「あるじさま、あざといとはなんですか?」
「んんっ?」

ちょうど大広間に向かおうと部屋から出ると、今剣ちゃんが待っていた。きょとんした顔でこてんと首を横に傾げて無邪気に質問してきた今剣ちゃんにあぁ今日もかわいいなぁって和んでいるけど、そのかわいい口からとんでもない言葉が出てきた気がしたけど気のせいか。気のせいにしてしまいたい。

「今剣ちゃん…さっき、なんて?」
「え?うーんと、あざといとはどういういみなのですかー?っていったのですよー」

にこにこーとしながら問うてくる今剣ちゃんは最高にかわいかった。だけど、おう。聞き間違えではなかったか。
一体どこのどいつがこんなかわいい子にそんな言葉を教えたのだまったく。

「説明しずらいね。うーんとね、そうだなぁ。今剣ちゃんは猫はかわいく思う?」
「はい!猫はとってもかわいいです!それ以上に子猫のがもーーっと!かわいいです!」
「そうそう。そういう感情をあざといって言うんだよ」

嘘は言ってない。が、それだけではない。
でもそんな小悪魔だとか小狡いさまだとか、そんなこと教えられるはずもない!
と誰に聞かれてるわけでもないけど罪悪感が生まれるのか、心で必死に言い訳をしてみた。
そうそう。もちろん最後にこの一言を付け加えるのを忘れずに。

「今剣ちゃん、誰にそんな言葉を教えてもらったの?」

-*-*-

「じーーーーやーーーーっ!」

スパンッと行儀とかそんなもん全部無視して障子を勢いよく開けると、三日月はあれ?もうばれたの?といいながら一緒にいた石切丸が向かい合って酒ならぬ、湯呑みを傾けた。

その、のほほんとした顔に空気に、私の着くまでに燃え盛っていた感情に油を差す。

「ばれたじゃない!なんてことを今剣に教えてんの!」
「いやー、この間主が俺の楽しみにしていた茶菓子、摘んだだろう?」
「あ、あれはちゃんと買い直したじゃん!三倍で!」
「うん、そうだったね。でもやっぱり腹の虫が収まらなかったからさ、つい」

とわたしに向かってにこぉ。と音がつくぐらいのいい顔を向けてきた。
やばい、これは本気で怒ってる証だ。

「で、でも謝った!しかも開口一番に!」
「うん。だからもう怒ってないさ。ただ買い直して終わりじゃなぁって思った末の悪戯だったから。でも上手くいってよかったよ」

なんて人が悪いのだ。なんて笑顔を向けてくるのだ。
あまりの傍若無人にわたしの口の端がヒクヒクしてる。
そりゃ食べたわたしが悪いけど、なんて…なんてやつだ!

「もうっ!でももうこれで終わりだよ!次したらほんとあれだから!新しいお茶買わないから!」
「おや、それは困るね」

次がないことを祈ってるよ。なんてしたり顔で言ってくるもんだから始末に負えない。
わたしがまたなにかするって思ってる顔だ。
わたし、審神者だよね…?
少し自分で自分を憐れんだ。はぁ。一つ大きくため息ついてほぼ空気に徹していた石切丸に邪魔してごめんね。とだけ謝って部屋を後にした。あの哀れみのこもった目は見なかったことにしよう。


-*-*-

審神者の部屋についてもう一度ふうっと一息ついた。なんか、すごいバタバタしたぞ…。この広い本丸をあっちへこっちへ走って喉が渇いたけど、部屋にはお茶はもちろん水もない。厨房寄ってお茶取ってきたらよかったって思っても後の祭りか。部屋から厨房まではまぁまぁ距離があるし、なにより面倒くさい。
もうすぐ昼時だし我慢しようと決めて机に向かう。まだ事務仕事が残ってるのだ。
昨日提出してもらった馬当番の報告書を読んで、在庫と予算の確認をしてるとタタタッと軽い足音が聞こえてきた。
誰だろう。と思ってると障子越しからあるじさま、あけてもいいですか?と声をかけてきた。今剣ちゃんだ。

「うん。大丈夫だよー。開けようか?」
「だいじょうぶです!」

スッと開いた障子には内番の恰好をした今剣ちゃんがいた。その脇にはお茶の用意がある。

「あれ。なんで…」
「あるじさま、さっきみかづきのところにはしってむかったので、のどかわいてるかもとおもいまして!」
「あ、ありがとう…」

なんて用意のいい…。唖然と見てると今剣ちゃんはスッと部屋に入って障子を閉め、お茶を淹れ始めた。なぜか一人分。いつもは一緒に飲むのに…。不思議に思ってると今剣ちゃんが口を開く。

「それにしてもさっきはびっくりしました。ぼくがあざといってことばをきくの、そんなにおどろいたのですか?」
「え?」
「ぼくはてっきりこあくまてきとかこずるいとかいうのかなーっておもってたら、あんなまっしろいこたえがかえってきて、びっくりしましたよー」
「え、え」

そのままお茶を淹れながら話す今剣ちゃんはいつもの今剣。いつものかわいい顔で。いつもの声色で。だけど内容がいつもじゃない。

「あるじさまはぼくがかわいくあることをのぞんでるので、ぼくもがんばりますが、あんまりなめちゃ、だめ、ですよ!」

にこっと笑ってわたしにお茶を差し出してくれた。思考の整理が追いつかなくてぽかんとしてると、さらに笑みを深くした今剣が、

「あるじさまがおしえてくれたあざといのいみだと、いまぼくがあるじさまをおもうこのきもちも、あざといっていうんでしょうね!」

と言って口の端にキスをしてタタタッと部屋を出ていった。
ん、今なにがおきた?
未だ頭が追いつかない。

「前略。あざとい君へ。」

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