それはきっと恋に落ちる音
「(お姉ちゃんったら…)」

 お姉ちゃんの突飛な行動ですっかり膨れっ面だ(自分でいうのもなんだけれど!)。私は不貞腐れながらも手に入らなかったバターを買いに行く為に、支度を勧めていた。一通り準備が出来次第、鏡の前に立ちふさがる。先日、貯めに貯めたお小遣いで買ったお気に入りのスカイブルーのワンピース。上部の三連ボタンは貝殻の形に施され、午後の日差しを受けて白く淡く輝く。上には薄手の白いカーディガン。刺繍された真白のレースは長い丈に揺らめいていた。
 7月下旬、じめじめした暑さは掻き消え、代わりに容赦ない日差しが差し込むようになった。外を歩けばセミの声も遠くから聞こえてくる。ちなみに腕や足にはきちんと日焼け止めを塗りこんである。対策は万全だ。

「よし、行こう!」

 6月下旬の日曜日――午後2時。照り付ける日差しの中へと一歩踏み出した。

***
 スーパーを出て下り坂を進む。
 お姉ちゃんに預けた千円札を無断で食欲を満たすのに使用されていたところで、嫌々予感はしていたが、私にとって今日は不運続きの一日であるようだ。近所のスーパーに向かうもバターは売り切れ、次に行ったスーパーも同じように売り切れていた(そういえば乳製品も値上げするってニュースでやってたっけ)。しかし、どうしてもレシピ本で読んだラムレーズンのクレープを作って食べたい。だから、しょうがない、のだ。改札口にそっとスイカをかざし、少し大きめのショッピングセンターへ向かうことにした。

***

「(暑かった…)」

 想像以上の暑さに見舞われてしまい、思わず心の中でそう呟きながら椅子にゆっくりと腰掛けた。日曜の午後であるからかそれなりに乗客も多い。私は改めて大きな溜息を零した。まさか、二箇所のスーパーを徒歩ではしごするだけで、汗が滝のように流れ落ちるとは思っていなかった。車内を吹き抜ける冷風が火照った身体全体に染み渡り、徐々に体中を蝕んでいた熱は綻び霧散していく。思わずその心地よさに思わず笑みを零しそうになるが、一人分空いた隣に座る青いシャツの男の人に見られてしまうのは恥ずかしい。唇を結んで我慢した。
 そして現在の時刻は2時37分、私に課せられている門限の6時にはまだまだ余裕がある。自宅からは少し遠いが、時間と電車の時刻を気にしていれば門限を過ぎることもないだろうし、買う物もバターや調味料位。買ってから雑貨屋やカフェでゆっくりする時間も十分に取れそうだ。

「─でさ、なんかアイツ笑いすぎてコケてんの!」
「彼氏おっちょこちょいすぎじゃない…?」
「(彼氏…)」

 私は中学3年生。出会いはまだまだ先だろうけど、いつか素敵な人と付き合えるといいな。