
好きになって
それはほんの出来心だと言ってもいい。いつもと変わらない、部活中のことだった。アップや個々の練習が終わり、紅白戦をやっている時にそれは起こったのだ。ふと、赤葦が左手に右手を添え、動きを確認する動作をする。なんら特異なこともないそれが目に付いた。たまたまなにか気になることがあったのか、それは分からない。ただその時に、指長いなとか、綺麗な手をしてるなとか思ってしまったのである。バレーをやる以上ケアをしているだろうし、特別驚くほどのことではない。それでも他の人には無いW何かWを感じてしまい、慌てて目を逸らす。スコアの記録に集中しなくては……。
それからというものの、ついつい赤葦の手に注目しがちになってしまっていた。運が悪いと言うべきか、クラスも一緒な上に席が近い。赤葦も手持ち無沙汰なのかクセなのか、手首を抑えたり、指を一つ一つ触って何かを確認する仕草はほぼ毎日している。実は見ていることがバレていて、わざとそうしているのかと思ったが、一週間ほど経っても彼が指摘することはなかった。
「なんか最近、元気ない?」
「えっ!?そんなことないですよ」
かおり先輩に指摘されて、慌てて首を振る。いたって健康だとアピールしてみるが、あまり納得はしてもらえなさそうだった。
「悩みごと?」
「そういうわけでは……」
「でも、心ここにあらずーみたいな感じじゃん?」
雪絵先輩に言われて、確かにそうだと思った。授業も部活も支障が出るほどではないにしろ、ある意味心が浮ついていたのは間違いない。こんなことで先輩二人の気を煩わせるのも忍びなく、意を決して打ち明けることにした。名前は伏せて、最近一人の人間を目で追ってしまうことが増えたと伝える。話したあとの先輩たちは、目を輝かせて詰め寄ってきた。
「それって……もしかして、」
「待ってください。まだ顔を見るならまだしも、手ですよ!?」
「名前ちゃん、その人の手をずっと見てるんだ」
完全に墓穴を掘ったと内心頭を抱えた。手ばっかり見ているなんて変態と思われても仕方がない。やっぱり言うんじゃなかった。口の端を上げて悪い顔をした雪絵先輩は、とても楽しそうだ。
「告白するの?」
「別にそういう意味じゃないですって」
「でも、何かしら惹かれるところがあるから、ついつい見ちゃうんでしょう?」
いくらなんでも話が飛びすぎだ、と思った。うまく言い表せないが、これは普段見ない赤葦のギャップというか、知らなかった部分を知ってしまったことによる一時的ショックのようなものだと思っている。それがかっこいいだとか好きだとかに該当するものではないはずだ。少なくとも、赤葦にそれを伝えるつもりはない。むしろ言ったら今までの信頼を失うだろう。
「苗字、ちょっといい?」
「はい!?」
渦中の人間に背後から声を掛けられたことに、思わず肩を震わせた。周りの人間にはバレていないだろうかと思いながら、振り返る。その時、一瞬赤葦の手に目が行ってしまったが慌てて彼に目線を合わせる。目の動きを見られていたような気がしたが、ここは何事もなかったかのように対応するしかない。
「どうかしたの?」
「……テーピングってもうない?」
「部室に行けばストックあるはずだから、取ってくるよ」
「俺も行く」
今休憩中だし、という彼を置いていく訳にもいかず、一緒に部室まで行くことになった。
「確かここに……あった。はい、これ」
部室の棚に置いてあったテーピングを持って渡そうとすると、その手ごと赤葦に掴まれて息をのむ。けれど、彼は掴んだ手に視線を向けたまま口を開く。
「苗字、最近ずっと見てるよね」
確信を持った言い方に、心臓が跳ねる。それでも、カマを掛けられているという可能性に賭けて、惚けてみせた。
「なにが?」
「見てたでしょ、俺の手」
「たまたまだよ」
彼の親指が手首をなぞる。いつもしていたあの動作を思い出して、顔が熱くなった。赤くなった顔を隠すように俯くと、床に向けた視界に赤葦の靴が入ってくる。一歩、彼が近付いたのだと理解するころにはもう遅かった。
「耳、真っ赤だ」
耳元で囁かれた瞬間、手をを引っ込めようとする。しかし、思っていた以上に赤葦がしっかり手を掴んでいたため不発に終わった。気になってたなら一言言ってくれれば良いのに、そうせずにいる理由が思いつかない。赤葦は一体どうして欲しいのだろうか。
「嫌なら言ってくれれば……」
「嫌じゃない」
「は、……?」
食い気味に返された返答に思わず気の抜けた言葉が出てしまう。嫌じゃないって、何それ。ますます赤葦のことが分からない。
「むしろ、やっと意識してくれたんだって思うと、嬉しい」
「なに、それ」
「俺は苗字のこと、好きだよ」
思わず見上げた赤葦の表情は、向けられたこちらも恥ずかしくなるほど柔らかい笑顔だった。今まで見たことのないそれに、鼓動が速くなる。予想外すぎて付いていけない。正直言ってキャパオーバーだ。そもそも今までそんな素振りは無くて、部活がある以上他の男子と比べたら話すほうだというくらいだった。2年生でクラスが一緒になって話す頻度は増えたけれど、どれも自然な流れで、こちらに気がありそうだと一度も思ったことはない。返事もできないでいると、赤葦はさらに追い打ちをかけてくる。
「これからはもっと俺のことを意識して」
もう十分意識していると言えなくて、頷くのが精一杯だった。どうして好きなのかとか、聞きたいことはたくさんあるのに言葉にできない。ただ、赤葦に告白されたことは嫌じゃなくて、むしろ嬉しいという気持ちが大きいのは確かだった。自分でもちょろすぎるんじゃないかと言いたくなるくらいには、既に赤葦のことを好意的に考えている。それから何食わぬ顔で練習に戻っていく赤葦に、どうやって返事をすべきかと新たな悩みを抱えたのは言うまでもない。