09.the lust of mind
これまでの人生の中で一通り頭のいかれた人間は見てきたつもりだったが、しかし仁木ユイはその中でも飛び抜けて頭のおかしい女だった。一見すると当たり障りのない柔和な雰囲気で人当たりの良さそうな、いかにも普通の感性をもった人間に見えるが、ある程度付き合っていくとそれが全くの紛い物ということに気がつく。
まず、自分の体に対して驚くほど興味がない。呪術師という職業柄、程度は異なるにしてもケガはつきものである。通常であればなるだけ回避するはずだが、どうやら仁木はそうではないらしい。というのも、任務から帰ってくるといつも怪我をしているからだ。式神使いなのに。そんでもってその怪我に気づいていないことが多い。もはや感覚が常人のそれと違うのかもしれないが、そこそこの出血をともった怪我をしていても表情ひとつ変えることがないので、大概それに気付いたこちらの方が焦ってしまう。硝子なんかはかなり気を揉んでいるようだが、なんせ本人が何とも思っていないようなのでその悪癖は治る兆しがない。なので寮の廊下はたびたび血まみれになっていたりする。
それと同じくらい、ものに対する執着がない。部屋は殺風景で引っ越ししたてのままのようだった。備え付けの最小限の家具しかなく、本や映画など娯楽の類が何もないのだ。服も制服と部屋着のTシャツとパーカー、真っ黒いスキニージーンズとジョガーパンツしか見たことない。女として終わっている。食べ物も好き嫌いがないと言っていたが、それは多分好きなものもないということだ。とりあえず食べとけばいいとか思っているのか知らないが、いつもいつも菓子パンやお菓子を食べている。子供か。
唯一大事そうにしているのはいつも肩に背負っている武具の薙刀くらいなもので、そのほかの扱いはとにかくひどい。服だけでなく、教科書やケータイなんかもすぐ床に投げ捨ててそのままにしているぐらいだ。
極め付けは、先日起きた。元々変わったヤツだと思ったので何となく面白がって遊んでいたのだが、ある日仁木は突然俺の部屋にやってきた。数日前に教えたアドレス宛にメールが事前に届いていたので、部屋にいることを伝えたが特に返信はなかった。そのままゲームに興じていたところ、ノックの音がしたので応じると仁木がいたのでかなり驚いた。仁木は俺の顔を見ると少しホッとした表情を見せて、一言「セックスしたい」と言い放った。あまりのことに面食らって返事ができなかった俺に、仁木はあっさりとその身を翻して帰ろうとするものだから反射的に引き止めてしまった。「いいの?」と首を傾げるので、とりあえず話を聞くということで部屋に招いた。思ってよりも細い手首にゾッとした。
まあ結果として、据え膳食わぬは何とかとはよくいったもので、好奇心と衝動に負けてそのまま抱いてしまった。というか、ゴムないと言って断ろうとしたら「ピル飲んでるから大丈夫」と返事されて興奮しない男がいるのか。その後「病気持ってないよね?」と聞かれたので、少しイラッとして力任せに押し倒してしまったけど。
それでやってみて気づいたのだが、どうやら処女だったらしい。朝、シーツが血で汚れているのに気づいて問い詰めると、「汚してごめんね」などという斜め上の返事が帰ってきたので頭が痛くなった。ていうか、一切痛がってなかったけど、やっぱりこいつ怪我しすぎて痛覚いかれてるんじゃないだろうか。
それから何となく気が向いた時にセックスするような仲になった。メールで呼び出せば、特に断ることなくいつもの調子でのこのこ俺の部屋に来る。貞操観念もいかれた女だ。本心を言えば手軽に欲が吐き出せるのでかなり都合が良かったというのもあるが、仁木のあの執着のなさが楽だったというのも大きい。俺がその時の気分次第に抱いても文句のひとつ言うことはなかったし、セックス中はそれなりの反応が返ってくるのである程度の充足感もあった。次の日の朝もやたらベタベタしてくることはなかったし、何なら勝手に帰っていることも多い。普段の態度も変わらないので、何となくそのまま関係が続いているような感じだ。
「お前さあ、」
黒のシンプルな下着姿であぐらをかいている仁木を見て、自然とため息が出た。容姿やら外見に頓着がないのは知っているが、もう少しこう恥じらいがあってもいいんじゃないだろうか。せめてTシャツくらい着ろよと思う。部屋のどこかに投げ出されているであろうTシャツを探すが、見当たらない。いや、仁木が敷いてる。バカだ。
そして声をかけた当人は何てこと内容な表情をしてテーブルの上のカップラーメンができるのを待っている。
「3分たった!五条くん、食べてみて」
「はあ?」
「熱いかな?」
そりゃあ熱いだろ、そう思ったが口には出さずに差し出されたラーメンを啜る。うん、熱い。
仁木はカップラーメンにフォークを突っ込んで回しながら、冷めるのを待っている。
「何で俺なわけ?」
つい、思ったことを口にしたが、仁木はキョトンとした表情を浮かべ口いっぱいに入れたラーメンを咀嚼している。
あの日、セックスがしたいと言ってきたが、別に俺じゃなくても良かったはずだ。何なら多分、傑の方が仁木に対して優しく接しているだろう。俺に対して恋愛感情なんてものも皆無だろうし、なぜ俺が選ばれたのかがわからなかった。
「五条くんだったらさ、何があっても大丈夫かなと思って」
「はあ?」
「だって最強でしょ?」
色々と説明の足りない相手にちょっとイラついて思わず舌打ちをする。もしかしなくても面倒くさいことに巻き込まれたのかと思ったが、まあどうにでもなるだろうと思い、ひとまずは今この一時的な快楽に流されておくことにする。
しかし、暑い。勝手に切られていたクーラーをつけるとすかさず仁木が寒いと言った。うるせえ、服着ろ。
Lips on you