ちょうど切らしちゃったのよ。お母さんこれから出かけなくちゃいけないから、ついでに買い物も行ってきてくれない?

 突然のお使いをお母さんに頼まれた私は、家着から着替えて財布と携帯を持って家を出た。向かうのは嶋田くんの実家兼お店の嶋田マート。切らした物と特売品、日用品を頼まれたけれど、ちょっと量が多いから心配。

 家からそんなに遠くない嶋田マートに到着した私はカートにカゴを置いて店内に入ると、買い物メモを見ながら必要な物をカゴへ入れていく。勿論、食品はきちんと見極めてから良い物を入れるように小さい頃から教えられているから、しっかり見比べてカゴに入れるようにしている。

「そういえば嶋田くんいるのかな。もしかしたら会えるかも……」



「休日に仕事って、俺何してんだ……」

 人手足りないから仕方ないってのは分かるけど、休日出勤ってどうなんだ。それもこれが終われば開放されるし、せっかくなら名字に連絡して何処かに誘うのも良いかもしれない。

「……あ、そういえば」

 花火大会、そろそろだったよな。

 ちょうど二日後の夜。スーパーにも花火が彩られたチラシが何枚か貼ってあって、それが偶々目に留まった俺は作業をする手を少しだけ止めた。まだ名字もここにいる頃だし、予定が空いているなら誘ってみても良いかもしれない。

「……そうと決まればこれ早く片付けるか」

 気合いを入れ直した俺が最後の段ボールに手を付けてその中にある商品を出していくと、視界にカートを押して買い物をする名字が飛び込んできた。近所だから会う可能性は十分にあるが、まさかこんなに良いタイミングで会えるとは思ってなかった。

「名字!」
「あ、嶋田くん。お疲れ様」

 俺に気付いた名字が穏やかに微笑んだ瞬間、仕事への憂鬱さが吹き飛んだ。男っていうのは、本当に単純で都合が良い生き物だ。俺も当然それに漏れないし、痛いほど自覚している。

「おう、ありがとうな」
「今日お仕事だったんだね」
「休日出勤なんだよ。せっかくの休みだっていうのにな……」
「それじゃあ大変だね。今日は一日?」
「いや、この段ボール空けたら終わり」
「そっか……じゃあその後は暇になるんだね」
「予定ないからな」

 それなら、良かったら私の家にお昼ご飯食べに来ない?

「……え?」

 名字との世間話を楽しんでいた俺の耳に飛び込んできた突然の誘いに思わず聞き返すと、名字は忙しいかなと困ったように首を傾げながら苦笑いをする。そうじゃない、俺が聞き返したのはそういう意味じゃない。

「いやそうじゃなくて……名字の母さんとかいるし、せっかくの家族水入らずのところ邪魔したら悪いだろ」
「お母さん、出かけていて居ないの。お昼ご飯も一人じゃ味気ないし……」
「あ、なるほど……」

 納得したし悲しいことに深い意味がないのもよく分かった。名字は誰もいない家に男を連れ込むなって教わらなかったのかと頭が痛くなったが、それとも婚約者がいるから安心しているのかと頭の隅では憂鬱な気分になる。俺は一先ずその提案に乗ることにして、名字が買い物を終える頃には上がれるからと店の前で待ち合わせの約束をした。



「持ってもらっちゃってごめんね。重くない?」
「平気平気。これくらい何ともないって」
「ありがとう、嶋田くん」
「昼飯ご馳走になるんだからこれくらいはな」

 速攻で仕事を片付けてタイムカードを切った俺は着替えをして名字と合流すると、こいつの家を目指して肩を並べる。名字は小さな袋を手にして楽しそうに笑っていた。ただこいつの隣を歩くのがこの先俺じゃない他の男であることを思うと、何処か複雑な気分だった。

 表面上は何時も通りに取り繕って名字の家にお邪魔すると、名字は早速料理に取り掛かろうと服の袖を捲る。そんな彼女を見ながら俺は適当な場所にスーパーの袋を置いて中の物を仕分け、冷蔵庫に入れるものを取り敢えず名字に手渡した。

「何か手伝うことはあるか?」
「ううん、大丈夫。テレビでも見て待ってて」
「え、それは悪いだろ」
「良いの良いの。お仕事終わったばかりなんだからゆっくりしてて」

 名字にそう言われてしまった俺は手伝おうとしていた手を止めて適当に座ってテレビをつけたが、どうしても名字の方が気になる。手持無沙汰だし、せっかくなら名字が料理しているところを見たくて仕方がない。

「嶋田くん」
「ん、なんだ?」
「嫌いな物とかできてない?」
「え?」
「嶋田くんって嫌いな食べ物なかったでしょ? 今はどうなのかなって」
「ああ……」

 そういや高校の合宿でそんな話したことあったな。そんな小さいこと、今も覚えてたのか。

「……ないよ、心配すんな」
「良かった。じゃあ直ぐに作るね」
「おう、楽しみにしてる」
「そんなに凄いものは作れないけどね」
「いやいや俺にしてみれば絶対美味いって。――あ、そういえば」
「どうかした?」

 花火大会のことを思い出した俺は名字の方に顔を向けて、手持無沙汰の手を塞ぐために持っていたテレビのリモコンをテーブルに置いた。

「二日後に花火大会あるの知ってるか? 高校の時も行っただろ」
「神社近く一帯使うやるだよね?」
「そうそれ。俺ちょうどその日休みなんだけど、名字が暇だったら行かないか?」
「行きたい!」
「決まりだな」

 こいつは知るはずもない。この誘いに、ちょっとの懐かしさとちょっとの下心を込めていることに。

 

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