あの時みたいに、でもあの時よりソワソワした様子で名字はそこにいた。
「……名字」
「す、菅原先輩!?」
俺の声ではっとした名字は脇に置いていたらしい何かを手近にあった袋に突っ込んだ。何を隠したんだろうとか今まで何で避けられていたんだろうとか思うことは沢山あったはずなのに、今はそんなことはどうでも良くなった。
「……良かった。また名字の顔がちゃんと見られて」
「え……?」
俺はほっと息をついて名字に歩み寄ると、彼女はソワソワとし始めた。何時ものことといえば何時ものことだけど、何だか少し様子がおかしい。名字の隣に腰を下ろすと、彼女の白い頬が少しだけ赤くなっているような気がした。
「あ、あの……」
「ん?」
「今日、部活はどうしたんですか……?」
「ああ、今日は体育館が使えなくてなくなった。影山とか日向辺りはその辺でボール追いかけてると思うけど」
……部活ないって、知らなかった。
少し笑いながら答えてくれた菅原先輩。その笑顔が何だか眩しくて、体温がぐんと上がったような感じ。ど、どうしよう……作り終わったけど渡すなら今が一番良いのかもしれない。
「どうした、名字?」
「え?」
「何か何時もよりソワソワしてるからさ。何か俺に話したいことでもある?」
「えっと、あの……」
「ん、何? 聞くよ」
にっこり笑った菅原先輩は、優しい。
上手くお話し出来ない怖がりな私の言葉を、待っていてくれる。……そうだ、私はこんな菅原先輩に沢山助けられている。ここで勇気を出して言わないで、どうするの。
さっき鞄に隠した“それ”を手に取った私は、意を決してそれを菅原先輩に差し出した。
「あ、あの……これ……!」
「え、何?」
突然鞄から何かを取り出した名字はそれを俺に差し出す。必死な名字の顔から持っているそれに視線を落とすと、彼女の小さな手に握られていたのは一枚のタオルだった。不思議に思いながらそれを受け取って広げれば、鮮やかな色が広がった。
タオルのひとつ隅から反対側の隅まで縦長い花と大きな花弁の花が沢山咲いていて、今まで見た刺繍よりも華やかだった。でも華やかとはいっても目が痛い色じゃなくて、名字の控え目な性格らしく、そんなに大振りではないそれが花畑のように連なっている。
「これ……」
「あの、私、皆に菅原先輩の話を聞いて……それで、先輩の誕生日が六月十三日だってお聞きして……」
「俺の誕生日?」
「六月十三日の誕生花が、ツンベルギアとジギタリスなんです」
「!」
「……ツンベルギアは健康とか胸の思い。ジギタリスは美しい瞳っていう意味で……菅原先輩に、その、ぴったりだと思って……」
「名字……」
「……私が人とお話し出来るようになったのは、菅原先輩のお陰です。……先輩が、怖くないよ大丈夫って言ってくれると不思議と怖くなくなりました」
だから、ありがとうございます。
「本当に、感謝の気持ちでいっぱいなんです。それで何かお礼がしたくて……私、これくらいのことしか、出来ないから……」
精一杯自分の気持ちを、真っ赤な顔で伝えてくれる名字。いっぱいいっぱいっていうのがよく分かるし、頑張って話しをしていることも分かった。それに、俺の為に縫ってくれたこのタオルの刺繍がどうしようもなく嬉しかった。
俺の反応を待っている名字に向ければ何時もと同じようにソワソワしていたけど、その姿がどうしようもなく可愛かった。一生懸命で顔を真っ赤にしながら俺にお礼を伝える彼女に、触れたくなった。
「……名字」
「は、はい! わっ!?」
タオルを持ったまま名字に手を伸ばした俺は、そのまま彼女を腕の中に引き寄せた。
「す、菅原先輩……!?」
「……ごめん。嫌かな」
「い、嫌じゃないです……でも、あの……」
「あのさ」
「?」
ビクッと跳ねた体にちょっと怖がらせたかもなんて頭の隅で考えたけど、たとえそうだったとしても今は離してあげられそうにない。嫌じゃないって言ってくれて正直ほっとした。
柔らかくて小さな女の子の体。春の陽だまりみたいな匂いが名字からして、俺の気持ちはどんどん膨らんでいく。初めて会ったあの時から、俺はこの子を――怖がりで人見知りをするアリスを追いかけていたんだ。
「すっごく嬉しい。名字がこうやって俺の為にタオルに刺繍してくれて、一生懸命話しをしてくれてさ」
「あ、う……」
「はは、どうしよう。……まだ名字に伝えるつもりなかったんだけどさ、こうやって嬉しいことされたら言わずにはいられなくなる」
急に抱き締められて私の心臓は壊れそうになっているのに、菅原先輩はこれ以上何をお話しするんだろう。
今までぴったりとしていた体が少しだけ離れて、今までで一番近い距離で菅原先輩の顔が目に映る。キラキラしていて、ほんわり温かい。でも、何だか何時もより熱っぽい気がする目。そんなことを考えていたら、目の前の先輩は幸せそうに笑った。
「俺、名字のことが好き」
「……え」
「怖がりで人見知りで、何時もソワソワしてるけど。まあるい目できょろきょろしてるのが可愛くて、あの時、一目惚れしてたんだ
それからずっと探し回ってようやく見つけて、こうやって話せるようになったら、もっともっと好きになってた。
「す、菅原先輩……」
「ねえ、名字は俺はこと好き?」
そっとほっぺを撫でられてびっくりした私が体を跳ねさせると菅原先輩はクスリと笑って、私の言葉を待ってくれる。……何時もそう。お話しが上手に出来ない私の言葉を、ゆっくり待ってくれている。
何時もは温かくて優しくて、バレーをしている姿はキラキラしてた。まるで真っ白な布に新しい色を足すみたいに、不思議とドキドキしていた。
「……あ、の」
「うん」
「私、その……」
目の前の先輩をじっと見つめて、口を開く。震える声でも、きっと先輩は呆れないで聞いてくれるはず。
「私も……菅原先輩のことが、好き……!」
「!」
「あっ! その、好き、です!」
「……っぷ、別に敬語で言い直さなくて良いのに」
でも、ありがとう。嬉しいよ。
スパニッシュローズの囁きを恋に変えて
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