貴女の一番でありたい
≠マネージャー
「こ、こんにちは……」
「あっ、ナマエじゃねーか!」
「お久しぶりです……」
小鳥遊事務所のインターホンが鳴り、手近な場所にいた三月がドアを開ければ其処には身長が150センチもないであろう小柄な少女が立っていた。三月よりも小柄で、しかもそこそこ見栄えの良い顔立ちをしていて彼と仲が良さそうな雰囲気の少女に誰だとメンバーの視線が向けば、三月は少女を中に通してにっこり笑った。
「俺の近所に住んでる幼なじみのナマエ、一織と同い年だ! ほら、挨拶!」
「こ、こんにちは……」
「まーだ、人見知り治ってないのか?」
「う、うん」
「へー、幼なじみねえ」
挨拶を済ませると三月の背中に引っ込んでしまったナマエという少女に、大和は珍しく興味があるのかしばらく彼女へ視線を向けていた。この場に居ない陸と環、自室にいる壮五とナギには後で紹介するからなと三月が言えばナマエは静かにひとつ頷いた。
「……あの、三月」
「ん、何だ?」
「一織、は?」
「一織は陸に連れてかれて出かけてる。もうちょいで戻ると思うぜ」
「……うん、分かった」
取り敢えず立ったままも何だからと椅子に座るように勧められたナマエは言われるがまま三月の隣に座り、彼にお茶を淹れてもらったところで玄関のドアが開いて陸と一織が姿を見せた。
「こんなに長引くなんて聞いていませんよ」
「一織だってペットショップで――ってお客さん?」
「え?」
何時も通りの口喧嘩をしながら帰宅した二人だが先にナマエに気付いたのは陸で、その声に釣られて一織がそちらへ顔を向ければ椅子にちょこんと腰かけるナマエの姿があった。誰だろうと首を傾げる陸の脇をすり抜けてナマエの傍に歩み寄った一織だが、ナマエはビクリと肩を震わせることなく彼を見上げた。
「ナマエ、何故此処にいるんです!?」
「事務所の場所教えてたし、マネージャーとか社長にも幼なじみなら何時でも遊びに来させて良いって言われてただろ」
「そ、れはそうですが……」
「ケチケチすんなって!」
ナマエの代わりに三月がそう答えれば一織は何か言いたげだったものの言葉を飲み込み、此処に来て良かったのかとそわそわしている彼女へ目を向けて微笑んだ。ステージ上やファンの前で以外ではほぼ笑わない一織、彼のその表情に陸だけでなく大和も驚かせた。
「貴女は悪くありませんよ。むしろ、人見知りの貴女が勇気を出して此処まで来てくれて嬉しいです」
「う、うん……!」
「此処では人が多くて落ち着かないでしょうから、私の部屋でお茶にしましょう。ついて来てください」
「う、うん」
椅子から降りて一織の後ろをついていくナマエを見送った三月と大和、そして何となく一織の知り合いだということを察した陸。後で茶菓子でも持って行くかーと間延びした声で言う三月に、大和はやめとけと口角を上げた。
「ミツの方かと思ってたが、まさかイチの方だったとはなー」
「はあ? 何の話だよ」
「……何でミツが身長伸びないのか分かった気がするなあ」
「んだとコラア!?」
「ま、まあまあ!」
身長を引き合いに出された三月を陸が宥めている頃、一織の部屋に通されたナマエは興味深そうにきょろきょろと周囲を見回す。そんな彼女の様子に口角が緩むのを自覚した一織ははっとして表情を引き締めると、適当な場所に座っていてくださいと声をかけてお茶を淹れに行った。
「……ここが、一織のお部屋」
ぬいぐるみ、しまってあるのかな。
「座って待っていてくださいと言ったでしょう」
「!」
後ろから呆れたように一織が声をかけたことでナマエは我に返り、彼に勧められてラグの上に置かれたクッションに腰かけた。一織はトレイをラグに置くと同じようにナマエの隣に腰かけ、ティーセットを広げ紅茶をカップに注ぐ。
「近々遊びに行きたいとは聞いていましたが、今日だとは思いませんでした」
「ご、ごめんね」
「いえ、気にしないでください。私も貴女の予定を聞いていませんでしたから」
紅茶が注がれたティーカップを一織が差し出すとナマエはそれを受け取って、甘い香りのするストロベリーティーをそっと口にした。
砂糖がティースプーンふた匙分溶かされたそれは優しい甘さで舌を擽った。
「貴女は昔から甘いお茶が好きですね」
「駄目?」
「駄目ではないですよ。ただ飲みすぎには注意してください」
あまり砂糖を取りすぎるのも良くないですよと言う一織はブラックコーヒーを口にしていて、香ばしい香りがふわりとナマエの鼻を擽った。
そんな一織を見たナマエははっと表情を変えると自分の鞄を漁り、其処からアイドリッシュセブンのCDを取り出した。最新シングルCDの登場に一織が目を丸くするとナマエは目を輝かせて嬉しそうに微笑み、そんなナマエの顔に彼は緩みそうになる顔を引き締めてぐっと息を飲んで咳払いをひとつした。
「……ナマエ、何故それを貴女が?」
「私、実は二人に内緒でずっとCD買ってたの」
「欲しければ私から渡しましたが……わざわざ買ってくれていたんですか」
「ちょっとでも応援したくて」
ライブは人が多くてちょっと行くのが怖いからこれくらいしか出来ないけどと申し訳なさそうに言うナマエに一織はその気持ちだけで嬉しいですよとフォローすれば、ナマエはほっとした顔をして、持っていたCDで顔の半分を隠すと少し遠慮がちに一織を見つめた。
「あのね、それで……ひとつお願いがあるの」
「何ですか?」
「あのね、えっと……」
このCDに、メンバーみんなのサインが欲しいの。
「……え?」
「貴女が三月さんと一織くんの幼なじみのナマエちゃん?」
「あ、え、えっと……はい」
「あれ、一織くんの後ろに隠れちゃった」
僕なにか悪いことしちゃったかなと困ったように眉を下げた壮五に、一織は人見知りで何時もこうですからとフォローを入れた。
一織の部屋から再びリビングに戻れば一織以外のメンバーが顔を揃えていて、三月たちからナマエの話を聞いたらしい壮五は挨拶をし、同様の環とナギも興味深そうにナマエへと視線を向けている。その視線から隠れるように一織の背中に隠れるナマエの手にCDが握られていることに気付いた三月があっと声を上げると、一織の背中から顔を覗かせているナマエを見下ろした。
「これ俺たちのCDじゃん。わざわざ買ってくれたのか?」
「う、うん」
「言ってくれれば渡したのに。でもありがとな」
「ううん。こんなことくらいでしか応援、出来ないから」
「気にしなくて良いのに。そんで、一織の部屋から出てきたってことは帰るのか?」
「あ、ええと……」
「皆さんにお願いがあるそうですよ」
「お願い?」
少しだけ複雑そうな表情をした一織がナマエの背中を押してメンバーの前に出させると、ナマエはCDで口元を隠しながら目の前にいるメンバーを見上げてしばらくソワソワとした後ぎゅっと目を瞑り、意を決して再びメンバーを見上げた。
「あ、あの! このCDに皆さんのサインを、ください……」
「サイン?」
ナマエのお願いに三月は目を丸くしたが、何だそんなことかと笑って、テーブルの上にあったペン立てからサインペンを引き抜いて蓋を外した。
「良いぜ、いくらでも書いてやるよ」
「!」
ナマエの視線に合わせるように腰を屈め、何処に書いて欲しいんだと問いかけてきた三月にナマエはCDを手渡して三月が写っている部分を指差すと、三月は手慣れた様子でサインをした。
「はい、これで良いか?」
「あ、ありがとう……」
「良いって。次は誰が書く?」
「じゃあ俺!」
三月の傍にいた陸が手を挙げてサインペンを受け取ると、ナマエが指定した自分の写真のところにサインをしてニコニコと微笑んだ。三月よりも小柄なナマエがじっとこちらを見上げてくるのが嬉しいのか、えへへと笑って彼女の頭を撫でる。
「!」
「一織の幼なじみにこんな可愛い子がいたなんて知らなかったなー。ねえねえ、今度また遊びに来てね!」
「は、はい……!」
「約束だよ! じゃあ環にパース」
「おっけー」
陸から受け取ったサインペンでナマエが指し示した自分の写真の下にサインを書くが普段ならひとつしか書かない王様プリンをふたつ書き、そのサインペンを近くにいたナギに手渡した。
「いおりんの幼なじみだから、王様プリンもういっこサービス」
「あ、ありがとうございます……」
ふわあと欠伸をしながら環はナギと交代し、ナギは片膝をつくとこちらで宜しいですかと自分の写真の下を指し示して微笑みかけ、それにナマエが頷くとサラサラとサインを書き込んだかと思うとナマエの手を握り締めた。
「イオリとミツキの幼なじみと伺っておりますが、ワタシのファンであると思っても?」
「あ、ええと……は、はい」
「ファンタスティック! 嬉しい言葉を貰いました! では今度是非、一緒にお茶など如何です?」
「え、ええと……」
「はいはい、そこまでー。困ってるだろ」
ナギをナマエから引きはがすと同時にサインペンを奪った大和は自分の写真の下にサインを入れると、ぽんぽんと彼女の頭を軽く撫でて目を細めた。
「ミツとイチが世話になってるんだってな。これからも宜しく頼むわ」
「え、いいえ、そんな……」
「十分世話してるって。ついでにお兄さんのことも宜しくな」
カラカラと冗談交じりに笑いながらサインペンを壮五に手渡すと、壮五は背を屈めて此処で良いかなと自分の写真の下を指差すとナマエが頷いたのを見て丁寧にサインを書き込んで嬉しそうに目を細めた。
「応援してくれてありがとう。さっきは驚かせちゃったみたいでごめんね」
「い、いえ! あの……私が臆病なだけです、から」
「ううん。初対面の女の子に配慮が足りなかった僕が悪いんだ。今度はゆっくりお茶でもしながら、三月さんや一織くんのことでお話ししたいな」
「は、はい。是非……」
にこにこと微笑む壮五にナマエがひとつ頷くと、壮五はふとCDに再び視線を落としてふっと目尻を下げると目の前の彼女の傍に立つ一織にサインペンを差し出した。
今の今まで複雑そうな表情でナマエの斜め後ろにいた一織はサインペンを差し出されて少しだけ目を丸くすると、振り返ったナマエを見下ろして少しだけ眉を下げる。
「私のサインも必要、ですか?」
「う、うん。一織が嫌じゃなければ……」
「いえ、嫌ではありませんよ」
私が最後というのは、少々気になりますが。
その言葉を飲み込んだ一織はナマエの前に片膝をつくと、今までの流れを見て、此処で良いですかと自分の写真の下を指し示す。それにナマエはひとつ頷いたが、もうひとつお願いがあるのと付け加えて鞄をまた漁る。それに一織が首を傾げると、ナマエは丸めた光沢紙を取り出してその紐を解く。
広げられたそれはCDの店舗特典のひとつである一織の非売品大判ポスターで、それを見た一織とメンバーは目を丸くした。
「あ、あのね! これにもサインが欲しいの」
「貴女、これ……」
「一織が、その……恰好良かったから、どうしても欲しくて」
「!」
「一織が嫌じゃなかったら、あの……」
これにもお願いしたくてと尻すぼみになりながらポスターで顔を隠してしまったナマエ。そんな彼女からの言葉を真正面から投げられた一織は呆然としたが次の瞬間には顔を赤くして、それを隠すように片手で顔を覆う。
そんな一織とナマエの様子を見ていたメンバーは顔を見合わせると微笑ましそうに笑って、三月の先導でそっとリビングから姿を消した。
「……それ、貴女の家から遠い店舗でなければ入手出来ない物ですよね。わざわざ買いに行ったんですか?」
「う、うん……」
「私のポスターが欲しくて?」
「う、うん」
「可愛い人だな……」
「えっ」
一織の言葉に驚いたナマエがポスターから顔を出すと一織も同様に顔に当てていた手を退かし、やや赤い顔でナマエを見るとため息をひとつついてCDにサインをしナマエの手にあるポスターに手をかけた。
「勘違いしますよ」
「勘、違い?」
「単純なんです。貴女が思っている以上に――男という生き物は、そういう風に出来ています」
「い、一織」
「とにかく」
ポスターの右下に大きくサインを書き込んだ一織はサインペンを少々手荒にペン立てに戻すと同時にナマエの手からポスターを取り上げて手早く丸めると、サイン入りCDと共にテーブルへ置いた。何事かと目を丸くしているナマエに一織は顔を戻すと彼女を抱き上げ、それにまた驚いた彼女を自分の視線に合うように抱き上げた。
「――ナマエ、先程言ったこと覚えていますか」
「か、勘違いするってこと……?」
「そうです。貴女は私に勘違いをさせました」
ですので、責任を取ってください。
その言葉と共に一織の唇がナマエの頬に触れ、ナマエはぱっとキスされた頬に手を当てると顔を真っ赤にして目の前の一織を見つめれば、彼もまた頬を赤く染めていた。
「小さい頃から私の目には貴女しか映っていなかったんですよ」
「い、一織……」
「それを今になって貴女が私を見ていただなんて、狡いにも程があります」
「ご、ごめんなさい……。でもあのね、私、アイドルになったから一織を見たんじゃなくて……」
「分かっています」
「えっ」
「それを含めて、私は貴女を見ていたんです。……こんなきっかけがなければ、貴女に想いを告げることなんて出来ませんでしたが」
そんな狡い私でも好きでいてくれますか。