01.花明り

今年の新入生に五条悟がいるということは、あまり交友関係の広くない私の耳にも届いていた。呪術界隈で生きているものにとっては、一般的に言う神様などよりもよほど神々しく、孤高であり高潔な存在である。たかだか15歳にもならない青年ではあるが、彼の存在がこの世界にもたらした影響を鑑みればそのように捉えるのも妥当なのかもしれない。
そんなことを教室の窓を眺めながら考えていると、目の前の教師から叱責が飛んだ。授業中によそ見をしていた私が全面的に悪いので、素直に謝罪の言葉を口にしてみる。それにしても、同期がいないため一人で受ける座学の授業の面倒くさいことと言ったらこの上ない。真っ白なままのノートを見て、担任は呆れたように深いため息をついた。

窓から覗く鍛錬場には、件の男がいた。正確には五条悟に加えて2人の生徒と夜蛾先生がいた。体術の授業か何かだろう、時折怒号のようなものが聞こえてくる。それにしても同期が3人もいるというのは羨ましい限りだ。
晴天の元、太陽の光を受けて五条悟の色素の薄い髪の毛が煌めいている。遠巻きに顔は見えなかったが、しかしその存在感には圧倒されるものがある。こうして見ていても身のこなしは今まで見てきた術師よりずっと洗練されているし、私なんか投げ飛ばすのも蹴り飛ばすのも一瞬だろうなと容易に想像できた。うーん、可能であればことならあの五条家ということも考慮して関わり合いになりたくないものだ。面倒事はなるだけ避けていきたい。

またしても担任によそ見をするなと小突かれた。しかし、術式も呪力もそれはそれは素晴らしいものを持っている上にあの体術も会得しているのはズルくないか。こうも才能の差を見せつけられると何となく気が削がれる。担任から夕方から任務があることを言われたので、相槌をうつとまたしても小突かれた。嫌だ、もう部屋で寝ていたい。







とっぷりと夜も更けてしまった。計算外だ。報告を受けた呪霊のほかにもう一体呪霊がいたせいで、思ったよりも任務完了に時間がかかってしまった。しかもその呪霊と相性が悪いのなんのって、もうやってられない。もっとこう汎用性の高い術式だったらよかったのに。

小走りに寮へと足を進めていると、遠くに桜の木が見えた。そういえばそろそろ満開になる頃合いだろうか。照明が少ない場所なので遠くからではあまり視認できない。
この後は特に予定もなく、報告書も明日で大丈夫らしいので、なんとなく桜の木の方へ向かってみる。去年は入学したばかりでバタバタしていてよく見れなかったし、そこそこの大木だということは知っていたので好奇心の赴くまま木に近づいていく。
私が両腕を回してもまだ足りないくらい大きな桜の木はそれはそれは見事に満開だった。照明があればきっと妖艶な夜桜が見えただろう。今は近くの校舎から漏れてくるわずかな光にのみ照らされている。柔らかな風がサワサワと木と花を揺らせば、情緒よろしく花弁が散っていく。


「お前、誰?」


ぼんやりとしていて反応が遅れる。ふっと視線を上げると1人の男がいた、五条悟。思わず息を飲む。
射るような目線でまっすぐにこちらを見据えている。背後に咲く満開の桜が彼の凄みに拍車をかけている。透ける髪の毛を春風が優しく掬っていた。
満開の桜か、はたまた五条悟か、不思議とこの場所が先ほどよりほの明るく感じられる。まるで五条悟の美しい輪郭を形作るように。これが気圧されるということか、なんて一人でぐるぐる考えていると不機嫌そうに目の前の男は舌打ちをした。


「仁木です、2年の」


後輩相手になんで敬語なのかとか、もうちょっと答えることあったはずとか色々思うことはあったが、しかしまあ言葉が出てこなかった。人間ってこんなに簡単に思考停止するのか、というか私のキャパが狭いだけなのかも。
怪訝そうな視線を向けてくる五条悟は、それでも何も言わなかった。私もそれ以上の言葉はなかったので彼に倣って無言を貫く。気まずい。
そうしていると一層強い風が吹いて、木の枝を大きく揺らした。その時に背後の方から聞き慣れぬ男女の声がしたので、これはもしかしなくても残りの1年生2人がこちらに来ているのだと思い至り急いで踵を返す。
後ろの方から引き止めるような声が聞こえた気がしたが、これ以上変に関わりをもつのも面倒に思えたので足早に寮へと向かった。同期で仲良し、微笑ましい限りだ。

部屋に辿り着いて制服を脱いでいる時に姿見が目に入った。唇の端から一筋血が流れている。よくみると唇に切り傷があった、いつ切ったんだろう。任務の最中だろうか。ひとまず制服を床に脱ぎ捨てて、ティッシュで口を拭う。疲れた、明日の授業全部なくなればいいのに。あー、めんどくさい。

Lips on you