄ってスマホを見せてもらおうとするが、頭上に掲げられて届かない。涼しい顔でクソガキみたいなことをされて心外である。あまりムキになっても仕方がないのである程度で諦めて、またいつかの機会を狙う。私の写真を欲しがる気持ちは嬉しいけども、そんな残してもらえるほど綺麗な顔でもないので。

「伏黒撮らせてよね、コスモスの前で」

「似合わねぇだろ」

「自覚あるのかよ」

「お日様の下ってのがそもそも」

「影を背負ってるもんな」

「術式の関係上仕方ないです」

「根暗だしね」

「……嫌いですか」

「まさか!すきだよ」

降り注ぐ太陽に眩しそうに目を細めている。確かに似合わないけれど、光に掻き消されてしまわない確かな実体を感じて私は胸をなで下ろした。それが影だろうがなんだろうが優しさと静謐を孕むものであるのは分かっているので、今はズブズブ引き込まれるのも悪くないのではと思っている。
コーヒースタンドも混んではいたが、数分並べば購入できた。おそろいのアイスコーヒーのブラックを手に、小腹がすいたので私は食べやすいスティックチーズケーキも買って、いよいよコスモスを見に向かう。

「わぁ」

かわいらしく飾られた門をくぐるとそこはコスモス畑だった。やさしげな色のピンクやオレンジの花が段々になって誇らしげに咲き誇っていた。手頃なベンチを見つけて座る。

「似合いますね」

しばらく花々を眺めていたら、ぽつりと隣の伏黒が呟いた。真意をはかりかねて首を傾ける。

「なまえさんは、花が似合いますよ」

「……またそうやって撮ろうとしてんじゃないでしょうね」

「バレたか」

コーヒーに口をつける伏黒の横顔は至極たのそうであった。ここまで来て良かったと感じた。なにより、伏黒がこの場に私と行きたいと考えてくれたことが嬉しかった。
空は青く澄み渡っていてそよぐ風が心地よい。スティックチーズケーキはおいしい。コーヒーも少し氷が多いが口に合う。目線を落とせば飛び込んでくる、手に届く可憐に揺れるコスモス。

「やばい幸せじゃん」

「俺も不覚にもそう思った」

遠くで遊ぶ子どもの声がする。コスモスの周りを蝶々がひらひら横切っていく。伏黒と欲しかった未来、いつか高い確率で手放さざるを得なくなるであろう未来の姿がここにあった。

「俺は多分、この景色を忘れることはないと思います」

「うん。多分私も」

「もう少ししたら、一緒に帰りましょ」

「どこに?」

「寮は嫌だと思うので、まぁ、なまえさんちに」

「またいかがわしいことしようとして」

「いいでしょ。なまえさんをもっと愛したいんですよ」

「……ヒェ」

とうとう愛なんて言いやがった!私は口元を押さえてときめきを抑える。これはあれだ、確実にからかっている。そうに違いない。飲み終わったコーヒーのカップを2つ分持った伏黒が立ち上がってゴミ箱に向かっていった。
戻ってきたらなんと言おう。お手柔らかにと懇願するしかあるまい。