日曜の早朝。何時ものコースのランニングはバレーを始めてからの日課だ。
ストレッチを入念にしてから家を飛び出して三十分、俺の右足から物が千切れる音を聞いて足を止めて膝を折る。
「げっ……」
靴紐切れた。くっそ、何時もの半分ちょっとしか走ってねえのに。しかもこれ、ついこの前換えたばっかだろ。でもこのまんま走んのは無理だし一回帰んねえと……。
「どうしたの?」
「え」
声をかけられて顔を上げたら、其処には年上っぽい感じの女の人。色の薄い髪の毛が何となく目に入った。
「あー……いえ、靴紐切れて」
「え? あ、本当だ。じゃあ換えの紐持ってきてあげる」
「えっ」
「私の家この近くだから。それに弟と同じ靴みたい……ちょっと待ってて」
「え、あの」
……行っちまった。でも、知り合いでもねえのに靴紐くれるって救世主か。家に帰る手間は省けるけど何か悪いことした気がする。取り敢えず道の真ん中で待つものあれだし、そこら辺の端で待つか。
俺が道の端に移動してから十分くらいであの女の人は戻ってきた。靴紐と何か持ってるみてえだけど、何かの用事のついでか?
「お待たせ。はい、どうぞ」
「何かすんません。催促っつーかそんな感じしたりして」
「ううん全然。困っている時はお互い様。合うかどうか分からないから、換えてみて」
にこにこと笑って勧められるまま俺は靴紐を換えた。確かに同じメーカーのやつだけどよく考えたらこれ、陸上とかランニングとかする奴がよく使う靴なんだよな。この人の弟っていうのもそういうのやってるのかもしんねえ。
そんなことを考えながら靴紐を換えた俺が千切れたそれをポケットに押し込んで立ち上がると、目の前にスポドリが差し出された。勿論その出所はひとつ、あの女の人の手からだ。
「えーと……
「お疲れ様。貴方って何時も此処走ってるでしょう」
「え」
「あれ、毎日何時もやっていない?」
「いや、そうッスけど……」
何で知ってるんだ。まあこの辺りは住宅街だから見られててもおかしくねえけど、早朝近いこの時間に起きてるのかこの人。
「私、家近くだって言ったでしょう? 貴方が走っている様子が部屋の窓から見えるの。それ見てて、あんなに頑張っているの格好良いなって」
「え」
「今日は偶々外に出た帰りだったから外で見る事になったけど、道の端でしゃがんでいたから気になっちゃって」
「え、あ……」
「貴方みたいに真っ直ぐに前を見て頑張っている人って素敵だと思う」
「!」
「貴方の努力は結果になると思うよ」
それを聞いた俺が、その後何を喋ってどうやってその人と別れたか覚えていない。気付いたら俺はその人がいない道の端にボケーっと立っていて、やけに震える手でスポドリのボトルを握っていた。
「……あの人、誰なんだ」
妙に頭に残る笑顔。素敵とか努力が結果になるって言われた声も耳に残ってる。さっきまでバレーのことと朝飯のことしか考えてなかった俺の頭にその人のことだけが残り続けて、それは朝飯食ってボール触った後もずっとそのままで。意味が分かんねえけど、つまりはバレーとメシ以外にその人の事も考えるようになった。
あと、貰ったはずのスポドリのボトルが妙に熱かったのは気のせいじゃなかった。
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