「よし、じゃあ帰ろうか」
「は、はい」

 何時も通り自分の部活動を終えてから菅原の部活を見ていた名前は、後片付けと着替えを終えて部室棟から出てきた菅原を下で待っていた。部室棟の上からは手を振っている澤村の姿があり、それに菅原も応えるように手を振ると名前へ顔を向け帰り道を歩き始めた。


「今日は何作ってたんだ?」
「今日は、桃の花の刺繍をしていました」
「何に縫ったの?」
「テーブルクロス、です。大きい物なので時間がかかるんですけど……」
「へえー」

 それは凄いなと笑ってくれる先輩。まだ白いテーブルクロスには数えるくらいにしか桃の花はないけど、でもそうやって言ってもらえると頑張れそうな気がした。

「出来たら見たいな。良い?」
「は、はい!」
「あ、でも焦らなくて良いからな。名前のペースでやってくれれば良いから」
「は、はい。頑張り、ます」

 そうやって嬉しそうに笑って今日は何個縫えたんですと笑う名前。まだ見てもいないけど、そこに咲くテーブルクロスの花は、きっと綺麗だろう。

「そのテーブルクロス、展示とかする?」
「その予定、です。まだどうなるか分からないんですけど……」

 そんな他愛ない話はたどたどしくも、穏やかに俺たちの間で揺れる。

「そっか。でも展示まで待てないな。その前に見たい」
「あ、あの出来たら見せます、ね」

 菅原先輩の大きな手、名前の小さな手。

「本当? 嬉しいなー」
「頑張り、ます」

 それぞれ持つものは違うけれど、穏やかな優しさを含んだ手。

 静かに菅原が名前の手を攫うように握ると名前は目を丸くして顔を真っ赤にしたが、その手を振り払うことはない。普段の彼女であれば直ぐに逃げてしまうであろうことを許されていることに菅原はどうしようもなく嬉しくなって、彼女の手を握る手にそっと力を込めた。

「……好きだなあ」
「え!?」
「ははは。ちょっと言いたくなった」 
「……」
「名前?」
「う、嬉しい、です」
「!」

 その手の平から伝わる熱はほんの少しだけ、優しくて熱かった。

 

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