14.a body without a soul
ちょうど一年前のことになる。たった1人の同期が殉職した。都内でもしんしんと雪が降り積もる、寒い日だった。
私は別の任務に駆り出されていて連絡は特にとっていなかった。彼が一緒に出かけた先輩と共に音信不通になっていると聞かされたのは、彼らが任務に赴いておよそ2日が経過した頃だった。
その任務の内容の詳細はあまりよく覚えていないが、そこまで危険な内容ではなかったと思う。つまり、現場で予見しえなかった事態が起こっていることは明白だった。
私は別の先輩とともに任務遂行と捜索のために、その北陸地方へと向うことになった。あまりの雪に電車が止まったりと、結局着くのに1日半かかったのを覚えている。けれど、その道中のことはあまり記憶にない。およそ10ヶ月とはいえ一緒に生活してきた唯一の同期の身に降りかかっていることを思って、気が気でなかったのかもしれない。
場所は海辺近くの廃校だった。おどろおどろしい雰囲気をまとって、吹雪く雪に半ば埋もれたようなその建物は今までの現場で一番薄気味悪かった。
件の呪霊は意外と容易に見つかった。隣接するプールに居座っており、帯同していた先輩と協力することで何なく祓うことができた。ただその呪霊に引っ張られてか、かなりの数の低級呪霊が発生しており、それらを一掃することの方が骨が折れた。
そして、なぜか水が並々と張られたプールの底に彼らはいた。寒さのせいなのか、もしくは呪霊の影響なのかわからないが、彼らは氷づけになったプールの底にいたのだ。ひどく透明な氷に太陽の日が乱反射して、その遺体は眠るようにそこに臥していた。
その後の記憶はとても曖昧で、生前同様キレイなまま高専へと帰ってきた彼がゾッとするほど冷たかったことだけ鮮明に覚えている。それからは粛々と供養の儀が行われるのをただ流れるように眺めていた。
人の、知っている人の死体を見たのはそれが初めてだった。どんな血塗られた凄惨な現場より、あの底知れぬ冷たさが私は恐ろしかった。
「うーん、こんなものかな」
100均で買った安っぽい便箋に書き連ねた文字を再読して、思わず独り言が漏れる。3分の1ほどしか埋まっていないけれど、自分の願望のすべてをそこに書き記したのでとても満足だ。
去年の一件を受けて、私は自分に万が一のことがあったらいけないと思い、簡易的ではあるが遺書を書くようになった。遺書、というのもおこがましいものだが、毎月一応更新をしているものだ。
財産なんてものは微々たるものだし、この部屋の荷物の処遇なんてものも興味はない。好きに処分してくれればいい。私が気にしているのは、もう4年以上会っていない私の家族のことだ。
私が死んでしまえば、おそらく仁木家は彼らに興味をなくすだろう。今の監視も解かれるはずだ。ただ万が一があってはならない、その一抹の不安のせいでもしかしたら私自身が呪いに転じてしまうかもしれない。だからこうして遺書として、家族のことをしたためておくことにした。
書き終わった便箋は半分に折りたたんで、赤い封筒に入れ机の引き出しの中にいつも仕舞っている。元々モノが少ない部屋なので、私に何かあれば遺品整理ついでにきっと誰かが見つけてくれるだろう。
そんな日が来ないことを願っているのだが、いつ何があっておかしくない。そう思うようになったのは確実に去年の同期の死があったからだ。
窓を見るとパラパラと雪が降っている。だめだ、どうしてもこの季節はしんみりとした気持ちになってしまう。
「ユイ?」
ノックもせずに部屋の扉を開けたのは、予想通り五条くんだった。サイズが大きめの黒いスウェットを着て、気怠そうにあくびをしている。
「五条くんどうしたの?」
「傑たちが鍋しようって」
無遠慮に部屋に入ってきたかと思うと、背中側からのしかかられる。いつになく覇気がない気がするが、寝起きか何かだろうか。後頭部の髪がぴょこんと跳ねている。というか、もう夕方近いけど休日とはいえ何時まで寝てたんだ。
五条くんの柔らかい髪の毛が頬に触れてくすぐったいので、離れるように体を捻ってみるが案の定びくともしなかったので早々に諦める。
「俺、ジャンケンで負けたから買い出し行こうぜ」
「え、私関係ないよね?」
「うっせぇ、俺が行くって言ってんだろ」
相変わらずの横暴具合に思わずため息が出る。が、まあやることもないので鍋に参加させてもらう身としては、買い出しくらい引き受けようか。外はかなり寒そうだけど。
「いつ行くの」
「今から」
「じゃあ、着替えてきてよ」
そう言うと、「めんどくさいからこのまま」というのでそれは却下する。夜中にコンビニに行くのと訳が違うんだから、せめてスウェット以外の衣類を着てほしい。しかもサングラスしてるんだから、せめてそれに合わせた服を着て欲しい。
「服のバリエーション2種類くらいのヤツに言われたくねえ」
「それでも部屋着では買い物行かないもん」
「もんとか可愛こぶってんな、ムダムダ」
そう言いながら五条くんは私のお腹を指で抓った。ちょっと、それは多感期の異性にすることじゃないよ。
「だりぃけど、着替えてくるか」
ようやく五条くんの重みから解放され、さぞ面倒くさそうに髪の毛をかきあげながら五条くんはまたあくびをした。
「じゃあ、10分後に寮の玄関集合な」
返事も聞かずに言いたいことだけ言って五条くんは出て行った。まったく自由気まま過ぎる。そして私はここ最近ますます振り回されている。なんならそれがちょっと楽しいとか思ってしまうあたり、かなりまずい気がする。
それでもみんなで鍋を囲むのが楽しみなのでら少し浮かれた気分でクローゼットからアウターとマフラーを取り出す。まだ窓の外では雪が降り続いているが、不思議なことに気持ちは晴れた夏の日の海のように凪いでいた。
Lips on you