「……影山がなあ」
「……何か俺の方が申し訳なるくらいに純粋だった。初恋らしいし」
「初恋かあ……」
あれから早朝練習を終えて教室に入った菅原は影山に了承を貰った上で澤村に事情を話していた。それを聞いた澤村は保護者のような顔つきでそう言葉を漏らし、菅原も片手を額にあてて少し笑う。
健全な男子高校生である澤村と菅原から見ればかなり可愛い恋愛をしている影山。からかうを越えて応援して見守りたくなる心境に至っていた。
「それで相手は?」
「それがさっぱり。家も何処だか分かんないし会えるかも分かんないし。それ言ったら影山が顔青くしてた」
「だろうなあ……。でも年上っぽいんだろ」
「でもそんなに上って感じでもないらしいから、もしかすると大人びて見えるけど同級生とか一つか二つ上とかじゃないかとは思ってるけど。それにしても一目惚れとか初々しいよなー」
「だな。何か影山っていうのもあるんだろうけど応援してやりたくなるよ」
今時あり得ないくらいに純粋な後輩の初恋に澤村と菅原は少し笑って、どうにかして相手の女性を探し出せないものかと考えてはみたが有効な手段は思いつかなかった。そもそも何処まで口を出して良いものかも分かっていない状況なのでこちら側から何かと世話を焼くのも違う気がするとお互いに苦笑いをして、菅原は自分の鞄を開けた。
「……あれ?」
「どうしたスガ?」
「あー……いや、ちょっと待って」
少し手を止めた菅原だったが澤村の声で再び鞄の中を漁り始める。何かを探しているようだったがしばらくして彼は小さくため息をつくと鞄の口を閉めた。
「何か忘れ物か?」
「……放課後に出す書類忘れてきた」
「大丈夫なのか、それ」
「ファイルに入れたと思ったんだけどなあ……まあ明日でも大丈夫。早めに出しておきたかったけど仕方ないか。家に取りに帰るの無理だし」
苦笑いをした菅原に澤村も少しだけ笑って、話がちょうど切れた頃に一限のチャイムが鳴り響いた。
「ねえねえ名前ちゃん。今日は放課後、暇してる?」
何時も通りの授業日程とホームルームを終えてざわつく校舎内。廊下で声をかけられた名前がそちらへ顔を向けるより早く、声をかけた本人が名前の目の前に姿を現した。茶髪を整え学校外でも噂になる程のイケメン、バレー部主将の及川が機嫌良さそうな笑顔を浮かべていた。
「それで今日は練習見に来てくれる?」
「駄目。弟の忘れ物を届けないと」
「ええー!?」
かなりオーバーに残念がる及川だったがそれで引き下がる男ではない。それを知っている名前は到着する予定が少し遅れてしまいそうと思いながらも、少しくらいは目の前の及川の話に付き合うことにした。
「その弟くんに取りに来てもらうとかさ家で渡すとかじゃ駄目なの?」
「駄目。忘れ物の期限近かったから」
「ええー……」
「おいクズ、また名前に絡んでんのか」
「痛っ! クズは酷い!」
やはり引き下がらなかった及川に名前が苦笑いしていると及川の後方から岩泉が姿を見せて、何時も通り彼の後頭部を引っ叩いた。それに及川が怯んだ隙をついて名前は岩泉の腕に抱き着くと彼の影から及川を見上げ、それを見た及川はあっと声を上げて岩泉は顔を赤くした。
「おい名前!」
「一くんみたいに可愛かったら考えなくもないけれど、及川はそういうところが全然ないから駄目」
「初心じゃなきゃ駄目とか理不尽! それに今更だけど、岩ちゃんのくんは名前で呼ぶのに俺だけ名字っていうのも納得いかない!」
「おい名前、いい加減離れてくれないか……」
「一くん可愛いからまだ駄目」
「それ意味分かんねえから……」
「ちょっと俺置き去り!」
文句を並べる及川の話よりも岩泉を可愛がることを優先している名前に彼がまた文句を重ねれば、ようやく名前と岩泉の顔が彼に向けられた。それはそれでまた悔しい及川が眉を寄せると岩泉は面倒なことになったとため息をついて、腕に抱き着いている名前へ顔を向ける。
「なあ名前。お前、そろそろ弟んとこ行かなくて大丈夫なのか?」
「あ、いけない。それじゃあまた明日ね」
「ええ!? ちょっと名前ちゃん!」
すっかり忘れていたという顔で岩泉から離れた名前は鞄を持ち直すと、そのまま二人に手を振って小走りで廊下の奥へと消えて行く。それを及川が追いかけようとしたが岩泉に首根っこを掴まれそれは叶わなかった。
「ちょっと岩ちゃん邪魔しないでよ……」
「煩せえ。お前いい加減名前追いかけんの止めたらどうだ」
「やだ!」
「……」
「あいたっ!」
輝かしい笑顔でやだと答えた及川に苛ついた岩泉は再び彼の後頭部を引っ叩き、その横をすり抜けるようにして体育館へ向かう足を進める。それを追いかけた及川が隣に並ぶと、嬉々として名前の話を始めた。
「だって俺に靡かない女の子初めてなんだよ。あーんなに可愛くて頭も良いし、全体的にふわふわしてて俺のタイプっていうか!」
「ああそうかよ」
「それなのに岩ちゃんばっかり構ってもらうとか何それ狡い!」
「知るか」
「あれ、岩ちゃん顔赤い――あいたっ!」
「黙れ」
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