「名前ちゃんいるー?」
「及川さん!?」
「ホントだ!」

 黄色い声のした方へ顔を向ければ、そこには及川の姿があった。

 どうして此処にいるのと言いたくなったけど、構えば構うほどあの男はそれにつけ込んで話しかけてくる。

「……はあ」

 どうしてこんな男と関わることになってしまったのかしら。

 不運な自分の行動を呪いながらももう過ぎてしまったことなのだから仕方ない。ため息をつきながら席から立ち上がって及川が立っているドアとは反対側のドアから教室を出れば、あの男はちょっと待ってよと言いながら私の背中を追いかけてきた。


「今日は図書委員の仕事ある?」
「貴方には関係のないことではなくて」
「ほらこの前のお礼してなかったでしょ。それがしたくてさ」
「結構よ」
「そんなこと言わないでよー」

 適当に及川の話を流しながら私の足は図書室へと着実に向かっている。

 それにお礼は良いと言ったはずなのに覚えていないらしい。もしくはわざと聞かないふりをしていたのかもしれないけれど、私にはどちらでも良いことだ。

「ねえねえ、図書委員の仕事は何時終わる?」
「……」
「ねえってばー」
「……」
「無視しないでよー」
「煩い」

 いい加減しつこいという意味を込めてそう返して、図書室と隣接している司書室の鍵を開けてノブを捻る。流石に中までついてはこなかったけれど、及川は図書室側から回り込んでカウンターの前に移動してきた。

「ねえねえ、名前ちゃん」
「……」
「ねえってば」
「……」

 ……どうしてこんなにしつこいのかしら。
 構ってくれる女子生徒なんていくらでもいるでしょうに。

「名前ちゃんって好きな食べ物ある?」
「……」
「クレープとかパフェ、あとはケーキとか」
「……」
「俺はね、牛乳パン!」
「……」
「ねえってばー」

 完全に無視しているのにこの男は何時までも折れない。こういう態度を取られることに慣れているのか、それとも構ってもらうために駆け引きをしているのかは分からない。でもこのまま無視し続けた状態で本に集中できる気がしなかった。

「甘い物」
「ん?」
「甘い物なら何でも口にするわ」
「! そっか。フルーツは好き?」
「いい加減部活に行ったらどう」
「今日はオフ」
「そう」
「冷たいなー……」

 こんなに適当にあしらっているのに構いたがるなんて馬鹿みたい。どれだけ暇を持て余しているのかしら。

「名前ちゃんはさ、バレー見たことある?」
「……この前、貴方の落し物を届けた時が初めてよ」
「そうなんだ。今度ちゃんと見に来てよ。楽しいよ」
「その時間があったら読書にあてるわ」
「ええー……」

 少し拗ねたような声を出した及川をいい加減図書室から追い出そうとした時、あの男はカウンターに手をついて少しだけ身を乗り出してきた。

「そんなこと言わないで見においでよ。俺、結構やれる方だよ」

 その顔は珍しく真面目で、不意打ちを受けた私は思わず文句を言おうとした口を閉ざした。

「――なーんてね。俺なんかまだまだだけど。でも気が向いたら見においでよ」
「……何なの」
「え?」
「訳が分からない」

 真面目な顔をしたと思ったらすぐに何時も通りのヘラヘラした顔をする目の前の男が、よく分からない。

 

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