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「クラウス!」
次に目が覚めたとき、クラウスは病院にいた。規則正しいバイタル機器が軽妙な音を立てて鳴っている。飛び込んできた顔は、スティーブン・A・スターフェイズその人であったが、過去に見たように、冷たい目の色をして人を嘲るようなものではなかった。そこには純粋に心配したのだという様子がありありと浮かんでいた。
スティーブンが頭を抱え込んで、もう一度クラウス、と呼んだ。鼻孔に血と彼のムスクが広がって、なんだか自棄に安心してクラウスは息を漏らしたのだった。
それから、クラウスは医者にいくつかの問診と診察を受けて、落ち着いたのはそれから二時間後のことだった。スティーブンがぽつりぽつりと経緯を話し始めたので耳を傾けた。状況整理は何よりも大切だ。
暴走したビヨンドに呑み込まれた後、クラウスはその腹の中から出てきて十二時間近く眠り続けていたらしかった。その話を聞いてクラウスは、自分が過去に向かったのは果たして現実だったのか、分からなくなってしまった。精神だけ落ちてしまったのか、それともただの夢だったのか、よくわからない。クラウスが気に留めていすぎたからかも知れない。
だから、クラウスはスティーブンに洗いざらい話をした。何事も間違いがあってはいけないからだ。例えば、スティーブンが本当にブラッドブリードであったならば今後、クラウスはどうすれば良いのか分からなかった。いや、何も変わらないと言えばそうかも知れない。いつまでも、クラウスにとっての副官であり傲慢で崇高な仲間であることは、何一つ変わらないのだ。けれども、一抹の不安が拭えないのも確かだった。だから、スティーブンに眠っている間のことの話をした。ブレングリードの作り方、ブラッドブリードの話、そして、記憶のこと。
スティーブン黙って聞いていたが、しばらくして唐突に声を立てて笑った。
「きみ、僕の言葉がそんなに呪縛になってたのか。ひどい夢を見たもんだな」
あっさりと一蹴したのである。
「ブラッドブリードだって? 僕がかい? 確かに目は赤いけど、牙も無いし血だって飲んだりしない。そもそも吸血鬼だっていうんなら君の方が余ほどそんな身形じゃないか。それで、お前は僕が赤ん坊の頃のことを黙っていろって言ったのに対して、ずいぶん引っかかりを覚えたんだなァ。単純に、そういう話は気味が悪いからだれかれかまわず話をするなって思っただけさ。それだけだ、なんならギルベルトさんにも聞いてみろよ? お前の手足は生えてうまれてきたっていうはずだ」
なんとはなしにセックスの最中に噛まれた首筋に手を充てた。特に何もなく、触れた感触は皮膚のままだった。「そもそも」スティーブンがぎしりと、ベッドの上に乗り上げてくる。
「確かに、俺はお前が小さい時からラインヘルツの家に顔を出していた。セックスのやり方も可愛く喘ぐ方法も俺が教えてやったのは、確かだ。初めての夏休みは最高だったな、クラウス。汗みずくで呼吸もままならないほどに犯してやったのを思い出すよ」
「す、スティーブン……」
恥ずかしくなって、彼の名前を呼ぶが、昔から綺麗な顔をして笑うもんだから、クラウスはすっかり何も言えなくなってしまって縮こまった。べろりと飼い主を大好きな犬のように頬を舐められる。驚いて目をぱちくりとさせると、スティーブンはすっかり、心配などどこ吹く風だった。
ぷちぷちとクラウスの術着を脱がせ、首筋にキスを込めていく。慌てるクラウスになど目もくれてくれない。個室なのを良いことに動きはどんどん大胆になっていった。
「ブレングリードの作り方は面白いなクラウス。それがもし本当ならギルベルトさんに今度聞いてみよう。そしたら俺はブラッドブリードかも知れないっていう信憑性が増すってもんだ。俺が噛みついてやったら、お前の腕は生えるのか、俺の血がお前に混じっていると考えれば、ずいぶんこうふんする話だ。俺にはそんな芸当できやしないから、代替で精子でもたっぷり流し込んでやろうか」
「ばかげたことを……!」
「そう、お前の夢は馬鹿げたことなんだよ、クラウス。僕が君をモルモットだって? それなら一生飼い殺してやっただろうさ」
噛みつくようにキスをされ、がちりと歯が当たり唇が切れる。荒々しいスティーブンに、抵抗しようと思えばいつだって撥ね除けられるが、後が恐ろしくて出来はしなかった。されるがままに口内を蹂躙され、唾液が溢れて口端から流れ落ちる。鼻でうまく息をすることも出来ない。
なんだかひどくスティーブンが怒っているのだけは分かって、クラウスはちろりと舌先で舌を舐め返す。一瞬、怯んだ彼だったが、すぐに角度を変えて吸い付いてくる。病院のベッドはいつも二人が使っているようなものではないのでギシギシと悲鳴を上げていたが、お互いに夢中になって、何度も絡め取った。
「ああ、お前が実験用のモルモットだっていうんなら」
唇を離したスティーブンが目尻や頬に唇を落としながら、空気を震わせて笑っていた。
「俺はお前の家に住み着いたハツカネズミみたいなもんだな」
その顔はいつもの、傲慢でうつくしいクラウスの見知った男の顔をしていた。
【終】