全く、こんなに大事な物を私のファイルに入れちゃうなんてどうしたのかしら。同じ物だとはいえそんなに間違えないと思うんだけれど……。近くに置いていたし仕方ないといえばそうなのかもしれないけれど。
バスを降りて弟の学校近くまで来た名前は入校許可証が入ったパスケースを鞄から出すとそれを首に下げ、慣れた様子で校門を潜る。違う高校の制服なのでかなり目立ってはいるがそれも何時ものことなのか気にする様子はなく、何度も足を踏み入れているのか行き会った教師も気にすることはなかった。
「ええと、今日も練習があるって言っていたから第二体育館かな」
第二体育館では何時も通り男子バレー部がスキール音を立てながらボールを追いかけていた。しかし何時も通りである風景の一角では影山がミスをいくつか繰り返していて、原因が分かった為かそれは朝よりも少し酷くなっているようにも思えた。
その原因を特定してしまった菅原とそれを促す形になった澤村は若干苦笑いをしていたが、事情を知らない日向はまた顔面だぞと声を上げている。さすがにこれは重症だと顔を見合わせた澤村と菅原は烏養に休憩を申し入れ、十五分の休憩が入ることになった。
「……すんません」
「いや、何ていうかこっちこそゴメン」
朝のように影山を呼んだ菅原は其処に澤村も交えると少しだけ苦笑いをした。こればかりは本人の気持ちの問題なので何か出来る訳でもないが、此処まで支障が出ているのは影山としても頭を悩ませているらしく二重の意味で頭を抱えている。
その様子に澤村と菅原が顔を見合わせた時、ボールが外に出ないように閉め切っていた第二体育館のドアが開いた。
「こんにちはー」
それと同時に可愛らしい女の子の声。それに反応したのは菅原をはじめとした三年生と二年生――そして何故か影山。
第二体育館に到着した名前は中からボールの音が聞こえないことを確認してドアを開けると、何時も通りに挨拶をして足を踏み入れた。ちょうど休憩中らしい事を察した名前はほっと息をつくと、こちらに歩み寄ってきた潔子に笑顔を見せた。
「こんにちは、潔子ちゃん」
「久しぶり。今日はどうしたの?」
「うん、忘れ物を届けに――」
「どうしたんだよ。今日来るって聞いてなかったけど」
名前の言葉の途中で彼女に駆け寄ってきたのは菅原で、慣れたように彼女に声をかけた。名前は菅原へ顔を向けると鞄から一枚の書類を取り出して菅原に手渡し、それを見た菅原はあっと声を上げた。
「え、何で持ってんの?」
「ファイルを見たら入っていたの。同じの使っているから、孝支が間違えて入れたと思うんだけれど」
「うわ、それはない訳だ……わざわざありがと」
「どういたしまして」
にこにこと笑う名前に次に声をかけてきたのは田中と西谷で、相変わらず可愛いっすね! と興奮気味に話しかけている。それに久しぶりと返している名前の脇では菅原が困らせんなよーとその話に加わっていて、それを遠巻きに見ていた澤村が仕方ない奴らだと少し笑った。
「え、あ……」
「ん? ああ影山たちは初めて見る顔だよな。あの子は――」
「スガさんの……か、彼女サン、ですか」
「え? いや違――」
何かやけに顔が赤い上に呆然としている影山の言葉を澤村が否定するより早く、名前の顔がこちらに向けられる。それにビクリと体を震わせた影山の様子に澤村が怪訝そうに眉を寄せたが影山はそれどころではなく、こちらを見ている名前から目を離そうにも離せない状態になっていた。
「あれ、あの子……」
「え?」
偶々視界に入った大地くんの隣、其処で私をじっと見ている男の子。まさか此処のバレー部だったなんて思ってもいなかった。孝支が何かあったのと声をかけてきたからちょっとあの子とお話してくると言って足を進めると、えっと驚いたように声を上げてついてくる。うわあ、まさか此処で会えるなんて本当に思ってもいなかった。
名前はわくわくしながら澤村と影山が居る方へ足を進めると立ち尽くしている影山の前で足を止め、にっこり笑った。
「こんにちは。まさか此処で会えるなんて思ってもいなかったから、びっくりしちゃった」
「あああ、あの時はありがとうございました!」
「……え?」
妙に親しげな名前の言葉と挙動不審過ぎる影山の様子。それに引っ掛かるものを感じた澤村と菅原が素っ頓狂な声を漏らしたが、名前と影山には聞こえていなかった。影山に至っては名前と話をするにも精一杯らしい。
「今日もランニングしてたよね。お疲れ様」
「み、見てたんスか!?」
「うん、見えるって話したじゃない。あの頃にはもう起きているから」
「そ、そうなんスか……」
「……いやいやいや、ちょっと待って」
このままでは世間話が盛り上がって聞くタイミングを逃してしまうと言いたげな菅原が話に割り込むと、名前は不思議そうに小首を傾げる。首を傾げたいのはこっちの方だと言いたげな澤村と菅原はまさかと思いつつも、菅原が本題を切り出した。
「あのさ、影山と知り合い?」
「うーん、知り合いなのかな?」
「えっ……」
「うん、聞き方を変えよう。影山とどっかで会ったの?」
菅原の問いかけに悩み始めた名前の反応に傷付いた様子の影山。それに気付いた菅原が即座に聞き方を変えれば名前はひとつ頷いて、にっこり笑った。
「日曜日の朝に何時も彼が走っているの見ていたんだけど、靴紐が切れて困っていたから孝支の靴紐ひとつあげたの。それとスポーツドリンク。ね?」
「は、はい!」
「……」
やっぱりそういうことか。
名前の返答で全てが繋がった澤村と菅原はゆっくりと顔を見合わせ、何があったのかと不思議そうにしていた名前が声をかけると菅原は曖昧に笑った。
「うん……いや、何でもないよ」
「! や、やっぱりスガさん……」
「……スガ、影山に色々と誤解が生じてるから何とかしてやってくれ」
「えっ? あ……そうだよな、うん」
名前の頭をくしゃくしゃと撫でた菅原に影山がショックを受けている様子に気付いた澤村がそう声をかければ、菅原は合点がいったというように名前の肩に右手を置くと不思議そうにしている彼女を見下ろす。
「ほら、自己紹介」
「えっと……影山くんだよね。下の名前は?」
「! 飛雄、です!」
「じゃあ、飛雄くんね。はじめましてじゃないけど、取り敢えずはじめましてで良いのかな。私、菅原名前。青葉城西高校の三年生です」
「……へ?」
「孝支とは双子で、私がお姉さんなの。名字が一緒だから私のことは名前で呼んでほしいな。宜しくね飛雄くん」
「!?」
菅原という名字に双子の姉、そして青葉城西高校の生徒。立て続けに衝撃の事実を聞かされた影山は全く声が出ておらず、澤村と菅原はその気持ちは分からないでもないと言いたげに曖昧に笑うことしか出来なかった。
「え、あの……スガさんと双子で、お姉さんなんスか」
「うん、そうだよ」
「……」
「うん、そういうこと」
ようやく絞り出した第一声、さっき説明したのにと面倒がることなく肯定した名前。マジなんですかと言うように影山は菅原に顔を向ければ、彼は曖昧に笑ったまま同じように肯定した。
「……マジっすか」
「マジ。何かゴメン。俺全然気付かなかったっていうか……その、まさか俺の姉さんだとは思ってなくて」
「……」
「影山、頑張れよ。スガも応援してくれるから」
「うん。俺、本気で応援してるから」
「三人共、何の話してるの?」
捜索は難航するかと思われた矢先に飛び込んできた新事実――影山が一目惚れをした初恋の相手は、菅原の姉だった。
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