01

 がらがらという音とこつこつという音。右手で白いキャリーケースを引っ張りながら、左肩にはブラウンのボストンバッグを引っ提げて床を鳴らす。ちらりとホーム内の柱にくっ付いている大きな壁時計を見やれば、幼馴染達に告げた時間とほぼ同時だった。遅いやら待たせるなやらそういう類の文句を言われずにはすみそうだ。
 改札をくぐり抜け、人1人いない長ったらしい廊下をただひたすら進む。音はなく、窓から見える景色は闇。ただひたすらに、真っ直ぐに進んだ。自身の足音だけが空間に反響し、消えていく。
そしてやってきた一筋の光。

「和奏ちゃん!」
「ぐえっ」

 廊下を抜け、改札口を通り抜けた直後─眩しさが目に射し込んだと同時、身体、主にお腹から肩に強烈な圧迫感が襲った。力任せにぐいぐいと抱きしめる力を徐々に強くしていくつい目を閉じてしまいそうな外の光量と共に、甘い花のような香りが鼻腔をくすぐる。恐る恐る私に抱きついている相手を見つめた。チョコレートのように甘い色合いの髪、お気に入りだと言っていたピンク色のヘアバンド─

「また、会えた。トト子、ずっとずっと和奏ちゃんに会いたかった…ううぅ…」
「また会えた、ってそんな大昔に別れた訳じゃないのに。大袈裟だよトト子ちゃん」
「だってだってだってええええ!」

私の肩口に顔を押し付けて 、子どものように大号泣するトト子ちゃんの頭にそっと手を乗せた。4年も先に生きているというのに、今の彼女はなんだか同い年のような感覚だ。それに、あのトト子ちゃんに抱きつかれているから、少し心が落ち着かない。相変わらず綺麗な人だとぼんやり考えていると、どたばたと複数の足音が聞こえてきた。

「わーーー!和奏だーー!!」
「あー!和奏ずりぃ!トト子ちゃんに抱きしめてもらってる!」
「そこじゃないだろおそ松兄さん。…和奏ちゃん。おかえりなさい!」
「会いたかったぜ…マイスウィートハ」
「和奏ちゃーん!ちょー久々ー!」
「…みんなよくやるよね。あいつが帰ってきたくらいでさ」
「でも一松兄さんの目、潤んでる!それだけ嬉しいんだね!」
「ばっ…誰も泣いて─おい待て十四松!逃げんな!」

腕を触手のように高速で波打たせながら、十四松くんはホームから弾かれるようにその場を去っていく。その後を、風をも切る勢いで追いかける一松。あっという間に、駅の改札口前が個性豊かな6つ子とトト子ちゃんなよって埋め尽くされてしまう。

「ふふ。…なんだか懐かしい」

思わず口から零れ落ちたのは懐古を想った言葉であった。嘘ではない。懐かしく思った、この喧騒を。懐かしく思った、この笑顔が。新しく想った、これからの生活を。
─ここが、私の帰るべき場所なのだ、と改めて感じることができた。

「和奏」
「ん?なに、おそ松兄さん」

柔和な笑みを浮かべたおそ松兄さんがゆっくりとこちらへ歩み寄り、トト子ちゃんの右隣へやってきた。彼女は何かを察したのか、すっと私の脇腹に伸ばされていた手を戻しその身を動かし、下がる。

「─おかえり」

その場所を陣取ったおそ松兄さんの、大きな手のひらが壊れ物を扱う様にそっと触れた。ああ、帰ってきたよ、この場所へ。もう二度と離れることなんてない。
鼻がつん、とした。

「─ただいま!」

抱きついた赤いパーカーは暖かな陽だまりの香りがした。相変わらず大きな太陽の下で昼寝ばっかりしてるんだろう、と笑ってやろうと心に決めた。

2017.0505.