愛しき思ひは加速する
※女審神者
皆を戦場に送り出す役割だからといって本丸で大人しく待っている訳にもいかない。普段は内番をしている皆の様子を見ながら掃除をしたり食事の用意をしたり、遠征から帰ってきた皆を出迎えたり必要があれば手入れをしたり。
やることは沢山だけれど、これも正しい歴史と未来を守る為。遣り甲斐もある私にしか出来ない仕事。
「さてと、これを物置に片付けてこないと」
つい先日に攻略した地形の図面。出しっぱなしにしてそのままにしておいてしまったから、いい加減に片付けないと。数があるけど物置は此処から遠いし往復すると時間がかかってしまう。持っていけない量ではないし、一度に運んでしまおうかしら。
そう決めて巻物の束を抱えた私はそのまま部屋を出ると真っ直ぐに物置へ向かった。初めは勝手が分からなくて迷った広い本丸も、今では慣れて何処へでも行けるようになったから時間の経過を感じる。今では沢山の仲間にも恵まれて、とても幸せ。
「今日の夕飯はどうしようかな……」
ちょうど遠征の皆も帰ってくる頃だから一緒にご飯が食べられると自分でも顔が緩んだのが分かるくらいには浮足立っている。そんなことをしていた上に荷物が一杯だったものだから、足元に転がっていたビー玉に気付けなかった。
「きゃっ!」
思いきり踏んでしまったビー玉に足を取られて滑った足、体はそのまま後ろに流れて手から巻物がふたつ離れていく。私は皆のように体が軽くないからせめてぶつかった衝撃を和らげようと目を強く瞑ったけれど、それと同時に低い声と宙に浮かんだ私の体が動きを止めた。
「……?」
「ひやひやさせないでくれ、大将」
「あ」
左側から聞こえた声に目を開ければ、其処には薬研君の顔があった。右腕は私の背中を支えていて左手には私が手を離してしまった巻物がふたつ握られている。廊下に面した部屋からちょうど出て来た所を助けてもらったことに気付いて直ぐに体を起こすと、薬研君は足元のビー玉を拾い上げて眉を寄せた。
「ったく……これは弟達だな。さっきまで此処で遊んでたんだ」
「そ、そうなんだ……ごめんなさい、ありがとう」
「良いってことよ。気ィ付けてくれや」
「うん、そうするね」
「それでこれは何処に運ぼうとしてたんだ? 手伝うぜ」
薬研君は受け止めた巻物と私が持っていたそれをひょいと攫ってしまうと、両腕に抱えて私を見上げる。私でも結構重かったのに楽々持ってしまうなんて……刀の神様とはいえまだ男の子の風貌なのに、やっぱり人とは違うんだなと思ってしまう。
ぼんやりとそんなことを考えていた私に薬研君は首を傾げてもう一度同じことを聞いて来たから、慌てて物置に片付けることを伝えると分かったと短く答えて歩き始める。それに私が背中を追いかけてついていけば、薬研君はそれにしてもと話しを切り出した。
「こんな量の巻物、大将の細腕じゃ無理だろ。近くに誰か居なかったのか?」
「一人で大丈夫だと思って……」
「何となくそうだろうとは思ってたが、当たりだとはな。とにかく無理は駄目だ。大将は何でも自分でやる癖があるからちゃんと俺達を頼ってくれ」
「う、うん。ごめんなさい」
「分かればよし。と言ってもまたやるんだろうけどな」
「う……」
「ははっ」
楽しげに笑う薬研君。審神者として未熟な私を皆が慕ってくれている事が嬉しくて自分で出来る事は自分でやることにしているから、それは本当に的を射ている。年齢は私よりもずっとずっと年上だけれど見た目は男の子の風貌をしている薬研君だから、何となく小さな子に宥められているような気分になるから不思議。
「……ちゃんと年上なんだよね」
「大将、悪いが戸を開けてくれねえか」
「あ、ごめんなさい!」
考え事をしている間に何時の間にか着いた物置。薬研君は巻物を見て手慣れた様子で元の場所に片付けると両手を叩いて埃を落として、終わったなと口角を上げた。一緒に物置を出て再度お礼を言ったら、薬研君は気にすんなってと手をひらひらと振って、それからちょっと時間があるならと縁側で話さないかとお誘いを受けた。
縁側の向かいにある庭は珍しく人がいない。何時もなら庭で遊んでいる短刀の皆と岩融さんは何処かで遊んでいるのかもしれない。
「さっきは本当にありがとう」
「良いって。大将の役に立つことが俺の役目だろ」
「ふふ、本当に助かっちゃった」
私よりも小柄なのに力の差が違う、雰囲気も違う。
ああ、やっぱり薬研君も神様なんだね。
「……なあ大将」
「何、薬研君?」
「さっき俺のこと、ちゃんと年上なんだって言ってただろ?」
「き、こえてたの……?」
「あの距離で聞き逃す程、俺の耳は遠くないぜ」
「そ、そうだよね……」
たまに三日月さんは聞き逃しもするけれどとちょっとした冗談を交えるには空気が違う気がして、私はそれだけしか言うことが出来なかった。薬研君の雰囲気がまた何時もと違う気がして少し視線を外すよりも早く、薬研君に大将と呼ばれてしまったからその隙を外してしまった。
「何、薬研君?」
「確かに俺は人じゃない。命に限りある大将と違って、俺は戦いで折れない限りはずっと生きていられる」
「うん、それは分かっているけど……」
「でも俺達は刀っていう形から、生身の体と人としての心を大将から貰った。此処に来てから色々なことを経験して分かったことがある」
俺も感情は人間の男と同じだ。
「?」
「見た目は大将より小さい成りだが、大将を守れるだけの力も腕もあると思ってる。勿論長く生きてきた分の経験もある」
「薬研君」
「なあ、大将」
薬研君が手をついた縁側がギシと軋んで、少しだけ離れていた距離が埋まる。私の目先には綺麗な顔立ちの薬研君の目が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「俺を大将の一番近くに置いてくれ」
近侍でも傍仕えでもない。
戦場の最終防衛線としての壁でもない。
「たった一人の男として」
命短し、恋するは人か刀か。