24. 楓蔦黄

本来、冬は閑散期であるにもかかわらず、私はひたすらに任務をこなし続けていた。担任にお願いしたのも大きいかもしれない。遠方の地にも文句ひとつ言わずに赴いたし、どれほどタイトなスケジュールであっても淡々とその通りに任務をこなした。
呪霊を祓って、眠って、また祓って、眠る。その繰り返しだった。その間に気がつけば1級術師に昇格していた。驚くほど嬉しくも何ともなかった。
これも現実逃避の一つなのだろう。ただ、誰にも会いたくなかったし、何かを考える時間が恐ろしかったのだ。自分の中にある欲深い情熱と愚かさから目を逸らし続けた。

五条くんからは何度か連絡があったが、全て無視した。寮にいる間は徹底して部屋に閉じこもって息を殺して、校舎にいる時も授業以外は見つからないように人気のない場所を探して潜んでいた。それも自意識過剰だったのかもしれないけれど。
しばらくすると、五条くんからの連絡も途絶えた。それが何だか寂しく感じられて、自業自得なのに勝手に涙が出てきて笑えた。
夏油くんが何か言いたそうにしているのを見かけたが、それすら振り切って、まるで2年前の自分に戻ったように他人から距離をとった。それが本来の自分だと思ったからだ。余計な波風を立てずに、家族のためにただ淡々と生活をしていた。

1月、2月の帰省はしなかった。長期任務で帰られないと電話口で伝えると、いつものようにヒステリックに喚かれたが最終的には納得してくれた。1級に昇格したことも大きかったようだ。
時折、五条くんと過ごした日々が頭を過って辛くなって、その度に胃液を吐いた。無数についていた噛み跡はどんどんなくなっていって、それもまた少し悲しかった。生きていれば全て乗り越えて、塗り替えることができるのだと自分の体が証明しているようだった。
ピアス、それだけはどうしてだか外せずにそのままにしていた。こんなもの除けてしまえばきっとすぐ穴は塞がるのに、それだけできなかった。自分のその弱さに情けなくて涙が出た。

そんな生活をしていると、ひどく時間は早く過ぎていくもので気がつけば3月になっていた。そのタイミングで、さすがにオーバーワークと判断されてか、一週間の休暇を申し渡されてしまった。そのうちの半分を適当に観光地を巡って消化してから、私は高専へと戻った。
寮に帰ってくるのがひどく懐かしく思えた。自分の部屋が、まるで知らない部屋のように感じられるくらいに。
人になるだけ会わないように深夜になってから、乾燥機に入れた洗濯物を回収しに部屋を抜け出した。暗がりの廊下がひどく殺風景で、こんなにも世界は薄暗かっただろうか。
乾燥機から洗濯物を取り出して、持ってきたカゴに乱雑に詰めこむ。柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐる。残り3日の休暇は、何をしようか。
そんな事を考えていると、背後の足音に気づくのに遅れてしまった。振り返った先では、夏油くんが腕を組んで入り口の戸に体を預けていた。


「夏油、くん…」
「久しぶりですね、ユイさん」


何を話せばいいのか分からず、視線を伏せて早々に部屋へと帰ろうと下が腕を掴まれてそれも叶わなかった。


「大丈夫ですか」
「…うん、大丈夫だよ」
「…、鏡見ましたか。顔色、ひどいですよ」


夏油くんの表情さえ見れずに私は視線を足元にやるだけだった。


「悟と何かありましたか」


その名前ににびくりと肩が震えた。
違う、何もなかった。何もなかったから、今こうしている。


「五条くんから何か聞いたのかな、忙しかったから、連絡できなかったんだよね」


驚くほどすらすらと嘘が出てきた。
夏油くんがひどく不快そうに顔を歪める。こんな取ってつけたような嘘なんて意味を為さない。けれど、そう言うしかない。


「ユイさん、悟は…」


夏油くんの言葉を遮るようにケータイの通知音が鳴った。珍しくマナーモードにしていなかったらしい。ジョガーパンツのポケットからそれを取り出すと、メールが1件入っていた。
知らないアドレスからだった。不審に思って開くと、件名も本文にも文章はなく写真が2枚添付されているだけだった。
カチカチとケータイを操作して、その写真を開く。1枚目は2人の人間が寄り添っている物だった。違う、これは私と五条くんだ。傘で隠れて欲わからないがまるでキスをしているかのような、そんな写真だった。心あたりはある、コンビニからの帰り道だ。去年の梅雨頃。
どうして、誰が、なんで。
そんな事を思いながらおそるおそる2枚目の写真を開く。それは真っ白な背景に、肌色の何かが真ん中に置かれている写真だった。目を凝らしてみると、それが何なのか分かって血の気がさあと引いた。

カシャン、ケータイが落下した音がこだました。
それの正体に気づいた時にはもうケータイは私の手から滑り落ちていた。うまく呼吸ができなくて、汗がとめどなく溢れ始める。心臓の音がどんどん早く大きくなっていって、頭の中がひどくうるさくなった。


「ユイさん、どうしたんですか!?」


私の異変に気づいた夏油くんが声をかけてくれるが、私にはその言葉の意味も理解できなかったし、返事もできなかった。洗濯物が詰め込まれカゴも床に滑り落ちた。
どうして、私が帰らなかったから?五条くんとあんな関係を持ったから?どうして、どうして、どうして、どうして
考えるよりも先に体は動いていた。夏油くんの腕から逃げ出して自室へと直行した。もう終電は出てしまった、でも行かなくては。どうやって、でも行かなくては。
部屋にある財布だけを引っ掴んで私はそのまま寮を出た。鍵も何も閉めていない。そんなことはどうでもいい。早く、早く行かなくては。絡んでしまいそうな両足を必死に動かして、私は路上に止まっていたタクシーに飛び乗った。

これは罰だ。私が、自分の為に生きてしまった罰だ。

Lips on you