私が言うのもおかしいけれど、本当に女子という生き物はとても面倒だ。
常に集団行動をしていることを好んで、一人でいることを嫌がる。それはまだ構わない範囲だけれど、一番厄介なのは噂が好きなこと。噂が一人歩きして別の場所で尾をつけて出回るくらいなら本人が気にしなければ良い話だけれど、それが本人の元に帰ってきて迷惑になるのがとても厄介。
「……」
それをたとえるなら、今の私。
「……これは“どっち”かしら」
何時も通りに登校して机に座れば、棚の中に一通の手紙が入っていることに気が付いた。
この手紙は男子からのものか、それとも女子からのものか。そして一番重要なのは、私に対して悪意があるのかないのか。
「……シンプルすぎて開けないと分からないわね」
封筒は至って真っ白で柄のないシンプルな物。外見だけでは、男子からのものなのか女子からのものなのか分からない。私は用心のために爪の先で封筒を摘まんで封を切って、中身をそっと取り上げる。カッターの刃やまち針の類が仕込まれていないか確認したけれど、それは入っていなさそうだった。
「――さて、用件は何かしら」
及川さんに近づかないで。
「……典型的ね」
手書きで書かれている文字が丸いからおそらく女子。そして要求がシンプルで分かりやすい。
何かあったとき、これが筆跡鑑定に回されるって考えたことがなさそうな頭の悪そうな筆跡。指紋もベタベタついていそう。こういった類の手紙を書くときは何時も以上に注意しなければいけないと思ったことないのかしら。
「……それにしても」
手紙の相手は何を見ているのかしら。あの男の方から近づいてきているだけで私からは一切近づいていない。でも相手にはそういう風には見えていないからこんな手紙を書いているんだろうけれど、それを考慮しても随分思慮が浅い人。……本当に女子は面倒な生き物だ。
「貴女、及川さんに言い寄っているんですって?」
「そういうの迷惑なのよ」
迷惑しているのはこっちの台詞だ。
放課後に何時も通り図書室に向かおうとしたら見知らぬ女子生徒たちに呼び止められた。正確に言えば、見覚えはあるけれど知り合いではない女子生徒たち。恐らく同学年の彼女たちは私を呼び止めて人気のない体育館裏に連れてきたかと思えば、予想通りの文句を吐いてきた。
「どこをどう見たらそう見えるのか分からないけれど、それは大きな勘違いよ」
「そんなことないわよ。毎日毎日――」
「アイツが私に構ってくるわね」
「違うわよ!」
……話が通じないんだけど何なのコイツら。
「とにかく及川さんに近付くのは止めて! 図書室の令嬢だか何だか知らないけど迷惑なのよ!」
「迷惑をかけられているのは私の方なんだけど」
及川にも迷惑をかけられているし今まさに貴女たちに迷惑をかけられていて、私は実質二重に迷惑をかけられている。
正直適当に折れて話を合わせても良かったけれど、及川のために折れてやるのは何となく悔しかった私は自分の主張を貫き続けている。だからこそこうして話が長引いているわけだけれど、この人たちは飽きもせず文句をズラズラ並べ立てて私を取り囲んだまま開放してくれそうにない。
「あーあ、ほんとなんで及川さんこんな女に構ってるのか分かんない」
「だっていつも本ばっかり読んでてなんにも面白くないじゃん」
「!」
取り巻きの一人が手にしていたのは図書室の本。背表紙にナンバーが振ってあるから間違いない。その本は間違いなく読むために持ち出されたわけじゃなく、正規の手続きを踏んでいるわけでもなさそうだった。
適当に扱われる本が可哀想だと口を挟むより早く、その本は床に放られて履き古された上履きで踏みつけられた。
「本ばっかりの女より私たちの方がずっと良いのにー」
「……」
その瞬間、私のなかでプツンと何かの糸が切れる音がした。
「根暗な女なんて面白くないよねー」
「ほんとほんと!」
「……ねえ」
「?」
「正直に言うと鬱陶しいから目の前から消えろクソ野郎」
「!」
ほんの少しだけ残っている理性をフル稼働させて何とか笑みを浮かべているけれど、多分私の目は笑っていない。それ以前に口から出た悪癖が誤魔化し程度の笑みの意味をかき消してしまっている。
「……は、なにアンタ。なに言ってんの?」
「それはこっちの台詞だ馬鹿」
「は、はあ!?」
「さっきからベラベラと好き勝手に言ってくれてたけど、正直鬱陶しいし面倒だし時間の無駄。あと貴女の足が邪魔だから早くどかせ」
「な、なんなのよ!」
「ちゃんと言わないと分からない? 本を踏む、その太くて汚い足を早急にどかせって言ってるの」
手でしっしと追い払うように女子生徒の足をどかさせて本を拾い上げた。踏まれはしたけれど落ちた時に運よくページが閉じていてくれたので破損はしていない。本当に良かった。
「あんな汚い足に踏まれて可哀想に……」
「なっ……なに言ってんのよアンタ!?」
「自分の足よく見たら。毎日鏡見てる?」
「はあ!?」
「というか、及川のことは自分で勝手になんとかしろ馬鹿女。その耳障りで学がない話、本当に時間の無駄。人に文句を言う時間があったら、その緩い頭をどうにかする方に時間を使った方が良いんじゃない」
“図書室の令嬢”? そんな異名クソ食らえ。私はそんなにお上品な育ち方をしていないし、今まで散々嫌な目にあってきたお陰で色々な意味で強くなっていた。生来から口喧嘩では負ける気がしないし、物理的な喧嘩に巻き込まれても勝てるように小学校の頃には合気道を習っていたくらいだ。
噂を基に他人を推し量って、それで勝てるなんて思ったのがそもそも間違いだったのよ。私は根暗でも大人しくもない――自分の悪癖である口の悪さを嫌って、あまり他人と喋らないだけ。
「これに懲りたら私に構うのは――」
「ぶふっ!」
「は?」
この場にはないはずの男子の笑い声。それが聞こえたのは私だけではなく周囲にいた女子生徒たちも同じみたいで、私の背後にいるその男子生徒を見て目を丸くしている。当然振り向くまでそれが誰なのか知らなかった私は口を挟むなと言うように眉を寄せて振り返ると、そこにはジャージ姿の及川が立っていた。
「うわ……何時からいたの」
「“及川さんに言い寄っている”っていう辺りから聞いてたよ」
それを聞いた周囲の女子生徒は顔を真っ青にしたけれど、私も別の意味で真っ青になった。……つまりこの男は最初からこの話を聞いていて、ついでに私の悪癖を笑っていたっていうことじゃない。
「女子に連れて行かれる名前ちゃんを見かけたって金田一が言ってたから来てみたんだけど、心配なかったみたいだね」
「あ、あのっ! あたしたちは及川さんを心配して……!」
「ああ、そういうの良いよ」
「!」
「それに名前ちゃんの言う通り、俺が勝手に構い倒してるだけだし。それ君たちには関係ないでしょ」
何時も通りに微笑んでいるくせに、その笑みには優しさなんてひと欠片もなかった。
最後の悪あがきも通じなかった彼女たちは哀れにもそのまま逃げるようにこの場から立ち去っていき、私はその背中を冷ややかに見つめた。というのも此処は体育館裏――今まさに話題に出していた及川が所属するバレー部が活動している場所。よくこんな場所を選べたものだと内心で少し笑っていたけど、笑われていたのは私の方だった。
「いやあ、まさか名前ちゃんがあんなに口が悪いだなんて思ってなかった」
「……黙っておきなさいよ」
私、あの言葉はあまり使いたくないの。
「何で?」
「不快でしょう。言う方も言われた方も」
「俺は嫌いじゃないけど」
「はあ?」
口が悪いところのどこが良いっていうの。耳障りで話していても不快になるだけ。良いことなんてひとつもないのに。
「口の悪さも、名前ちゃんが見せる色んな一面のひとつでしょ。それに、普段から気を付けているってことは気を許した相手にはそれを見せるってことじゃん」
「……貴方馬鹿なの?」
「本気だけど」
「そういうことをあちらこちらに言いまわっているから、ああいう勘違いを起こす女子が増えるのよ」
「言った覚えないけど」
「は?」
「こういうこと言ったの、名前ちゃんが初めて」
にこにこと微笑む及川の目は、先程とは比べようもないくらいに優しくて真面目な色をしていた。
「……意味が分からない」
「分かってよ」
そう言って及川は私と視線を合わせるように背中を屈めて、私の手を掬い上げるように握ってきた。肉刺が潰れて固くなった皮膚が覆う大きな手に、思わず顔が熱くなるのを感じた。
――こんなの私らしくない。こんな意味が分からない優男に、少しでもときめきを感じているなんて。
「名前ちゃんの秘密を俺だけが知ってるなんて、すっごく優越感ある」
「……馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿じゃないよ。本気だってば」
「煩い!」
まるで私が及川に――気があるみたい。
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