ちぐはぐで曖昧な
お気に入りの曲が、彼からの着信を告げた。
「もしもし?」
『いま大丈夫か?』
「うん、大丈夫」
久しぶりだね、飛雄くん。
高校を卒業してからお互いに忙しくて中々時間が取れなくて、連絡を取りにくくなっていた。
『元気か? 俺がいなくても体調管理はしっかりやれよ』
「ふふ、大丈夫だよ。もう子どもじゃないんだから」
『"子どもじゃないから"心配してるんだろ』
「そうだね、分かってる。大丈夫、元気だから」
『……それなら良い』
電話口の向こう側から、ギシリと何かが軋む音が聞こえた。
多分それは、向こうで適当に買ったと言っていたソファーの音。
家にはソファーと小さなテーブル、ベッドとクローゼットしかないらしい。シンプルすぎるくらい物が少ないお部屋。
『最近上げてた動画、見た。良かった』
「本当? それなら良かった。研磨くんと頑張って撮影したの。時間合わせてもらって悪いことしちゃった」
『……あのセッターと一緒ってのが気に食わないけどな』
「飛雄くん、直ぐそういうこと言うんだから」
『それくらい良いだろ』
会いたくても、直ぐに会えねえんだ。
『少しくらい良いだろ』
「……そうだね」
そうかもしれないね。
お互いにお互いの夢を掴むため、傍にいない選択肢を選んだ。
それに後悔はないし、嫌になることもない。
ただ、当たり前に傍にいた相手が何時も会える距離にいないことだけが――こんなにも遠く感じるなんてあの時は思わなかった。
『――そうかもしれないね』
「……」
ほんの少しだけ寂しそうな声が、震えていた。
「……いまそっちは昼くらいか?」
『うん。そっちは夜だよね。早く寝なくて大丈夫?』
「そんなに遅い時間じゃねえから平気だ」
寝るには少し早い時間。でもゆっくり話すには、あまりにも時間が足りねえ。
「今日はなにしてた?」
『相変わらず勉強ばっかりしてる。あとは教授の研究室に転がり込んだりとか。そうそう、この前は私のチャンネルを知っている人から声をかけてもらったの。"君はあのジャパニーズナデシコか!"――って』
「おい、まさかソイツ男じゃねえだろうな」
『飛雄くん、よく分かったね』
「……」
またコイツは無自覚に厄介な奴に絡まれてやがるのか……。
舌打ちが出そうになるところを飲み込んで、代わりにデカいため息をひとつ。
電話の向こう側で鶫が”どうしたの?”なんて言ってくるが、お前のせいだ。
「良いか、何度も言っているけどな――」
『大丈夫、分かってるよ』
「……それなら良い」
お前は、俺の"特別"なんだ。
「誰かにくれてやるつもりはねえからな」
『分かってる。……ふふ、何だかくすぐったい』
「何がだよ」
『心の奥がね、あたたかくてくすぐったいの』
「……はあ」
『?』
ドアを開けて向かいの家にお前がいた頃が、こんなにも懐かしくてもどかしい。
「……お前、次に帰国したら覚えとけよ」
『何を?』
「さあな」
電話口で言うのが惜しいくらい、したいこと。
『あ、そろそろ講義始まるの。ごめんね、飛雄くん』
「おう、気を付けて行けよ」
『うん、ありがとう。おやすみ、飛雄くん』
「おう。……なあ、鶫」
『どうかした?』
「――好きだ」
『え』
「じゃあな、おやすみ」
――ピピピピ。
「……ううん」
軽い電子音と共に体を起こし、カーテンの隙間から覗く朝日に目を細めた。
今日もいい天気。飛雄くんはいつも通りランニングに出ている頃だし、私も早く準備を済ませて朝練に付き合わないと。
「……そういえば、何だか不思議な夢だったな」
ちゃんとは覚えていないけど、飛雄くんと電話をしていたような気がする。
「ドアを開ければすぐ家なのに、なんか変ね」
夢なんてちぐはぐで曖昧なものだけど、そのちぐはぐで曖昧なものが不思議と――。
……ううん、ちゃんと覚えていない夢のことを気にしていても仕方ないかな。
「――さて、今日も一日頑張ろう」
今日もきっと、いつも通りの忙しい日になるはず。