初恋は叶わない。

 そんなジンクスをよく聞くけどそんなのくそ食らえだ。



「あれー、雨降ってる。今日は降らないって天気予報で話してたはずなのになー」
「……」

 そして雨を見るとあの人のことを思い出す。

「ねえツッキー、傘持ってきた?」
「折り畳みなら鞄に入ってる」
「そっか。俺も折り畳みならあるんだけど、部活終わりの時に強く降らないと良いね」
「……まあね」

 優しい雨のように穏やかに笑う、年上の幼なじみ。

 綺麗な長い黒髪を揺らして何時も僕たちの傍に居た。

「じめじめしてるなあ……体育館暑そう」

 僕より七つ上、兄ちゃんと同い年。
 穏やかな笑顔と同じように性格も穏やかでとても落ち着いた人。

「……最後に顔合わせたの、何時だったかな」





「なんか今日調子悪い?」
「え?」

 部活後、菅原さんに突然そう聞かれた。ストレッチや片付けも終わって後は着替えるだけだったから私語も構わないけど、そんなこと聞かれたこともなかったから、単純に不思議だった。

「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「いや、何となくそう思ったからさ。うーん……何か調子悪そうっていうか、集中し切れていないっていうか」
「……」
「あ、でも俺の気のせいかもしんないけどさ」

 そう言って菅原さんは苦笑いをして、そのまま澤村さんに呼ばれて僕から離れて行った。
 ……そんなに集中出来てなかったのか。

 とにかく面倒事は嫌いだ。それ以上何かを聞かれる前に部室で何時もより早めに着替えて先に上がると、降っていた雨は少しだけ強くなっていた。

「これくらいなら折り畳み傘で帰れるね、ツッキー」
「煩い山口」
「ゴメン、ツッキー!」
「……はあ」

 広げた黒い傘は雨を弾いてくれるけど、靴先の雨は避けてはくれない。

 何時も通りの帰り道のはずで雨も何度もあったのに、今日に限って気分は最悪だ。

「じゃあ俺はここで。またね、ツッキー」
「じゃあね」

 家に近い分かれ道で山口と別れれば、自宅までは直ぐ其処。今日はもう夕飯食べたらすぐに寝ようと決めて家の前に出る曲がり角を曲がった。

 家は直ぐ目の前、何時もなら玄関の灯りだけが出迎える玄関前。
 でも其処にはひとつの小柄な人影があった。

「……名前姉ちゃん」
「あ、蛍ちゃん」

 さらさらの黒髪、優しい雨と同じ穏やかな笑顔。

「前に見た時よりも随分身長伸びたね。ちょっとびっくりしちゃった」
「……何で、ここに。仕事は?」
「少しまとまった休みが出来たから、一人暮らしでのんびりもちょっと味気なくて実家に戻ってきたの」
「そう、なんだ」
「それでね、まずは蛍ちゃん達に会いに行こうと思っていたんだけど、荷物を纏めて実家に一回顔を出したら遅くなっちゃったからどうしようかなって」
「別に……前は時間関係なく出入りしてたんだから構わないでしょ」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 最後に会った時と変わらない大人びた笑顔が妙に眩しかった。

 とにかく傘を差しているとは言っても体を冷やすのは良くないから、家に上がってもらうことにした。玄関前の柵を開いて先に通して家のドアの鍵を回して開ける。何時も通りのことなのに妙に落ち着かないのは僕の後ろで微笑んでいるであろう名前姉ちゃんのせいだ。

 ドアノブを回した先、其処には見慣れない靴がひとつ。

「……え」
「どうかしたの、蛍ちゃん」

 まさか、まさかまさか。

 この靴自体に見覚えはないけど、この靴のサイズには覚えがある。嫌でも見てきたこの靴の大きさ、父さんの物より大きなスニーカー。後ろから声をかけてきた名前姉ちゃんの声にどう返そうか考えるより早く、その靴の持ち主がリビングの方から顔を出した。

「蛍、帰ったのか――って名前?」
「明光?」

 こっちに来ていたなら連絡くれれば良いのに。それはこっちの台詞だ。

 リビングから顔を出した兄ちゃん、そして僕の横を通り過ぎて話をしている名前姉ちゃん。その二人の様子を見ている僕はどんな顔をしているんだろうか。

「……馬鹿らし」

 分かっていたはずだ。たかが年の差、されど年の差。

 ようやく大きくなって貴女に見合う男になれたと思ったのに、それでもその差は埋められない。埋めようがない。

「蛍ちゃん。明光がショートケーキ買ってきてくれたって」
「何だ蛍、まだ名前にちゃん付けで呼ばれてるのか?」
「まだってどういうこと」
「良いじゃない、可愛くて」

 190センチ近い男を可愛いだなんて言える人は貴女くらいだ。何時も何時も可愛いと頭を撫でて可愛がってくれたあの頃の僕とは違うっていうのに、何時までも子ども扱い。

 ――僕をそうやって子供へ追いやる貴女が本当に憎らしい。

「可愛いってお前なあ、蛍ももう高校生なんだぞ?」
「でも可愛い弟みたいに思っているのは変わらないから。ほら、蛍ちゃんケーキ食べよう」
「……うん」

 雨に負けて跳ねる僕の髪と違ってさらさらと流れる黒髪は、少し憧れていた。今でもそれは変わらない。前よりも伸びた髪は僕の視界で揺れて、僕の心も揺らしていく。

「ほら、ちゃんと手を洗ってね」
「名前姉ちゃんもね」
「あら、言うようになったじゃない」
「ほらほら二人共さっさと手を洗ってこいって。蛍は飯食ってからな。それまでケーキは待っててやる。それと名前は母さんにちゃんと顔出してやれよ、リビングに居るから」
「うん、分かった」

 僕より七つ上、兄ちゃんと同い年。

「蛍ちゃん、本当に大きくなったね」
「成長期だからね」
「そっか。私はもう身長伸びないよ」
「当たり前でしょ。何処まで大きくなるつもりなの」

 穏やかな笑顔と同じように性格も穏やかでとても落ち着いた人。

「んー、明光と蛍ちゃんくらい」
「え」
「ふふ、嘘」
「……」

 でもその想いには応えてくれない。

 雨でずぶ濡れになった恋心は、何時になっても晴れ間は見えない。

「ケーキはちゃんとご飯食べてからだよ、蛍ちゃん」

 僕の一番好きな人で、一番嫌いな人だ。

 




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