言葉に忍ばせる
※女審神者
風になびく白。鼻を擽る石鹸の香りがとても心地良く、布団の敷布が選択竿に並べて掛け干されていた。それを目の前に額を手の甲でこすったナマエは達成感が満ちた笑顔を溢し、凝った背中をぐいと伸ばすと一息ついて両手を腰に当てる。
「これで良し……。今日はお天気も良いから直ぐに乾くわね」
風になびく白から石鹸の良い香りがする空気を胸いっぱいに吸い込んだ時、主と後方から声をかけられたナマエは持ち上げた洗濯籠と共にそちらへと振り返った。其処にはひらひらと手を振る三日月の姿があり、軽装姿でこちらに歩み寄ってくるとナマエの前で足を止める。
「洗濯はもう終わってしまったのか?」
「ええ、今し方」
「そうか……こちらの手が空いたので手伝おうと思ったのだが」
「そうでしたか。わざわざ申し訳ありませんでした」
「いや、よいよい」
気にするなと笑いながら手をひらひらと振った三日月はナマエの隣に立つと先程の彼女のように敷布を眺め、ゆったりと目を細めた。その表情で自分と同じことを考えているのだろうかと察したナマエが良い香りですよねと微笑みかけると三日月は少しだけまばたきをして、それからああそうだなとひとつ頷いた。
「匂いもそうだが、これだけ数があると壮観だ」
「ええ。沢山仲間が増えてきたから……遣り甲斐がありますね」
最初は数も少なかった敷布。静かだった本丸。
それが今では多くの洗濯物と声の絶えない賑やかさが本丸にある。
「とても嬉しいことです」
「……ああ、そうだな」
「三日月さん?」
「いや、何でもない。主、疲れたであろう。少し休息を取ってはどうかな?」
「いえ、でもまだ皆さん内番もしているでしょうから大丈夫です。私だけがのんびりしている訳にはいきませんから」
「そうか……無理はしないでくれ。倒れでもしたら皆が心配する」
「ええ、ありがとうございます」
会釈をしてそのまま本丸の屋敷へと戻って行ったナマエの後ろ姿を見送った三日月はその背中が見えなくなってからもそちらをじっと見つめ、しばらくすると一瞬だけ視線を落とし、それからは何時も通りの様子で元の場所へと戻って行った。
その後の本丸は何時も通りの時間が過ぎ、夕食後の大人組の晩酌もそこそこでナマエは席を外すと真っ直ぐに自室に戻り針箱を手に取った。それから針と戯れる事数刻、障子の向こうに影が揺らいでそれ越しに入っても良いかと三日月の声がかかったので、ナマエが針を持ったまま作業の手を止めてどうぞと声をかけると障子が静かに開いて着流しに打掛を肩にかけた三日月が顔を覗かせそのまま私室に入ると障子を静かに閉じた。
「こんなに遅くまで何をしている?」
「頼まれ物です。乱くんの服に解れが出来てしまって」
他の子達の服も一緒に直していますと微笑むナマエに三日月はそうかと短く返答すると、ナマエの傍で腰を下ろし自分の打掛を彼女の肩にかける。それにナマエは目を丸くして三日月を見上げると、彼はゆったりと目を細めて笑みを浮かべた。
「夜は冷える。風邪を引いては大変だ」
「でも三日月さんが……」
「俺は大丈夫だ」
気にするなと微笑んだ三日月にナマエは少し戸惑ったものの相手の厚意を無碍にすることも出来ないのでそのまま素直に受け取る事にして、代わりにと自分の近くに置いたままにしていたひざ掛けのひとつを手渡した。そして再び針仕事を始めたナマエをしばらく静かに三日月は眺めていたが、手元からチラリとその横顔へと視線を移すと僅かに目を細める。
「主、今日は少々働き過ぎではないか?」
「そんなことはないですよ。何時も通りです」
「……」
「三日月さんこそ、そろそろお休みにならなくて大丈夫ですか? 明日はいくつか出て頂きたい戦場がありますし――」
ゆっくり体を休めて頂かないと。そう続けるはずだったナマエの声は三日月の手で針を取り上げられたことで遮られ、彼は手早く取り上げた針を針山へ片付けるとナマエの片手を包み込み空いているもう片手を彼女の傍につき距離を縮める。三日月の瞳に映る月が揺らいでいることにナマエが僅かに目を見開いた時、彼が握る手が少しだけ熱を持った。
「主。俺達の為に色々としてくれるのはとても嬉しいが、少しは自分を労わってくれないと困る」
「あの、三日月さん……?」
「休まないかと気を利かせれば俺達が動いているからと遠慮をし、今も俺の体を気遣ってばかり」
自分に優しくなければ。
「何時か主は疲れて皹が入ってしまう」
「……戦いで傷付いた皆さんみたいに?」
「そうだ。主は人であるからそれはないが同じこと。俺が恋い慕う主にそのような無理はして欲しくない。体を張るのは俺達で十分事足りている」
だから今日はもう休んだ方が良いと微笑んだ三日月に思わずナマエはひとつ頷いたが、ふと先程彼の口にした言葉を思い出してピクリと体を震わせた。
「……あの、先程の言葉」
「ん?」
「恋、慕う……と」
「ああ、さり気なく言葉に混ぜたのだが届いていたか」
その言葉に嘘はない。そう微笑んだ三日月にナマエは静かに息を飲んだ。