10.玄鳥去
繁忙期も過ぎて落ち着いた頃合いに行われた交流会は、私の出る幕は一切なく1年生二人が無双して一瞬にして終わった。優秀な後輩を持つとこういうところで楽ができるらしい。よかったよかった。
任務そのものの数も減ってきており、高専内で過ごすことが増えていた。毎月の帰省に関してはいつも通りただただ面倒くさいだけだったが、命のやり取りが日常から遠ざかったことでただただ穏やかな日々が続いていた。時折五条くんたちが組手をやってくれていて、少しは体術も身についたのではないかと思う。そして、なにかと談話室での雑談とか五条くんの部屋でのゲーム大会とか、他愛もない集まりに誘われるようになった。私が同期がいないことを気遣ってくれているのかもしれないけど。
「おい、ユイさっさとしろよ」
「ちょっと待って、足の長さの違いを考慮して」
いつもの口の悪さを発揮する五条くんは一切の私の方を気にせず、どんどん先に進んでいってしまう。私はと言えば水が目一杯入った大きめのポリバケツを両手で持って、何とか五条くんの後を追っている状態だ。あ、溢れて制服濡れた。
今日は花火をすると言って授業終わりに五条くんと夏油くんに強引に連れ出された。夏油くんは仕方なく付き合っているという雰囲気がすごかったけど。もう秋も深まってきたので近くのディスカウントショップでは売れ残った花火が大きく値引きされていた。五条くんは目につく限りを買い占めてウキウキで帰ってきた次第だ。
その花火の準備をしているわけだが、なぜ五条くんは手ぶらで私がこの思いバケツを持たなければいけないのか。腑に落ちない。が、意見したところで手伝ってくれるわけでもなさそうなので、筋トレの一環と思い込んでヨタヨタと五条くんの後ろについていく。
「ユイさん、大丈夫ですか。おい、悟」
「うっせえ、早く始めようぜ」
私たちを見つけた夏油くんが気を遣ってバケツを持ってくれる。ありがたい。夏油くんの責めるような口調も気にせず五条くんはこちらを振り返って舌を出すので、私も倣って舌を出してみたが「生意気」と言われて頬を抓られた。何度も思うけど、私の方が先輩なんだけどな。
校舎裏に到着すると先に来ていた硝子ちゃんがいた。タバコを吸っているのがとても様になっている。
「どれからやる?」
「とりあえず手持ちからやろうぜ。打ち上げはラスト」
ゴゾゴゾと花火の入った袋を乱雑に破きながら男どもが楽しそうに吟味している。夏油くんが一緒に入っていた蝋燭を渡してきたので、砂を盛って地面に自立させると空気を読んで硝子ちゃんが持っていたライターで火をつけてくれた。
なんだかんだ準備等をしていたらちょうど日もくれてきて、いい感じに当たりが暗くなってきていた。蝋燭が燃える匂いがする。
「よっしゃ、やるか」
そう言って五条くんは楽しそうに花火に火をつけた。瞬間勢いよく赤い火花が散ると共にかやくの匂いが鼻をついて、遠い昔の夏を思い出させた。次々と惜しみなく花火に火をつけながら盛り上がっている男たちを見ていると、ふと兄の姿が脳裏によぎった。
「ユイさん、どうぞ」
「ありがとう」
硝子ちゃんに手渡された花火に火をつけると、オレンジの火花が散った。花火ってこんなにも明るくて鮮やかだったかな。自分の手の中で燃え続けるそれを見ていると、どういうわけか少し寂しい気持ちになってきた。すぐそばにいるのに五条くんたちの騒ぐ声が遠ざかっていくような感覚がする。惜しげもなく火薬を使い切って燃え続ける花火が終わる瞬間に漏れたのはため息で、すかさず後ろからコツンと頭をこづかれた。
「なに辛気臭い雰囲気出してんだよ」
「え、そんな感じだったかな」
「そうだよ、せっかく誘ってやったのに楽しめよ。ほら」
ぶっきらぼうに五条くんに新しい花火を渡されて反射的に受け取る。すると五条くんはすでに手に持っていた燃える花火を近づけてきて、私の手元で点火させる。交差する赤とオレンジと黄色の火花がチカチカ光ってとても美しかった。
「俺、花火初めてやったわ」
「え、そうなの?」
「まあな、実家じゃできなかった」
「そうなんだ、大変だね名家も」
「お前は?」
「私は、」
思い出すのはもう4年も前の夏だ。兄はまだ中学生で、私も小学生だった。近所の空き地に行って、あまり近所迷惑にならないように声を抑えてやったっけ。その時父と母がいてみんなで最後に線香花火をやった、誰が一番長い間燃やし続けられるか勝負したのも懐かしい。
「小学生以来かな。久しぶり」
「ふうん」
「綺麗だね」
ふと顔を上げると五条くんの瞳が目に入る。サングラスをしているが下にずれているせいで、真っ青な瞳がほとんど剥き出しになってしまっている。花火の鮮やかな原色を反射した瞳のなんて美しいことだろう。長いまつ毛が落とす影すら一つの芸術のように思えた。
「ジロジロ見んな」
私の視線に気づいた五条くんが意地悪そうに笑って額にデコピンしてくる。思わず目を閉じた瞬間に二人ともの花火が終わった。
「来年もやるか」
「誘ってくれるの?」
「ユイがちゃんと生きてたらな」
いつになくご機嫌な五条くんはいつもの嫌味を言うので、自然と笑ってしまった。そういえば五条くんも夏油くんもいつの間にか名前を呼んでくれるようになったな。私も硝子ちゃんと呼ばせてもらうようになったし、少しは仲良くなれたかな。打ち上がる小さな花火を見上げてそんなことを思った。
Lips on you