堕落論




「お前は、悪魔になるんだ」
 俺の父親と言えば毎日毎日、ぜえぜえと喉を鳴らしながら病床の底から繰り返し々、同じ言葉を紡いだ。ベッドとも呼べない板張りの上に藁葺きを乗せて粗末なシーツを被せただけの造りで、朝起きれば体の節々が痛むような簡素な夜具で、酷い床擦れを起こしながらもどうしようもならない身体を起こしながら「いいか、お前は悪魔になれ」と言うもんだから俺は、いつの日だか本当にそうなるんでは無いかと思っていた。
 父親がなぜそう言いだしたのかと言えば、元々はそこそこ金持ちでその上敬虔なキリシタンであったのだが、根がやさしいせいで慈善事業に手を貸さないかという団体に足を突っ込んだのが始まりであった。俺が生まれた頃には既にこの世の悪臭を携えたようなスラム街の低貧層にあるあばら家の一角に住んでいた。学は無かったが器量は良かったせいで、盗みも悪事もやりたい放題であった。何せ父親のことなんかよりも自分の身が明日死ぬか生きるかの瀬戸際とくれば必死にもなるものだ。俺はおぎゃあ、と声を上げた瞬間からとんだ悪餓鬼として誕生したのである。
 「神なんてものはなァ、この世にいねえんだ」咳のせいで殆ど聞き取ることもできない声音で、父親は言った。「いるのはやさしい顔した悪魔ばっかりだ。人から金をせびることしか生きがいにしてないとんでもない奴らばっかりだ。いいかァ、お前は悪魔になれ。人に嘘をついて、人をだまし、誑かして、こっぴどい目にあわせて捨ててやれ。俺のように金を毟られるようなことはするなァ……。いいか、お前は人を騙せ。そうして悪魔になるんだ。世間を見返してやれ、底辺などと悟らせるような人間にはなるな……」とこんな風に言うもんだから、俺はもうそれを何遍も聞かせられるので空で言えるまでになってしまった。
 そういうわけで悪魔になれと言った父親だったが、俺はうんうんと聞くでもなく右から左へ流していたんだけれども、俺が女をカモにして金をせびっている安っぽい犯罪をしている間に呆気なく死んでしまったのだった。帰ってくると父親は、蛇口から水を飲もうとして、碌に動かない脚が滑ったのかは分からないがとりあえず頭を打ち付けて、潰れた柘榴みたいになっていたもんだから、俺はとにかく金目のものを持ってその家を飛び出したのだった。
 別段、俺が殺しただとかそんな風に騒がれることも警察が追ってくることもてんで無かった。そもそも、あの死体を誰かが処理したのかも分からない。父親が死んでも特に悲しいわけでもなく、屋根のある場所がなくなったなぁという詰まらない感慨しか浮かばなかったのである。遺言だとか辞世の句があったわけでもなしに、ただ俺は、父親が人を騙せとのたまって、まるで呪いか何かのように何遍も繰り返したものを実行に移すべきかは些かに迷っていた。
 けれども、盗みを働かなければ自分の命は危ういわけなので、父親のいう高尚な悪魔になれたかどうかは分からないが、幼いながらも顔の良かった俺は女の家に転がり込んでヒモのような生活を転々としながら、そのうちどうしようもない事件に巻き込まれたのである。
 その日はよく覚えているが、まるで絵具でも流し込んだかように絵に描いた青空であった。雲すらなく、筆でなぞったようにどこまでも真っ青で、俺は窓の外を眩しげに眺めていた。なんだ、珍しい。カーテンが閉まっていないことなど、この女の家では無かったというのに。そんな疑問を浮かべながら、寝返りを打った時だった。世界は一遍に変わりきってしまっていて、いったいどういうわけだというのか、俺の目の前は氷柱の世界へと変わり果ててしまっていたのだった。
 女は可哀想なことに、椅子に座ったまま固まっていて俺の作ったスープを飲み干そうとした恰好で凍死していた。十四の俺にはてんで理解もできず、何か恐ろしいバケモノに殺されてしまったのだと思ったが、悲しくも恐怖も無かった。なんだ折角だったら殺していってくれればよかったのにと思ったほどであった。
 この時は、俺自身から発せられたものだなんて分からずそれからまた半年して、漸く俺は、俺自身の力に気づいたのであった。それからというもの、犯罪に使うには勝手がいいだなんて思って気軽に思っていたのだが、現在の牙狩りの上層部に見つかってしまったものだから、俺は犯罪歴など無かったことのように、過去の自分など消し去られて、言い様に吸血鬼狩りなんてものにされてしまったわけだ。
 しかし、それでも俺は思うんだ。
「お前に出会って、俺は心底、悪魔だったんだと気付かされるよ」
「ひ、ん……っ」
 俺の下で縮こまったクラウスは、可哀想に足先を丸めて快楽に耐えながらも蕩けた表情を隠すこともできず、窮屈そうに一人掛けのソファーに押し込まれて俺に犯されていた。肘掛に飛び出した筋肉の鳴動するふくらはぎがしなり、掘削作業を繰り返された蜜口は俺を美味そうに咥え込んで胎内で蠕動している。「んっ、ん」押しつぶされたような体勢のせいか、胸が盛り上がりまるで真珠の粒のように汗でぬらりと輝いて、その先にぷっつりと浮かぶイチゴ色の乳頭はいじられしゃぶられたせいで、真っ赤に熟れていた。
「あひっ、んぁあっ、やぁ……すてぃーぶん、ああんっ」
 青白い肌を桃色に上気させ、ソファーの背もたれへと腕をやり、すがるものを見つけるかのようにひっかきながらも俺の逸物を深々と飲み込み、抜き差しを繰り返すと何度となく収縮して、俺のモノをきゅうっと吸い寄せるのであった。腹筋が快楽に脈打ちながら、嬌声を上げ潤んだ緑色の瞳が細まり金色味を帯びながら濡れていた。
「お前にこうしてセックスを教え込んで、腹の奥が感じるように仕込んでやったんだ。しかも、俺の出自とくれば底辺もいいとこだっていうのに、上層区のお前をこんな風にぐずぐずにして、わるいやつだろう? ふっふっふ、俺はきっととんでもない親孝行じゃあないか?」
 赤い髪を汗みずくでしとどに濡らし、前髪に覆われた長い睫毛は涙にけぶっていた。真っ赤な舌を隠すこともできず、俺の言いたいことの一部も理解できない頭で、喘鳴を上げるばかりのクラウスの唇をしゃぶってやりながら、俺は深々と自身を差し込んでいく。
「女ならお前はきっと孕んでいただろうな、間違いなくな。俺に一体何度中に出されて、種付けされたかもう数えきれないよな。アア、なあ、クラウス、気持ちいいのか?」
「ふぁ、ああっ、あんっゥ、あ、いいッ、――ぁ、ああっん、あッ、ひい、んっ」
 直腸を抜け、結腸の括れを俺の亀頭で付きまくられクラウスの視界はぶれていた。子宮があればぱっくりと口を開いて確実に孕んでいたことだろう。可哀想なクラウス。哀れなクラウス。俺は、にんまりと口角を上げて、よだれをこぼす口元を拭ってやった。まるで赤子のように悦んだ顔を見せたので、俺は全体重でプレスしてやりながら尻たぶを引っ張って、亀頭冠の先までをぐぷぷと間抜けな空気の抜ける音とともに侵入させた。
「――ッ! ああああ! ひっあああっ、んあぁあ! やあっ、あんッ、あんぅう!」
 声もなく弓なりに背を反らし、豊満な胸を高々に掲げて俺はそこに顔をうずめながら、激しく腰を使って犯した。父親の言ったように人を騙すような悪魔ではなかったけれど、この世の高潔を集めても足りないような、神のような男を犯す俺は間違いなく悪魔だろう。
 なあ、そうだろう? クラウス。
 たっぷりとした子種の詰まった精液を胎内に射精してやりながら、俺はうっとりとクラウスの唇を吸ったのだった。