あいのひとくち。



ひときれめ。



「休みが欲しい」

 地を這うような声がして、クラウスは資料から目を離し振り返った。そこには、クラウスの右腕にして、最上のパートナーたるスティーブンが、自慢の黒塗りのデスクに突っ伏して呻いている姿であった。
ニューヨーク都心部の高層ビル、三四階のフロアすべてはとある事務所となっている。その上のフロアは、所長であるクラウスのためのグリーンガーデンが設けられており、密集するオフィスビルの職員たちの空中庭園として、しばし憩の場として過ごされていた。
 燃えるようなリコリスの色をした髪と碧い眼を持つクラウス・V・ラインヘルツ。生粋のドイツ人気質の潔癖症。愛想は悪いが、徹底された所作はまさに紳士の中の紳士。前述のような髪と目のせいで、肌の色は透き通るほどに白く、眼も光に非常に弱い。そのため、掛けている眼鏡は斜光の意味と、あとは視線の鋭さを柔和させるためのものである。
 対し、休みが欲しいと何度も呻く男はスティーブン・A・スターフェイズ。柔らかなウェーブがかったブルネットに、ピジョンブラッドのように瑞々しい赤い目が魅力的なロメオだ。女性の扱いは所内でもぴかいちで、落とせない女などいないのではないだろうか、と噂されるほど口も所作も完璧なほどに。この仕事がなければ、ブロードウェイで役者になっていてもおかしくないほどであった。
「スティーブン、すまない。ここしばらく、拘束してしまって。君と私でしか解決に導くのが困難な仕事であった為に、君に迷惑を掛けてしまったようだ。あとは私がなんとかするので、君は明日から休暇にはいってくれても……」
「はい、ちがう!」
 クラウスが「かまわない」と続けようとしたところで、盛大に否定された。机を思い切り叩きつけたせいで、黒のデスクに詰みあがっていた書類が床にばさばさと落ちていく。
「ちがう、ちがうちがう! 君と休みが欲しいんだ! 考えてもくれないかクラウス。僕たちは、なんだ? そう恋人だ。カップルだ、パートナーなんだよ、クラウス! なのに、君ともう二か月近くも何もしていないんだ。キスや手を繋ぐだけでいいほど枯れてもいないんだ僕は! 君と一日中愛し合っていたいんだよ!」
 まさに魂の叫びに近かった。
 クラウスは今時、珍しくも純粋な二〇代の男であったものだから、スティーブンの直接的な愛情表現に、頬を染めて、ガタイの良い体を少しばかり竦ませた。
 確かにここしばらく、仕事が立て続けに発生し、クラウスは他の社員を休ませる代わりに自分が働き、くわえて芋づる式の如く、スティーブンもそれに付き合う形で仕事を行っていた。そのため、二人の休みは全く重ならず、時々恋しくなって、夜も更けたオフィス内で、舌を絡ませる程度の触れ合いはしていた。
 何せ、クラウスは恥ずかしがり屋で、そのうえ誰がいるかも分からないような場所で事に及ぶのは、少なくとも出来る性格では無かったので、スティーブンとそういう雰囲気になっても、逃げだしていたのだ。
 間違いなく、スティーブンは飢えていた。クラウスと二人きりの仕事の無い時間が欲しいのだと。そして、クラウスとて、スティーブンと愛し合いたいのはやまやまではあるが、目の前の仕事は待ってはくれないのも事実である。
 それが分からない、スティーブンではないので、このような我儘を述べるのは珍しいことであった。出来れば叶えたいとは思うが――。
 クラウスは資料を置き、十ほども年上の男の前に腰を折った。
 涙目で見上げてくる男の顔はいつみても綺麗であった。幼少のころに遊具から落ちて出来た米神より入った引きつった傷跡でさえ、男を魅力的に見せる。いつだってプレイボーイ然としているスティーブンが、恋人としてガテン系の厳つい己を選んでくれたことには、未だに不思議に思うところがある。いつか捨てられるのでは無いだろうか、とクラウスを少しばかり不安にさせることもあるが、こうして愛を紡いでくれる限りは安心できた。
 スティーブンの万年冷え症な冷たい手を取り、ぎゅっと握りしめると、スティーブンはとうとうわっとなってクラウスの文字通り逞しく厚い胸元に飛び込んできたのである。
「君が優しいのは知っているし、仕事にも一生懸命だって知っている。真面目で実直な君が、僕は好きだ。だから仕事だってどこまでも付いていってやるつもりではあるけど、ちょっとくらい一緒に休んでくれないかな……。今の仕事なら、最近入ってきた、変わった青年ツェッド君だっけ、彼とあとチェインに任せれば出来るよ。分からなければ、KKとギルベルトさんに聞けばいいって言おう。それでもだめなら、電話とメールがあるからさァ。二か月だぞ、クラウス。二か月ぶりに休みを取ろう……。皆だって許してくれるさ」
「……うむ」
 クラウスは、床に目を落とし、書類の内容を見つめた。先ほど落ちた書類の大まか部分は既にクラウスとスティーブンで進めてある。
 ツェッドは最近入社したばかりの変わった青年で、マスクを被っていないと恥ずかしくて会話出来ないと、有名な映画の魚人のマスクをかぶっている。面接もそれで挑んできたので、初めての時スティーブンはいささか顔を引きつらせていたが、経歴が素晴らしいものであったので、クラウスは採用したのである。今や、元からいるメンバーのひとりザップ・レンフロと組み、よくやっている。
 チェインは、この事務所設立当初より、スカウトしたメンバーの一人である。中枢のことも知っているので、ツェッドの分からない部分も答えられるだろう。二人とも事務仕事は得意分野であるし、返事の必要なメールはすべてクラウスの端末かスティーブンにしかいかないので、この場所を離れていても出来ることだ。
 あとはクライアントが尋ねてきた場合だが、それはギルベルトがなんとかやってくれるだろう。妙齢の老紳士、火傷の痕が酷いので、と顔や手にはいつも包帯が巻かれている奇妙さに相反して、非常に穏やかで尚且つなんでもこなす人物である。彼のいれる紅茶をクラウスは店で出される高級なものよりもずっと愛していた。
 それにギルベルトが駄目でも、KKがいればなんとかしてくれよう。彼女もまた設立当初より、クラウスのことをなにかと気に掛け、時には喝を入れてくれる、常に頭の上がらない女性であった。
 優秀なメンバーを思い返し、クラウスはスティーブンを少しだけ離すと、自分のデスクへと戻り内線をかけた。
「すまない。明日より、私とスティーブンの休暇を願いたい。日程はそうだな、五日ほどだ。ついては、君に引き継ぎをお願いしたいのだが……、ああそうだ。急な申し出に、答えてくれたことを感謝する」
 受話器を置くと同時に、スティーブンがとびかかり、クラウスは受け止めきれずに床に倒れ伏した。そのまま唇にスティーブンのものが押し付けられ、音を立てて吸われた。
 目を白黒とさせるうちに、スティーブンの破顔した顔がクラウスをとらえた。

「きみ、さいこうだよ!」

 かくして、二人は休日を手に入れたのだ。






ふたきれめ。



 クラウスは、縫い付けられたように重い瞼を懸命に開くと、外から差し込んでくる明るさにまた目を閉じた。瞼の裏がちかちかと赤くなっている。
「……ん、っ」
 鼻から抜けるような吐息がこぼれたのは、起き抜けに口を塞がれたせいである。薄く目を開くと隣で同じようにして眠っていたはずのスティーブンが、口の中をこれでもかというほど貪ってきた。
「す、てぃ、」
 息継ぎの合間に名前を呼んでみるも、一向に止まってくれる気配はない。そのうちに、胸を這うスティーブンの手つきは、クラウスの腹部に下がり、股の内側へ触れ、そしてとうとう昨夜散々に暴かれた秘所に指を滑り込ませた。
「あっ!」
 ついにクラウスは目を大きく開いた。スティーブンが我慢の限界だとでも言うように、昨日は引き継ぎをした足で直帰し、そのまま寝室に籠ったのである。
 雄犬のように、発情しきったスティーブンはまさに獣の形相でクラウスをあっという間にひん剥いてしまうと、二か月ぶりに堪能したのだ。
 そのため、今朝方まで際限なく求められ穿たれた穴は、未だに熱を持っていて、中にはスティーブンの濃厚とした白濁が入ったままである。
 その濡れた個所に指が埋ずまると、途端、ちゅぷ、といやらしい音が体内で響いてクラウスは顔を真っ赤にし、次いで耳を塞ぎたくなった。
「スティーブ、も、もう、むりだ。いや、ッ、あ、ひっん……ッ」
「何がいやなもんか。二か月だぞ? 俺が、四捨五入したら四十のおっさんだからって、体力が無いとでも思ってるのか? ……いや、まァ、最近ちょっとお腹に肉付いちゃってきてるけどさ……。それでも、君を前にしたらただの性欲の塊だから。俺の二か月分の愛、そのでっかい尻で受け取ってくれよ」
 昨日だって散々受け取っただろう。
 クラウスはそう言ってやりたかったが、出てくるものといえば不明瞭な声ばかりで。普段紳士然として、言葉も厳格な男の口から出ているとは思えないほど、艶やかしいものだった。
「あ、あ、アッ! スティーブン、っ、そんな、ッ、かきまぜ、っ、あ、やァっ」
「君のここ、柔らかいし、ぐちゃぐちゃでたまんないな。早く突っ込んで、臍の裏から一杯に突いてやろうな。そしたら君は、俺の名前しか呼べなくなっちまうんだろ? 考えるだけでもイっちゃいそうだよ」
 おかしそうにスティーブンは言うけれども、クラウスは既に息も絶え絶えで、ふうふうと荒い息の下シーツを握りしめるばかりだった。いやいやと髪を振り乱し、碧い目からぼろぼろと涙をこぼしている。いつの間にか枕はクラウスの腰の下に置かれて、よいしょ、とスティーブンに足を高く持ち上げられていた。
 足の間にはスティーブンのいきり立った屹立が天上を仰いで反り返っている。赤黒い亀頭が明るい光の下に照らされて、ひどくグロテスクだった。
「む、り。や、スティーブ、ン、いや、や、あ、っ、あ、あぁああ―――ッ!」
 筋を浮かせた長い性器が、クラウスの中に容易に入り込んでくる。ゆっくりではなく、いきなり最奥目掛けてずっぷりと飲み込んだので、目の裏で星が光、クラウスは白い喉を晒し、息を詰めた。
 はく、と呼吸し舌先がしびれるような感覚がする。生理的な涙がまた溢れだし、ぶるぶると身を震わせ、つま先はシーツを掻いた。足が不自然に攣って、固まりそうなのを必死になんとかしようと、膝を立て、スティーブンの衝撃に耐えるべく、息を整えようとするのに。
「ぎっ?! ぅあ、っ、ひ、ひぃ、ッ、すてぃ、すてぃ、……んぁああ!」
 逆三角形の体格をしているクラウスは腰がくびれている。とはいえ、そんなに細いわそのせいでスティーブンはよく、女のように掴み易いと揶揄するのだ。今もぐっと腰を痕が残るほどに掴んで、乱暴に突き上げている。
 先ほど述べたように、臍の裏から奥に叩きつけるようにして突き上げては、何度も何度もクラウスの中を蹂躙してみせた。抜くときは、前立腺を擦りあげ、ぬかるんだそこを子宮口の如く叩く。
 クラウスの目の前はひどく荒れていて、繋がっている部分はじくじくと熱を持って、痛いような気持ちいいような、もうよく分からなくなっていた。きっと抜いたあとは腫れていそうだ、とクラウスは頭の隅で思う。
 不意にスティーブンが腰に抱きつくようにしてクラウスの腰を思い切り、抱き上げた。そのままぐん、と上体が起き上がり、目の前が白く染まる。昨日散々、射精した陰茎からは透明な液がちょろちょろとまるで尿のように流れ出るだけだった。しかし、クラウス的には、その衝撃だけで何度も達していた。中イキを覚えたのもスティーブンのせいだ。
 スティーブンと対面するように座り込んだ体位に、クラウスは頭を掻き抱くようにして目の前の男に抱きついた。支えられているだけではひどく不安定で恐ろしいのと、今からどうなるのか、自分の体の変異に怯えたのだ。
 座った形になると、クラウスの腕の中から少しだけ視線を上げ、にいっと悪戯っ子のように笑ってみせた。
 腰骨を押さえつけるようにして、手がぐっとクラウスを沈み込ませ、そのままスティーブンが腰を突き上げた。
「――――ッ、あ、ア、ああああッ、?!」
 ありえない。ありえない、ありえないありえない。
 クラウスの目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、もう止める術はない。いつもより、ずっと、深いところに挿さったスティーブンのものにクラウスは腹に思わず手をやった。
 まさに臍の下あたり、スティーブンの脈動を感じる気がして、口からは舌を出し、鼻水やら涎やら、とにかくひどい顔を晒しては、男を見つめたのだ。碧の目はてらてらと光り、美味しそうだと目の前の男はひとりごちた。
「あ、え、……は」
 わけもわからず困惑のクラウスを置いてけぼりにして、スティーブンは、またもその状態で腰を回した。
「〜〜〜〜ッ、か、は、ぁひ、ひッ、」
「すごいな、クラウス。ぬかるんでたから、ここまで容易に入るんだな。脊椎を駆け抜けて、快感で頭が馬鹿になっちゃうような感じだろ? さっきから、君のこの立派なところからは、おしっこみたいにちょろちょろ精液垂れ流してて可愛いったらないよ。あとで、いっぱい口で愛してやるからな。それから今さ、俺のことを抱いてる胸で、パイズリしてくれよ。君ならきっと出来るからさ。楽しみだなクラウス。なんせ休日はまだ、今日から始まったばかりなんだからさ」
 ウインク付きの無駄に良い顔で、そんな卑猥なことを言われてもクラウスはどうにも出来ない。罵倒のひとつやふたつ言ってやろうと思ったのに、スティーブンが黙って喘いでいろと言わんばかりに、こつこつと奥を抉るのでクラウスの口からはもう、スティーブンの名前と、聞くに堪えない喘ぎ声だけであった。
「あん、ふ、あ、あ、あ、すてぃ、ひい、すてぃー、あ」
「なんだい、クラウス。もう種付けしてほしいのか? それとも足りないかい? まだ昼だぜ、君の肌はひときわ青白いから太陽の下だと血管の流れまで見えそうだ。ふふ、ここは動脈かな、クラウス。俺が吸血鬼だったら、真っ先に首に歯を立てて血を啜ってやるのに」
 言いながら、スティーブンは、クラウスの首へ歯を立てた。肌は切れはしなかったが、本当に血を吸うように強く吸い上げ、キスマークを残す。首、鎖骨、胸、稼働できる範囲でスティーブンは順番に吸い上げながら、クラウスの反応を見つめていた。
 すでに、全身をとろめかせスティーブンに支えて貰わなければそのまま後ろにひっくり返ってしまいかねない。快感に逃げを打つ腰は縫いとめられ、ゆるゆると腰を動かされるだけで、クラウスには強い快楽として責め立てられた。
「すて、ぃ、あひ、ああ、んぁあッ、あ、は、っ、はァ」
 もうイきたくない一心で、頭から手を離し、クラウスは自分自身を握り込む。じょろじょろと零れるばかりの精液はそれでもクラウスの手を濡らして流れた。
 そもそもクラウスは自分がいまどういった状態になっているのかも理解できてはいない。男の目の前では、必死にそれを塞き止めようとする姿は自慰をしているようにしか映らない。
 結果として、スティーブンは煽られた。
「きみ、反則だろ、それ」
 困ったような、苦しいような、とにかく感情がない交ぜになった笑みを零したスティーブンは、クラウスの唇に噛みつくようなキスを仕掛ける。涎まみれの口内に舌を突っ込んで、散々荒らしながら、下からも何度も突き上げた。
 クラウスは肩で息を跳ねさせながら、スティーブンの成すが儘に弛緩した身体は上手な力の抜き方も忘れて、ただひたすらに自身の性器を握っていた。
 がつん、とスティーブンがひときわ奥まで突き上げた瞬間、中に勢いのいい熱が放流される。
「っ、っ、〜〜ッ、ぅ、あ、あァ、ああああああ!」
 絶叫のような嬌声が、部屋に響いた。クラウスは後ろに倒れ込まん勢いで仰け反り、びくびくと打ち震えながら快感に意識が飛びかける。いや、寧ろ飛んだ。
 不意に、浮遊感を感じ、クラウスはそのままベッドの上に押し倒され、投げ打った足が不自然に固まっている様子をスティーブンが苦く笑う。「ああっ、ひいんっ」スティーブンがずるりと抜けていく時でさえ、もう声を抑えられなくなっていた。
クラウスのそこはもう上手く閉じきらず、スティーブンの形に穴をあけたまま、さびしそうにひくひくと戦慄いていた。伸びきった皺を数えるように指を伸ばすと、それを過敏に捉えたクラウスが幼子のようにいやいやと首を振る。加えて、クラウスはまだじょろじょろと垂れ流す、凶悪なまでの形をした陰茎を握ったままだった。
「ふぁあ、もうぅ、イぎだぐ、な、い、ぃ……、すてぃー、も、う、いやだァ……」
「ああ、うん。でもその手は放して、クラウス。君、こんな状態でいるわけにもいかないだろ」
 子供をあやすようにして、ベッドの上で震えるクラウスに覆いかぶさり、頭を撫でてやる。「ほら」砂糖菓子を転がしたように、極上に甘い声が耳を燻った。
「クラウス、手を離すんだよ。上手に出来たらキスをあげよう」
 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、クラウスは言われるがままひとつふたつと指先をほどく。ほどいたところで陰茎は勃起したままで射精出来ないままぶるぶるとしていた。
 約束通り、スティーブンはリップ音を立てて、クラウスの涎塗れの唇にキスをしてくれたが、それで終わるはずもない。
 なにせ、スティーブンの目の前に転がっているのは、うつくしい獣なのだ。碧の目をとろとろにして、締まりきらなくなった口をひくひくと開閉させ、立派な陰茎からは射精できず未だに精液を垂れ流す。まさに絶景だ。
「さァ、クラウス。良い子だね。少し辛いだろうけど、きちんとこっちでもイかないと体に悪いからさ」
「いや、やァだぁ……あうう、ぐ、う」
「嫌じゃない。嫌じゃない。さ、もう一度」
 手はこちらに。
 スティーブンの指先と絡み、シーツの上に縫いとめられる。
 ――クラウスは、すっかり甘く見ていた。
二か月も恋人に放置されていた男のいじけ具合を。そもそも、この筋肉達磨に近い様な己のどこに、性欲を覚えるのかも分からないでいたが、なおも元気よく勃ち上がるグロテスクなそれを見て、思わず喉を鳴らす。
求められている。それは非常に喜ばしいことだ。けれども、しかし、だ。
「あ、あ、あぁああああ―――ッ! ふぅ、っ〜〜〜〜う、あっ、ひ、ぃ、やあ!」
 限度があると思うのだ。
「すてぃっ、すてぃー、っ、ああん、っ、んぅ、んううっ」
 言った通り、クラウスはもうスティーブンの名前しか口にできなくなった。訳の分からない声を上げながら、つまるところ、一日目の休日は寝室から出してはもらえなかったのである。






さんきれめ。



「君、怒っているのかい?」
「――……いいや」
 たっぷりとした時間のあと、クラウスは否定した。怒ってはいなかった。ただ、思い返していやになっただけなのだ。
 スティーブンとふたりで取った休日の前半は、クラウスも想像だに出来ない世界へと落とした。正直、最後の方はスティーブンに何を言わされていたのか分からない。全身が脳内麻薬エンドルフィンで満たされて、中枢神経が馬鹿になったと言っても過言ではない。むっすりと、ソファーの上で膝を立て、クラウスはクッションに顔を埋めた。
 一日目はそれこそ、スティーブンに文字通り体を貪られた。「終いには、君もニコニコしていたよ!」と楽しげに感想を述べられたが、そんなことは果たして覚えていなかった。クラウスの記憶としてはスティーブンに「孕むって言って」と強要されたあたりで途切れている。恐らく、脳内シナプスが伝達することをあきらめたに違いなかった。
 なにせ、スティーブンいわく――。
「君は、『すてぃーの子はらむ、はらんじゃう』って可愛い声で僕にニコニコと伝えてきてくれたからね! 僕も、さらに燃えちゃってさァ」
 燃えちゃって、じゃない。寧ろそこは引いてくれ。
 何度も言っているが、クラウスは可愛い見てくれをしていない。顔も強面でとてもじゃないが一般人然とした様子では無いのだ。裏の人間か、と渋い顔で笑われることもあるが、中身はてんで、そんな界隈知りもしない。
 ついでに、スティーブンよりはひとまわりほど、体格がいい。そんな男が可愛いわけも無かった。
「怒ってないなら、顔見せて。今日はキスもしてない」
 甘ったるい声はクラウスにだけだった。猫を手懐けるようにつむじや、耳に唇を落とすスティーブンに、ゆっくりと視線だけを向ける。にやけた顔をした色男が映った。なんだその顔は情けないぞ、スティーブン。
 一日目はセックス。
 じゃあ二日目は何をしていたか。勿論セックスだ。馬鹿みたいだろう、馬鹿だと思う。クラウスは、自分でも呆れていた。
 一日目に発散されきった獣の如く性欲は、二日目にはスローセックスという形で持ちこされた。クラウスはトイレと寝室とシャワールームにしか起きてない。ちなみにこれらは全て寝室から繋がっているため、実質クラウスは、寝室から出ていないのである。
 何をしていたかと言えば、起きればスティーブンがいつの間にやら用意していたフルーツの盛り合わせや、飲み物を手ずから与えられて、一日中ピロートークやらキスやらしまいにはまた、セックスをして、クラウスが服を着たのはとうとう三日目の本日であった。
 実に怠惰だ。今すぐ頭を掻きむしりながら外に飛び出して事故にあいたい。スティーブンの甘すぎる手腕に、いいかな、なんて思ったのが馬鹿だ。あんあん啼いていたせいで、本日の声は掠れている。今日は流石に何もしないのか、スティーブンもラフな部屋着で、ノーカラーのシャツがよく似合っていた。
「今日は、私はなにもしない」
 昨日も一昨日も何もしていないけれども。それに昨日も一昨日だって散々スティーブンはクラウスを好きにしたのだ。今日は指先までなにもしてやらないし、服だって脱いでやらない。未だになにか入っているかのような異物感に、クラウスはうんうんと唸っている。腰だって痛い。
 クラウスの恨めしいような拗ねたような口ぶりにも、伊達男はすっかり顔の筋肉を緩めてしまって、へにゃりと笑っていた。
「いいよ、君は何もしなくていい。僕がなんだってしてあげるよ。じゃあ、まずは何をしてほしい? 食事、お風呂、それとも娯楽かな? 君のためならなんだってしてあげるよ?」
 一体どこの男の台詞だろう。だから、ロマーノなんていって揶揄われているのだと男は知らないのだろうか。いや、きっと知っていてやっているにちがいない。
 ロマンチストめいたまるでおとぎ話の騎士みたいに、跪いてクラウスに乞う姿は確かに様になっていた。クラウスは、むう、と口を尖らせ考え込む。
「……カトッフェルズッペと、焼き立てのパンが食べたい。パンもライ麦のもので、そこにクルミかナッツが入っているのがいい」
「あとは?」
「仔牛を使ったチーズシュペッツレ」
 スティーブンが心得たというように、頭を垂れた。クラウスはスティーブンの作る料理が好きだったので、少しばかり意地悪なメニューを入れたのだが、彼は嫌だとも無理だとも口にはしなかった。
「スープの方は、今から下ごしらえして煮込もう。パンはすまないが発酵させている時間が無いからね、君の好きな三番ストリートの、ほら、老婦人のパン屋さん。あそこに頼もう。君、あそこのホワイトチョコが入ったブリオッシュ大好きだもんね。――それから、クルミの入ったクロワッサンも。文句は無いね、良かった。シュペッツレに仔牛を入れるのかい? 肉を買いに行かなきゃな。それともふつうの牛で良かったら、パンドリーにあったと思うけど。ああ、それでもいい? よかった。じゃあ、君は僕が作る間は好きなことをしてて。君の読みたいって言ってた本、新しく買ったんだよ。この二か月の間にね」
 ウインクをひとつして、壁に掛けてあった藍色のエプロンをし、腕まくりをした。対面式のキッチンカウンターなので、ソファーの位置からは彼がよく見える。クラウスはテーブルの上に用意された本と、それから時間の合間に摘まめるようにしてある大皿のサンドウィッチに、ジュースコンテナまで準備されていた。
 クラウスは手始めに、ジュースを注ぎ、読みたかった本へと手を伸ばしたのだった。

 その夜は、最高のディナーを二人で味わったのである。






よんきれめ。



 目を覚ますと、スティーブンがクラウスの顔を覗き込んで笑みを浮かべていた。
「……おはよう、スティーブン。朝から、とんだ悪趣味ではないかね」
「おはよう、クラウス。そんなことないさ。愛らしい恋人の顔を見つめる朝ほど最高なことはないよ」
 相変わらず、スティーブンの魔法は解けていなかった。ロメオを気取った台詞に顔を赤くしてもう一度、シーツの中に潜り込むとおかしそうな笑みが頭上に零れて、クラウスをぎゅうっと抱きしめたのである。
 「きみは本当に」額に唇が触れた。「かわいいなァ」
 感嘆の思いだったのだろう。スティーブンの声は、クラウスにはずっと心地よくて、可愛いという言葉は少し嫌だったが、甘やかされている事実に年上の男の胸に頭を擦りつけた。
 昨日は、スティーブンの作ってくれた夕飯に舌鼓を打ち、そのあとは二人で読書に耽った。背中合わせに座り込みページを捲る音と互いの心音が響くのが酷く心地よくてクラウスは、二日分の疲れもあってか船を漕ぎ出したのを思い出す。
 「ねむい?」いつの間にかクラウスの肩越しに顔を出したスティーブンが覗きこむようにして尋ねた。「う、む」素直に頷くと、寝室に行こうかと誘われ、そのままキスをして眠った。腕の中はひどく心地が良くて、クラウスは久方ぶりに気持ちの良い睡眠を得られたのである。
「朝はどうする? 昨日のカトッフェルズッペはまだあるよ。あれを温めなおそうか。それと目玉焼きと、君のところが送ってきてくれたソーセージもまだあったからそれを食べるかい? サラダはパプリカでも切ろうか」
「ふふ、君の手料理はなんでも美味しい」
「愛情が入っているからね」
 茶目っ気にスティーブンが唇を奪う。やっぱり伊達男は伊達男のままみたいだ。クラウスの目じりを赤くさせて、してやったりな顔をする男は、少し意地悪でそれでいてひどいロマンチスト。
 クラウスの手を取り、起こさせるとまだまだこんなもんじゃないぞ、とでも言わんばかりにベッドから飛び降りた。
「今日は君とデートをするんだから、さァ、起きて!」
 さあさあ、とまだ寝起きの頭のままのクラウスをリビングへと押し込み、香ばしい匂いをさせて朝食は始まったのだった。



 さて、どこへ行くのか。
 スティーブンが着替えるのを後ろから眺めながら、クラウスものろのろとルームウェアのボタンをひとつ、外した。四日目にようやく、まともな服に着替えるのかという事実に、わずか苦笑する。スティーブンは、こなれた普段着で、黒のカジュアルシャツにナチュラルな色のボトムスを合わせていた。アウターはこの間一緒に選んだ、Aラインの少し大きなブルゾンだ。年齢よりずっと若く見えるスティーブンの様子にクラウスは自分の恰好と言えば、そう見下ろした。
 かっちりとしたボタンダウンのダンガリーシャツ、ネクタイが無いとどこか落ち着かないので、ボルドーのネクタイをしている。ベストを着込み、ジャケットはピンストライプのものだ。下は無難にチノパンを履いてはみたものの、どこかオフィス感は抜けない。
「……む、私は余り君のようにラフな格好は向いていないな」
 似合わないというよりは、自分で選ぶのが不得手なのだ。いつも似た系統を選んでしまうので、どうにも普段着というようなものにはならなかった。
 顎に手を当て、スティーブンは一通りクラウスの姿を見つめた。頭のてっぺんからつま先に至るまでだ。そして、徐に――。
「腰がえろい」
「す、スティーブン?」
「今すぐ裸にひん剥いてやりたい。常々思っているんだけど、君のスーツ姿は、とても艶めかしいと思うんだよね。特に、腰。僕がいつもムラムラしちゃうのはそのせいもあると思うんだけど。……あ、恰好はとても可愛いよ。キュートだ。この間買ったトレンチコートを合わせよう。それから、紺のチェックのマフラーがあっただろ。それを着て出かけよう。デートコースはどこがいいかな。君、植物好きだし植物園とかそれとも博物館とかどうだい。なんなら水族館とか。デートの定番だろ」
 提案を重ねながら、スティーブンはクラウスの腰に腕を回し、尾てい骨のあたりを撫でた。思わず、顔を赤くすると意地悪な顔をした男の指が尻を掴む。
「それとも出かける前に、一回しちゃう?」
「スティーブン!」
 頭の中は随分花畑らしい男の頭上に、拳骨は振り下ろされたのだった。


 ……「きみ、ひどいなァ」
 昼の市場はひどく活気づいており、スティーブンは出かける前に殴られた頭を未ださすっていた。
「結構、本気で叩いただろ」
「君がいやらしいことばかりするからだ」
 ぼんやりと煙草をふかしながら、果物を売っているマーケットの前で林檎を品定めしながら、悪態をつく。「そもそも」視線をすっと細め、少し下のスティーブンを見つめた。「君は、私の体など抱いて、楽しいかね?」林檎をひとつふたつと選び、店の親父に勘定を願い出る。
「はァ? 楽しいに決まってるだろ」
 怪訝な顔をして、スティーブンがクラウスを睨んだ。「何度も言ってるけどさ」財布からコインを数枚取り出し、スティーブンがさっさと払い、次の店へ。「君はベッドの中じゃ、僕よりいやらしいし、なにより可愛い」林檎の入った袋は、オマケだと言って、欲しい分よりいくつか多めに寄越された。コンポートにパイだけじゃきっと余ってしまうだろうな、と袋の中を覗き込む。
「可愛くは無いと思う」
「可愛いよ。今度どこが可愛いか、教えてあげるよ」
「……む」
 有無を言わさない、スティーブの様子に、クラウスは押し黙る。これ以上問答を続けようならば、往来で卑猥な言葉のひとつやふたつ、平気で発言出来得るのがスティーブンという男だった。クラウスは、たまったものではないけれど。
 市場では、鶏肉と野菜を何種類か、それからオレンジに珍しく置いてあったドラゴンフルーツなんかも買って、二人は街の方へと歩く。
「それで、今日は何を作るのだね?」
 モール街の方向に進むにつれ、人の波は多くなる。喧騒が二人を包む中、クラウスは夕飯の内容を尋ねた。
「そうだな。鶏肉を買ったし、オレンジソースを掛けたチキンはどうだい? あとは、じゃがいもを買ったからビシソワーズでもしようか。それから、うーん、何が食べたい?」
「なんでも」
 恐らく、答えるにしては一番困るものだろう。しかし、クラウスにはこれと言って好き嫌いは無く、しいて言えば、アボガドの食感が少し苦手なくらいだった。
「あー……。そうだな……。じゃあ、魚を買ってかえろう。スモークサーモンと玉ねぎとチーズを和えてサラダにしよう。それともクラッカーに乗せて食べる? あ、これなら赤ワインを買って帰ろうか。近くに上手いワインを取り扱ってる店を知っているんだ」
 大抵のことはスティーブンに任せておけば上手くいくと、知っていた。何せ、どこそれの店のものが美味しいだとか、新しく出来たレストランだとか、とにかく自分はそういったことにはてんで疎い性格をしていた。クラウスが詳しいことと言えば、好きなオペラ歌手が出ている舞台の日程くらいなもので、そういえば最近オセロットにその人が出ていると思い出した。
 今日はラフな格好で来てしまったし、なにせチケットも無い。今度でいいか、そう思えばいつも公演日を逃しているような気がした。
 また休日は取れるだろうか。そうしたら、スティーブンと一緒にオペラを観に行きたいと思うけれども。
「クラウス?」
「ああ、すまない。君とまた休日が取れるだろうかと思って」
「取ってくれよ。僕ひとり休ませようなんてするなよ」
 唇を尖らしたスティーブンに、善処する、と苦く笑った。実際、クラウスとスティーブン二人が取締役なもので、二人揃って休むなど、殆ど無い。それでも今回の二カ月という期間は、本当に久しぶりに二人で過ごす時間の無いものだった。
 だから、本当はクラウスとて浮かれている。
 今日で休日は四日目だった。部屋に戻って、一緒にキッチンに立とう。彼が夕食を作っている間にクラウスはオレンジと林檎を使ってデザートを作るのだ。菓子を作るのはクラウスの方が上手い。役割分担は大切だ。
「スティーブン」
 手を差し出せば、察しの良い男はすぐに破顔するとすぐに指を絡めて、ポケットの中に仕舞い込んだのだった。






ごちそうさまでした。



 食事もすっかり済んだ。
 クラウスの作ったデザートも、ふたりの腹に納まり、あとは職場に持っていこうかと話し合っていた。
 バスルームでは、互いの頭を洗って散々シャワーを無駄に流したあと、さあ寝室へとくれば。
 ――やっぱりこうなるのか。
 半ば呆れて、上にのしかかる男を見た。その奥に見える天井はずっと高く、クルクルと回るファンに気が削がれた。スティーブン、君は二日前もこうして私を散々貪っただろう、と説教をしたくなったが、やめた。
 スティーブンのぎらぎらとした肉食獣のような表情に、勝てるはずもなかった。
「……君も飽きないな」
 そうだ、よくも飽きないものだ。こうもセックスをすることに飽きはしないのだろうか。毎回変わり映えもなく、クラウスのひどい喘ぎ声を耳にしながら、腰を振るのはいかがなものだろうと思う。
 確かに気持ちは良い。スティーブンに触れられていればずっと幸せな気持ちになれる。けれど、それは抱きしめられてキスを受けても変わりは無い。
 クラウスにとって性行為とは、無くてもいいようなものだけれど、スティーブンにとってはそうではない。そもそも、クラウスはいささか行為が恐ろしいのだ。抱かれるたびに、自分の頭がおかしくなっていく感覚を好きになれない。最中には、スティーブンの名しか紡げなくなるような、そんなみっともなさから逃げ出したい心地になるのだから。
「今日は君にね、どれだけ可愛いか説明しようと思って」
「……必要ない」
「君は意固地だし、僕がどれだけ筆舌を尽くしたって、君が自分のことを可愛いって思わなきゃ、きっと理解してくれないだろう?」
 「それは」クラウスはへの字に口を歪ませながら、内心スティーブンとて頑固者だと舌を出した。「私が分からなくても良いだろう」
 事実、クラウスが自身を可愛いと把握したところで何もならない。いや可愛いと自覚してどうしてほしいのだ、という話である。
 複雑な表情を向けたクラウスの唇に、スティーブンの薄いそれが落ちてきた。ぎゅうっと目を閉じると、こじ開けるように、舌先がぬるりと入り込み、歯列をなぞった。ぞわぞわと背骨をシナプスが走り抜ける。
「そういう顔がかわいい」
 クラウスの鼻先や、目尻、額にキスをして、スティーブンはおかしそうに笑った。
今夜もどうやら、眠れないらしい。クラウスは観念して、スティーブンの体に腕を回したのだった。



「も、しつこっ、い、ひいんっ」
「そうそう、そうやって頭振って嫌がる仕草も可愛いよ、クラウス」
 「ちっちゃい子みたい」スティーブンがあやすようにして頭を撫でてくれたが、クラウスの中に埋ずめた屹立は、凶悪なまでに泣き所を責め立てた。
 スティーブンのセックスはしつこい。ついでに言えば、ねちっこい。男同士の性行為のあれこれをスティーブン以外には知らないが、ふつうのごく一般的な男女間の性行為も、クラウスはわりと淡泊な方だ。愛撫はする、怪我のないようにと丁寧さも心がける。けれど、ここまで長くない。
「こ、の、ちろ、うッ」
「なんだそれ、心外だなァ。俺は、遅漏じゃないよ。ちょっとばかし、君より上手にコントロールが出来るだけ。ほら、また中イキしちゃったの? クラウスはすっかり俺じゃないと満足できない身体になっちゃったね。かわいい」
 最早、それが語尾なんじゃないだろうか。可愛いと言えばなんでも許されるとでも思っているのだろうか。スティーブンの嘘にも思えるクラウスへの賛辞を、鵜呑みに出来ないのは、こうもやたら滅法に囁かれるからかも知れない。
 渾身の一語を聞いたら、クラウスもその気になる――かもしれない。――いや、ならないな。
「ああん、ああ、あ、いや、や、すてぃ、あっ、あっ」
 上の空のクラウスを見透かすように、荒々しくなる突き上げに、ぎゅうぎゅうとシーツを握った。つま先はぴんと伸びきってスティーブンに抱えられたまま空を蹴る。ゆらゆらと背中の奥で揺れる足先が、なんだか他人事のようにも見えた。
 息をするたびに膨れる胸は、女のように膨らんだ乳頭が見えてスティーブンの頭を垂らして舌先で舐め回すものだから、甲高い声が口から零れた。
「おんなのこみたいだね、クラウス」
 からかいを含んだ声に、ちがう、と否定する。奥をぐるりとスティーブンの切っ先が撫でると、はく、と奥の口が呼吸するように動いた。
「おんな、じゃ、ないっ、ん、あ」
「はは、ごめんごめん。分かってるよ、よく知ってる。逞しい君をおんなのこだなんて見間違うわけないだろ。でも、俺の腕の中で声上げて、あんあん言ってるクラウスは俺のおんなのこだろ?」
 どういう理屈でそうなるんだ。いやもう、なんでもいい。クラウスはとにかく早く終わってほしかった。あまりに長い性行為に、下の口が塞がらなくなるんじゃないかとか、前に貫かれた箇所が変に疼いて、頭がおかしくなりそうだった。
 ぐずぐずに溶かされるようなものは苦手だ。自分で思考できなくなったら、おしまいだ。
 涙に濡れた目でスティーブンを見遣ると、深紅の目が暗闇の中でぎらぎらと光っている。おそろしい化物のようにも見えて、クラウスは喉を鳴らした。
 いっそ頭からバリバリと食べられてしまうんじゃないだろうかとか、そういう恐怖が襲ってくる。
「うう、すてぃ、やだ、ァ、あう、う」
「なにが、嫌なんだい。ほらもっと俺にその可愛い顔みせてくれよ」
 ふっふっふ、と笑うスティーブンを押しのけて、いますぐ逃げ出したい。ぐずぐずになった結合部を、スティーブンはゆさゆさと揺らしながらまた奥へ奥へ入ってくる。
「あ、あ、あ、やだァ、あんん、すてぃ、いや、だァ」
 どんなに嫌がってもやめてはくれない。胸を舐めていた唇が、がぶりと歯を立てたものだから、腰が地上に上げられた魚のように跳ねあがった。
「ひぃんッ、あ、うううっ」
「ほら、俺のが臍の裏に届いちゃいそうだね。君のここ、すっかりぐずぐずに溶けちゃってさァ」
「あああ、あれ、や、おか、しくなる、からぁッ」
「ふうん。おかしくなるんだ?」
 スティーブンべろりと首筋を舐め上げる。もうそれすらも、クラウスにはいっぱいいっぱいだった。ぞくぞくぞく、と背筋を快楽が駆け上がって、クラウスの頭を白く染めていく。
「かわいい、クラウス。ほら、頑張ってくれよ」
 太腿を抱えなおしたスティーブンの先が、奥に入り込むと、嫌がる体とは反対に、ぢゅう、と吸い付くので、クラウスは譫言のようにむりだ、いやだ、やめて、と繰り返すばかりだった。
「やあ、ああ、すてぃ、すてぃ……いやあ、ああ、んっ、ふうう、うぁ、ぁあ」
 すっかりスティーブンを欲して、きゅうきゅうと吸い付く穴に何度も穿たれて、クラウスの目は一瞬ぐるんとひっくり返る。もう、だめだ。おちる。いやだ。おかしくなる。
 口からはスティーブンに助けを求める声が出た。自分でも何を言っているのか分からない。
「すてぃ、すてぃ」
「君にそうやって、短く呼ばれるの好きだよ。秘事みたいで、君しか呼ばないからさ。もっと呼んでくれよ」
 ぶらぶらと空を切っていた足首を掴まれ、ぐっと、頭上へと足が擡げた。ひどい態勢になってスティーブンと繋がっている部分がさらされる。何度も出し入れされる瞬間が目に見えた。
「う、うぇ、や、やああっ、このっ、たいせ、いやっ、あひっ、ひいっ、あ、あ、アッ」
 羞恥で頭がおかしくなりそうで。精液が結合部で泡立ちぶちゅぶちゅと潰れてる。圧し掛かるスティーブンの重みで、どんどん深くなる挿入に恐ろしくなって、抵抗するように手を差しのばしたが、上手く力が入らない。
「あっ、あっ、あ〜〜っ、〜〜〜〜っ、ああンっ、あ、も、すてぃ、ああッ!」
 ずるりと奥の奥まで入ってくる感覚に、腹の中が気持ち悪いような気持ちいいような、いっそ何か吐いてしまいたくなる。視界は涙でぶれて、スティーブンをもううまく認識できない。
 ぎらつく紅い目だけが異様なまでにクラウスを見ていた。
「クラウス」
 とびきりの甘い声。
 脳内が焼き切れてしまいそうで。
「おちておいで。かわいい、クラウス」
 理性はあっという間に、夜の帳に沈み込んだ。






「もうひとくちだけ。」



「――結局、君との休日はセックスしかしてないような気がするんだが」
 五日目の昼、クラウスは遅めのブランチをスティーブンに運んでもらいながら悪態をついた。
「休日なのだから、休ませて欲しかったのだけれど?」
「いやだよ。僕は君といちゃいちゃしたかったんだから。なんなら五日間ずっと寝室にいてても良いくらいだったのに」
 それはなんてひどい休日だろうか。思わず、クラウスは顔をしかめた。スティーブンの長い愛撫を思い出して、じとりと睨め付ける。
 そんな強面な顔もどこ吹く風で、スティーブンは掬い取ったゼリーを「あーん」とクラウスに向けた。ゼリーに罪は無い。ぱか、と口を開き咀嚼する。マンゴーの味がした。
「まあ、でも。君を充電出来たから概ね満足かな」
「……私はなんだか、余計疲れた」
 腰は重たいし、尻の中はまだ異物感がする。すわりがわるくもぞりと、体を動かすと「きっと君の中は、僕の形だね」と無邪気に言われたので、思わず手が出た。ぺちん、と叩くとスティーブンが声を立てて笑う。
「だって、すっかり僕好みの体だからさ、きみ」
 叩く手を取って、指先にちゅっちゅっ、とキスをしながら上機嫌な様子をみせた。クラウスは、また覚えていないが、きっとスティーブンにとっては最高の夜だったに違いない。
 今度は出来れば、クラウスにとっての最高の夜にしたいものだが、果たしてそれが叶えられる日は来るのか。
 休日の最終日、出来ればこのまま安寧に迎えたいものだが、既にスティーブンの視線はぎらぎらとしていて、クラウスはすっかり諦めてしまっていた。
 褒美だと思えばいいか。
 自分ひとりの体で済むのだから、安い恋人だと思う。マンゴー味の唇をしっとりと塞がれながら、クラウスはとりあえず一言だけ言うべく、やんわりと彼の体を押した。
 まだ飽き足りず、かわいい、と口にし、クラウスを食らおうとするスティーブンの唇をぎゅむ、と指先でつまみ、反論できないようにしてから、クラウスは困ったような、どうしようもく愛しいような、そんな笑みを零して、どうか、と紡いだ。

「できれば、あと、ひとくちだけで」




終。2016.0110 大阪