07.桐始結花
「またですか」
家入さんの言葉に私は何も言い返せなかった。寮の談話室にて現在家入さんの治療を受けているが、いつもクールな彼女の少し困ったような表情を見るのはこれでもう3度目である。後輩にこんな顔をさせてしまうとは。ほとほと自分に呆れる。
そもそも任務終わりに自室へ帰っている途中で家入さんに出会したのが事の発端だった。いつも通り気怠げな雰囲気を纏っていた家入さんに「お疲れ」と言ってすれ違おうとしたとき、怪我をしていることを指摘されてしまった。いつも目敏く私の怪我に気づく家入さんには脱帽する。出血していると言われて左腕をみると確かに血が滴っていた。嫌な予感がしてきた道を振り返ると、点々と鮮血の跡が続いている。
思わず下手くそな苦笑いを浮かべていると、有無を言わさずに家入さんに腕を引かれ談話室に連れ込まれたというわけだ。
「こんな怪我して気づかないなんて、ユイさんやばいですよ」
傷はおよそ10cmない程度の裂傷だった。そこまで深い傷ではなかったが治療を受けている今も血液が溢れているので、それなりに出血してしまっているのだろう。ということは送迎してくれた補助監督の車も汚してしまったかもしれない、申し訳ない。
これまで怪我に気づかず、入浴前に部屋の姿見を見てやっと気づくことは多々あった。その都度自分なりに手当をしてきたのだが、そのせいで私の体は傷跡が多い。大きなものはないのだが、よく見るととても数え切れないほどの量がある。家入さんが入学してからは彼女の反転術式で治してもらうことが増えたので、傷跡も残らないことがほとんどだ。
「いつもごめんね、ありがとう」
「いえ」
少しずつ塞がっていく傷口を見ながらそう伝えると、彼女はいつものようにからりとした口調で返事をする。今治療してもらっている左腕にも何箇所が古傷があるが、それも自分で処置するのではなく高専の医務室などを頼っていればもう少し減らすことができたのかもと思っていると、見透かしたように家入さんが笑った。
「まずは怪我していることに気づいてくれなくちゃ治療のしようがないですからね」
「ごもっともです」
「私が言うのもアレですけど、もっと体を大切にしたほうがいいですよ」
全くもって正論である。何も言い返せなかったのでとりあえずもう一度謝っておく。
「また怪我したのかよ」
そう言って割り込んできたのは案の定五条くんだった。任務終わりなのか制服が煤けて、少し焦げ臭い匂いがする。五条くんは炭酸飲料片手に私の腰掛けていたソファの隣に無遠慮に座り込んだ。重みに耐え切れずソファが小さく沈む。
「ていうか、お前式神使いだろ。何でそんなに怪我多いわけ?バカみたいに前線にでもいるわけ?」
「そうじゃないけど」
「じゃあアレだわ、術式使いこなすセンスがねえんだよ」
「それは一理あるかもしれない」
すると五条くんは上機嫌に笑うので、家入さんが呆れたようにため息をつく。五条くんはもっとオブラートに包むことを覚えたほうがいいと思う。あながち言ってることは間違ってないので、私は何も言い返せなかったけど。
「廊下のもお前のだろ」
「そうなんだよね。また掃除しなくちゃ」
「何で気づかねえんだよ。鈍感すぎ」
「それは私も五条に同感です」
後輩2人にそう言い切られて、流石に私も凹む。
五条くんは飲み終わったペットボトルをゴミ箱に放り投げると、心底バカにしたような表情をして私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。特に抵抗もせずにされるがままでいると満足したのかさっさと談話室から出て行った。
何だったんだ。いつも思うが本当に自由気ままで嵐のような男だ。結んでいた意味も無くなったので髪ゴムを解く。
「ユイさんて、五条になつかれてますよね」
不意に家入さんにそう言われてドキリとする。懐かれているという表現が正しいかはわからないが、少なくとも1年3人の中では五条くんが一番私に話しかけてくることが多い。いや、正確には突っかかってきているというか、私で遊んでいるに近い。
「ユイさん見かけると、いつも話しかけに行ってますよ」
「そうかな。そんなことないと思うけど」
誰に何の言い訳をしているのか、自分でもわからなかったがそう答えて適当にはぐらかす。
家入は「へえ学校と抑揚のない声で返事をした後に、治療が終わったこと私に告げた。見るとすっかりきれいに傷が塞がっている。
「ありがとう」
「いえ。それじゃあ私はこれで」
家入さんは特にそれ以上何を言うでもなく、立ち上がってその場を後にした。ああ、そういえば私も任務終わりだったことを思い出し、とりあえずお風呂に入ろうと腰を上げる。その時に廊下に散らばる血痕が目に入って頭を抱えたくなった。もっと気をつけよう。
Lips on you