初恋で今も想い続けている名前姉ちゃんに会った。
名前姉ちゃんは昔から変わらなかった。
「そんなに眉間に皺寄せてると取れなくなるぞ」
「煩い」
「煩いって何だ、煩いって。ったく心配してやってんのに」
「それはこっちの台詞。大学良いの」
「今は余裕あるから。就活もじわじわやってるし」
「……そう」
午前中じゃなく珍しく昼過ぎからの部活になったある日の土曜日。兄ちゃんが何かと俺に構ってくる。久しぶりに帰ってきてるし別に嫌いじゃないからそのままにしてるけど、いい加減鬱陶しい。
ちょっとだけため息をついたら幸せ逃げるぞーなんて言い出したから、流石にイラッとした。
「あのさ――」
「せっかく名前も帰って来てるんだから、ちょっとは素直になっておけよ」
「……は?」
「は? って久しぶりに幼なじみ全員揃ったんだから、たまには意地張らずに遊んでもらえって」
「……そういうこと」
……兄ちゃんにバレていたのかと思った。
「何だよそういうことって」
「別に。そろそろ昼飯食べて部活行くから」
「そうか。頑張れよ、蛍」
「……うん」
正直兄ちゃんにはあんまり言われたくない言葉だけど取り敢えず返事だけはして、用意されていた昼飯を電子レンジの中へ放り込んだ。
「怠い」
今日は山口は嶋田さんの所に寄って直接部活に行くとか何とかで僕の家には来ない。静かに行けるのは良いけど、最近暑苦しくなってきた山口は正直少し鬱陶しい。……そんなに必死になっても上に行ける訳じゃないのに、馬鹿らしい。
軽い音を立てて開いた安物の傘に跳ねる雨音さえ、煩わしくて仕方ない。
締め切りの体育館はじっとりした空気が籠っていて好きじゃない。特にこの時期は鬱陶しくて仕方ないし、換気しても大した効果もない。憂鬱な気分が増すだけだ。
「よし、十五分休憩!」
「アス!」
「……はあ」
……この運動部独特の空気感も、元々得意じゃないんだけど。
「あれツッキー、何時ものやつじゃないんだ?」
「……家に置いてきたから途中で買った」
今自分の手にあるエナジードリンク。何時も何処かの休憩の合間に口にするそれは、何時もの物と違う。家に置いてきたのは嘘じゃない、置いてきたというよりも苛々した状態で出て来たから忘れてきたというのが正しいけど、別に其処まで言う必要はないし言うつもりもない。
でもエナジードリンクなしで乗り切れる気はしないから途中で坂ノ下商店に寄って適当なのを見繕ってきたけど……あんまり口に合わない。
「……最悪」
甘ったるいだけのそれは僕の舌にこびり付いて消えそうにない。この甘さはまるで――。
「あの、こちらに月島蛍君は居ますか?」
「!」
綺麗な黒髪を揺らすあの人と同じだ。
「……何で名前姉ちゃんが持ってくるかな」
「偶々私が家に行ったら、明光が電話とこれを両手に持って焦っていたの。それで理由を聞いてみれば明光は手が離せないからって。だから私が届けに来たのよ」
「いやだから、そういうことじゃなくて――いや、もう良い。ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
手には何時ものエナジードリンク。結構前から飲んでたから兄ちゃんも僕がこれを置いて行ったことに気付いたんだろうけど、まさか名前姉ちゃんが届けにくるなんて思ってもいなかった。予想することすらしていなかったこの突然の出来事に僕が即座に対処したのは言うまでもなく、お陰であまりからかわれずに済んだ。
それから部活終わりまで待つと言う名前姉ちゃんを体育館の隅で座らせていた数時間、正直居心地良いような悪いような微妙な心境だった。今日は山口とは別に帰ることにして直ぐに着替えを済ませて、今雨の中の帰り道を名前姉ちゃんと歩いている。
「体育館、全然変わってなくてびっくりしちゃった。あの頃のまま」
「名前姉ちゃんマネージャーしてたんだっけ」
「うん。本当に懐かしいな……もう数年前のことだなんて思えないくらい」
「……そう」
あの頃、兄ちゃんと同じ時間を過ごしてきた名前姉ちゃん。
兄ちゃんが嘘をついていたあの高校時代、そしてその理由も意味も知って僕に黙っていた名前姉ちゃん。名前姉ちゃんは兄ちゃんと違って嘘は言わなかった、でも本当のことも言わなかった。でもそれを今になって問い詰めようとも思わない。問い詰めても仕方のないことだと分かってるから。
「蛍ちゃんはミドルブロッカーだよね」
「うん」
「頭も良いし身長もあるからぴったりね。今度休みを取って蛍ちゃんが出ている試合、見に行きたいな」
「え」
わざわざ休みを取って、見に来てくれる?
「駄目?」
「だ、駄目じゃない」
「良かった。試合日程、早めに連絡してね。お休み取れなくなっちゃうから」
「分かった」
正直、嬉しい。
「でも交代多いから、そんなに何時も出てる訳じゃないよ」
「良いよ。蛍ちゃんが頑張っている姿が見たいから」
「……」
ふわりと穏やかに笑う笑顔に、声が出なかった。
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