ちいさな幸福
※女審神者
「わ、こんなに」
「前々からよく育っているとは思っていたんだけど、思っていた以上の収穫だったよ」
「ありがとうございます。今日はご馳走ですね」
「わーい! やった!」
「ふふ」
畑当番から帰ってきた燭台切に微笑みかけたナマエはちょうど傍で自分の仕事を手伝っていてその話を聞いて喜ぶ蛍丸の頭を撫でると、彼に燭台切の両手に抱え積み上げた籠を運ぶのを手伝ってもらう事にしてそういえばと周囲を見渡した。
「山姥切君は何処に?」
「ああ、彼なら井戸場だよ。盛大に泥を被っちゃってね」
「まあ」
「じゃあ僕は先にこれを運んで献立を作ってるよ。宜しくね、蛍丸君」
「はーい」
燭台切から籠をひとつ受け取り彼と一緒に歩いて行く蛍丸の背中を見送ったナマエは風呂場からタオルをひとつ手にすると草履を引っ掛けて外へと出た。本丸の玄関の裏手にある井戸場には見慣れた茜色のジャージ姿の山姥切の姿があり、泥を落としていた為か何時も深く被っている布は井戸場の脇に置かれているもののその布も何時も以上に汚れているのを見ると盛大に泥を被ってしまったことが窺える。
ナマエは手の甲で水を払う山姥切の姿に目を惹かれて思わず足を止めれば、気配に気付いた彼が視線だけをナマエへと寄越すと目を見開いた。
「なっ……何であんたが此処に居るんだ」
「燭台切さんに聞いて……。それよりもこれ使って」
「余計なことを……」
山姥切の驚いた声ではっと我に返ったナマエは彼に歩み寄ると持参したタオルを差し出す。山姥切は何か言いたそうな顔をしていたが渋々タオルを受け取ると顔と髪を拭き始め、水に濡れて夕陽を受けて輝く金髪がまた彼女の目を惹いた。
綺麗と言われることを山姥切は嫌うがどんなに汚れた布で隠しても元々持つその美しさはふとした瞬間に見えるもので、今はその布もない為に存分に見ることが出来る。ナマエがじっと見つめてくる視線に耐えかねた山姥切が布に手を伸ばそうとするとナマエが慌ててその布を抱え込んだので、彼は目を丸くした。
「主、それを返せ」
「い、嫌です」
「は? 訳の分からないことを言うな。それがなければ落ち着かない」
「分かっています、けれど……」
もっと貴方の顔が見たいから。
「!」
「何時も深く布を被っているからきちんと見たことがないの。何時も何時も見たいと思っているのにそういう機会もなかったから」
「あん、たは……もう少し発言に気を付けた方が良い」
「え?」
「分からないのなら良い!」
狼狽えたかと思えば急に拗ねた山姥切にナマエは布を抱えたまま小首を傾げると、布を取り上げられないところを見ると自分の要求は通ったのだろうかとまばたきを数回した。きょとんとしているナマエを見下ろした山姥切は何か言いたげに視線を彷徨わせていたが、しばらくするとあんたの好きにすれば良いとか細い声で言うとタオルを頭に被せて先を歩き出す。
その背中と言葉にナマエは目を丸くしたが花が咲くように表情を明るくしてその背中に駆け寄ると、走るなと山姥切から短いお咎めの声が飛んだ。
「今日は枝豆ご飯にしましょうか!」
「予想以上に沢山収穫出来たからちょうど良いかもしれないな」
「あとは塩ゆでにして晩酌をされる方々のお供にしても良いですし、色々な料理が作れそうです。燭台切さんが献立を作ってくれているので、枝豆ご飯は頼んでみましょう」
「それが良い。燭台切のことだ、枝豆ご飯くらいは考えているだろう」
塩ゆでも兄弟が喜ぶと続けた山姥切の表情は幾分か柔らかくそれにナマエも釣られて微笑むと、何かを思い出したのかそうだと声を漏らした。
「枝豆の花言葉、ご存知ですか?」
「花のひとつひとつに意味があるという物だろう?」
「ええ、そうです」
「枝豆は知らない。この前に教えてもらった物しか」
「ふふ」
「?」
自分の他愛ない話を覚えていてくれた山姥切にナマエはひとつ頷いて微笑むとそれに彼は首を傾げ、タオルで気持ち程度に隠れた場所から覗く目を揺らがせた。
「必ず訪れる幸福」
「枝豆が?」
「ええ。可能性は無限大というのもあります」
「ほう」
「今の私がまさにそれです」
「あんたが?」
「ええ」
何時もは見られない山姥切君の顔がちゃんと見られて幸福。
「……」
可能性が無限大の枝豆料理で皆の喜ぶ顔が見られる。
「こんなに幸せなことはありません!」
「……あんたはやっぱり発言に気を付けるべきだ」
「えっ」
タオルで熱くなった頬を隠した山姥切はどうかしたのかと顔を覗き込んでくるナマエの額を押し留め、小さくため息をついた。