05.半夏生

早く夏服に衣替えしなくては。3日くらい前からずっとそれを考えていたが、実行していない自分に嫌気が刺す。首筋を大きな汗が一滴伝うのがわかってとてもじゃないか不快感しか感じられない。

梅雨が明けたあたりからの怒涛の繁忙期に入り、気持ちも身体も何となく置いてきぼりになっている。学校での授業はほとんどなくなって任務に駆り出される日が続いていた。季節は一気に夏の様相を濃くしており、いくら郊外に建っている高専といえど照りつける日差しの強さはどうにも緩和できない模様だった。ついでに言うと移動手段に徒歩が組み込まれている場合が地獄だ。東京の人口おかしい。
今の高専内は蝉の鳴き声で埋め尽くされた箱のようなものたま。それが何となく感覚的な暑さに拍車をかけている。喉が渇いたので自室に戻る前に自動販売機のあるコーナーに立ち寄ることにした。ちょうど影なのでついでに休憩でもしていこう。

そこには珍しく誰もいなかった。みんな忙しいようだ、私もここ最近は任務以外で先輩や後輩に会っていないような気がする。青春はどこに行ってしまったのか、社畜と同じくらい労働している。本当にやってられない。

誰もいないことを確認して制服の上を脱ぐ。上着の下には薄手のノースリーブTシャツを着ているので特に問題ない。流石にボトムスは脱げないので色合いが絶妙に合っていないような気がするが、まあ気にするほどのことではないだろう。

自動販売機のラインナップも随分夏らしいものが増えている。炭酸飲料からミネラル補給剤まで揃っている。流石にもう温かいものは撤去されているようだ。愛飲している経口補水液を選んで購入する。というかこれ、私以外飲んでいるのを見たことがないけど、そのうち無くなったりするのだろうか。だとしたらちょっとショックだ。

購入したばかりのそれを飲んでいると、「お疲れ様です」と耳障りの良い声が聞こえた。振り返ってみると夏油くんがいた。すっかり夏服に変わっている。


「任務帰りですか」
「北陸行ってきたんだ、あ、これお土産。3人で分けてよ」


持っていた紙袋のうちの1つを差し出すと夏油くんは恭しく頭を下げてくれた。五条くんも見習ってくれたらいいのに。
夏油くんは炭酸飲料を購入して、勢いよく飲んでいる。むせたりしないのか、すごいな。


「最近、忙しいですね。悟もここ一週間くらい出張しっぱなしみたいです」
「そうなんだ。夏油くんは?」
「私もさっき帰ってきたところです、北関東でした」


「お互い大変だね」なんて雑談をしながら束の間の休息をとる。夏油くんのまとめられた長髪から滴る汗がコンクリートに染みを作っているのが、嫌に煽情的で思わず目を逸らす。五条くんの影に隠れてはいるが彼もまた整った容姿と恵まれた体格のため、何となく隣にいるのが居心地悪いというか収まりが悪いので奥歯がムズムズする。普通の高校だったら、こんな場面を見られたら多分女子たちのやっかみを買うんだろうな。


「仁木さんって、よくあんだけ悟に食らいついていきますよね」


それは例の近接戦の演習のことだろうか。あれから何度か確かにこの2人に相手してもらったことがあるが、おそらくその時の話のようだ。確かに側から見れば何度膝蹴りされても裏拳を喰らっても、あの五条くんに敵うわけないのに組手をやりたがる女など狂気の沙汰でしかないのだろう。実際、私が第三者であればそう思う。


「別に大した理由じゃないんだけど、早く一級に昇格したいんだよね。私もう同期いないし、2人ともうまいから、むしろ練習付き合ってくれてありがたく思ってる」


ただ、ここ最近はあの五条くんにバカにされる感じが鼻につくので、この練習のやめ時を見失ってしまっているのも理由として大きい気がする。
夏油くんは少し考えたような表情を浮かべていた。


「強くなりたいんですか?」
「ううん、そんな意識高いことは考えてないよ。一級になりたいだけ」


そう答えると夏油くんは訳がわからないという表情を浮かべていた。まあ、その気持ちはよくわかるので私もとりあえず笑っておく。


「そういう夏油くんは?どうして呪術師に?」
「非術師を守るため、ですかね」


その真っ直ぐな目がとてもじゃないけど眩しくて、直視できなかった。
喋りすぎたなと思って、適当なところで切り上げて寮に戻ることを告げると夏油くんは嫌な顔ひとつしなかった。何なら「引き止めてすみません」とまで言われた。どこかの誰かと違ってよくできた後輩だ。

寮へ向かう道すがらケータイが小さく震えた。メールの通知だ。開くと五条くんからの空メールだ。出張しっぱなしと聞いていたが帰ってきているのだろうか。
体の疲労感を感じつつも22時と返信すると続け様に「遅い」とメールが帰ってきた。負けじと先ほど送ったメールを再送信すると渋々と言った感じで「了解」と帰ってきたのでケータイをしまう。
現在14時。洗濯と薙刀の手入れをしないといけない。あ、今日こそ衣替えしなければ脱水症になるかもしれない。

Lips on you