「お付き合いすることになったの」
「へっ? えっ、ちょっと待って、何が何だか分かんないんだけど取り敢えず誰と?」
「飛雄くんと」
「……あのクソガキ」
「ザマァ」
ホームルームを終えた青葉城西高校の教室前、今日も名前を練習の見学に誘おうとした及川と嫌々ついて来た岩泉にそんな報告をした名前はにこにこと上機嫌に笑っていた。
一くんにはお世話になったし、及川にも一応報告しないとね。それにこういうのは早い方が良いってお友達も言ってたし。
「俺、あのクソガキに負けたの? そんなの信じらんないんだけど」
「最初から負けてるだろ」
「そんなことない! だって俺の方が身長あるしイケメンだし頭も良いし、女の子の扱いも心得てるよ! バレーの総合力でも俺の方が上だってば!」
「そういう所が駄目なんだろ、クズ」
「くずー」
「岩ちゃんの真似しちゃいけません!」
一くんの口真似前々からしてみたかったから、ちょっと便乗したら及川に怒られた。理不尽だと思う。取り敢えず報告も終わったし、約束もしてるから早く行かないとと思って二人にまた明日って言ったら及川に引き止められた。
「何?」
「飛雄に泣かされたら俺がアイツの顔面にサーブ打ち込むから、ちゃんと言うんだよ」
「え?」
「ほら、行きなよ。待ってるんでしょ」
「うん。それじゃあまた明日」
「また明日ねー」
「気を付けて帰れよ」
取り敢えず言うだけ言って名前ちゃんを見送ると、さっきまで黙ってた岩ちゃんが肩を叩いて来た。
「ん?」
「今日練習終わったらメシ奢ってやる」
「え、どんな風の吹き回し!?」
「何でもねえよ。ほら行くぞ。遅れる」
「こんにちはー」
急いで学校を出てきたからバレー部の練習が始まって直ぐに第二体育館に着く事が出来た。ドアからそっと顔を覗かせるとちょうど潔子ちゃんが居て、小さく手を振ってくれた。
「いらっしゃい」
「こんにちは、潔子ちゃん」
「今日も見に来たの?」
「うん、そう! えっと、孝支は――」
潔子ちゃんの話にひとつ頷いて体育館を見回すより早く、孝支と飛雄くんがこっちに駆け寄ってくるのが見えた。最近はほとんど来てるからこういうのも慣れたけど、前はそんなに慌てなくて良いのにって思ってたな。
「姉さん。今日も来たんだ」
「うん、そうだよ」
「お、お疲れ様です!」
「お疲れ様ー」
わしゃわしゃと私の頭を撫でてくる孝支から飛雄君に顔を向けると、飛雄くんの顔は真っ赤だった。可愛いかもなんて思いながら何時も通り挨拶をして、そういえば孝支にも話さなきゃと本来の目的を思い出してまた顔を向けた。
「そうそう、孝支」
「何?」
「報告することがあるの!」
にっこり笑ってそう言うと、孝支は何か良いことでもあったのと首を傾げた。その隣に居る飛雄くんが不思議そうに首を傾げているんだけど――あれ、これって私から言っても良いんだよね、多分。
「飛雄くんとお付き合いすることになりました」
「……ん?」
「えっ!?」
「えっ?」
ちゃんとそう報告したはずなのに孝支は目を丸くしていて、飛雄くんは大きな声で驚いている。何かおかしなことした?
「いやいやいやちょっと待って姉さん。え、それ本当?」
「本当。ね、飛雄くん」
「あ、えっと……ハイ」
「え、ちょっと俺聞いてないよ。マジか……良かったな、影山」
「ん?」
何だか孝支が慌てたり涙ぐんでいたり忙しい……どうしたんだろう。それに飛雄くんも感動しているような顔してる。……何があったのか分からないけど、良いことなのかな?
そんな二人を見ていたら澤村くんも来て、何があったんだと聞いてきたから孝支と同じように飛雄くんとお付き合いをすることになったと報告したら、その二人の輪に入ってしまった。
「頑張ったな、影山」
「あ、あざス!」
「姉さんを頼んだよ、影山」
「ハ、ハイ!」
「……ん?」
「良いのよ、名前は気にしないで」
「そうなの?」
「そう」
……良く分からないけど、潔子ちゃんが言うならそうなのかな?
それからバレー部の練習を見て何時も通り部室棟の下で待ってたら一番に飛雄くんが降りてきた。何か用事でもあるのかと思ってじっと見ていたら、また顔が赤くなった。
「あ、あの」
「ん?」
「今日、は……その、俺と一緒に帰りませんか」
「孝支は?」
「スガさんには良いって言ってもらってきたんで!」
「そう? それなら良いけど……あ、でも一応メール入れとくね」
飛雄くんに待っていてもらってメールを入れたら、影山と帰りなよって直ぐに返事が来たから飛雄くんと一緒に帰る事にした。何だか孝支と帰らないなんて不思議な気分。
ふわふわした気持ちで帰り道を歩いていると、飛雄くんの提案で途中にある坂の下商店に寄って、飛雄君に肉まんを奢ってもらった。ちょっと嬉しい。
「わーい、いただきまーす」
「熱いんで気を付けて下さい」
「うん、ありがとう」
ちょっとだけ割って熱を逃がしてから頬張ると、肉まんの美味しさが口いっぱいに広がってとても美味しい。青葉城西の近くにもお店はあるけれど、其処の肉まんより美味しいかもしれない。
そんなことを考えて肉まんを食べながら歩いていると、家の近くの公園の前で飛雄君が立ち止った。何かあったのかなと思って飛雄くんが見ている方に顔を向けると、其処には道から離れた場所にあるベンチがあった。
「あ、昨日の」
「! あっ、その……はい」
「ちょっと座っていく?」
「は、はい!」
そうだ、昨日はあそこで飛雄くんに好きを伝えたんだよね。飛雄くんもそれを思い出していたのかななんて思いながらそのベンチに座ると、残っている肉まんを頬張る。歩きながらも良いけどこうやって外で座って食べるのも良いかも。
「あ」
「ん?」
飛雄くんの声でそっちに顔を向けると、頬に肉まんの欠片がついてることを教えてくれた。ええと、右側……。ぺたぺたと頬を触ってみるけれど、場所が違うらしくて飛雄くんはもう少し下とかもっと右とか教えてくれるけれど、なかなか取れない。
「んー?」
「あっ……その、失礼します」
顔を真っ赤にした飛雄くんは大きな手で私の頬に触れるとついていた肉まんの欠片を取ってくれた。そこそこ大きかったのに取れなかったなんて、ちょっと不思議。
飛雄くんは取ったそれをじっと見つめてる。孝支ならそのまま食べるんだけど、そうじゃないのかななんて考えて見ていたら、飛雄くんはもうとっくに食べ終えていた肉まんの紙屑にそれを包もうとしようとしているのを見て慌てて声をかけた。
「あっ、待って待って」
「え?」
勿体ない。そう思いながら飛雄くんの手を取ると、飛雄くんが摘まんでいた欠片を私の口に運んだ。うん、美味しい。食べ物に罪はないもんね。
「!」
「ん?」
意を決して取った欠片をどうするか考えて、肉まんの紙屑に包むことにした俺がそれをポケットから出すと、名前さんは待ってと声をかけてきた。何かあるのかと顔を向けた時には名前さんの小せえてが俺の右手を掴んでいて、そのまま俺が摘まんでいた欠片を食べた。
一瞬だけ触れた唇の熱。俺のとは違う、柔らかくてしっとりとしたそれが俺の指に触れた。一瞬の出来事のはずなのに俺の指にはしっかりその感触が残っていて、こっちを見上げてくる名前さんの小せえ口に目が行った。
「……」
駄目だ。昨日ようやく俺の想いが届いたばっかりだっていうのに此処で手を出したら――。
「飛雄くん?」
――駄目なのは俺の方だ。
目を丸くしてる名前さんの肩を引き寄せて背中を屈めれば、目の前に名前さんの顔。そのまま目を閉じれば、あの熱に触れた。
「!」
「っは……」
ほんの一瞬。でも名前さんの唇に俺のそれが触れた。何か怖くて名前さんの顔が見れなかったけど、しばらくしても何も言わないことに不安を感じてゆっくり顔を向けた。
「え」
「……っ」
顔、真っ赤だ。
「あっ、ス、スンマセン! その、急に……」
「と、飛雄くん」
「は、はい……」
「……かなり、ドキドキしたかも」
「え」
焦って謝れば名前さんからは予想もしてなかった返事がきた。……つまりは、嫌じゃなかったってことなのか?
「……びっくりしたけど、その、嬉しかったよ?」
「そ、そうですか……」
何だかドキドキしちゃうねなんて言いながら残りの肉まんを平らげた名前さんはベンチから立ち上がると、そのまま俺の手を引っ張った。
「帰ろっか、飛雄くん」
「は、はい!」
その小さな手を握り返して荷物を持った俺は、そのまま名前さんの隣を歩く。小せえ背に小せえ歩幅、それに合わせて歩く帰り道。
「――名前さん」
「ん?」
「俺、やっぱり名前さんのこと好きだ」
「!」
そう言った俺の顔は、今まで以上に上手く笑えていたかもしれない。
どう考えたって初恋の相手には壁が高すぎる。でも好きになったらもう仕方がなくて、どんなに無防備で恋愛面では無知で無垢な少女だったとしても、結局最後は君で良かったと言えたなら、幸せだと思える。最高の恋でしたなんて言う頃にはきっと、恋が愛に変わっている時だ。
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