私が呆然と澤村くんを見送った後、彼と話す機会をくれた菅原くんは慌てて駆け寄ってきた。話は途切れ途切れにしか聞こえなかったらしいけれど、何だかとてもその時はいっぱいいっぱいだったからちゃんと話を聞けていなかった。でも、大変なことになったと呟いていたことだけは覚えていた。

 それから菅原くんは私に気を遣ってくれているのか、澤村くんの話はしなくなった。



「……ごめんね」

 何時もなら失敗しないステップが上手く踏めない。聞き込んだ曲も頭の中でふわふわしていて、集中出来ない。イベントも近くなってきたから、私の不調もあって校内に告知の貼り紙をしてきてから練習を再開しているけれど、どうしても駄目だった。

 周りの皆には大丈夫かと心配されたけれど、きっと怒っているに違いない。だって今回はほとんどの演目を私のセンターで組んでいるから。

「……本当に、ごめんなさい」

 謝ることしかできなくて、本当に悔しかった。

 その日は結局、そのまま自主練習という形で解散になった。センターがいなくてもダンス練習は出来るけれど、やっぱり本番が近くなってくると全体のバランスや構成も見ながら練習しないと意味がなくなってくる。

 本当に申し訳なくて直ぐに帰り支度をしてそのまま帰ろうとしたけれど、ふいに見えた第二体育館の灯りに目が止まった。……バレー部、こんなに遅くまで練習しているんだ。

「……ちょっとだけ」

 少しだけと自分に言い聞かせて何時もの窓から覗き込むと、バレー部の練習がしっかり見えた。そして当然澤村くんの姿もそこにある。

「……」

 どうして謝られたのか分からない、どうして怖がってるなんて言われたのかも分からない。でもそれでも、一番分からないのは――あの時、澤村君が怒っているようなでも悲しそうな顔をしていたこと。

 跳ねるボールとそれを追う部員の皆をぼうっと見ていたら、誰かがふいにこっちを見た。背の高い黒髪の男の子、見たことがないから多分一年生。切れ長の目がちょっと怖い。

「……」

 目を離すにも離せないし、逃げるにも逃げられないような感じがした私はしばらくその人とにらめっこをしていたけれど、その子が澤村くんに声をかけたのを見て慌ててしゃがむようにして頭を引っ込めた。

「……菅原くんが言っていたあの意味、聞いて、みないと」

 そうじゃないと、いけないような気がする。



 部活後の自主練習。誰かに見られてる気がした俺は気配がする方に顔を向けた。

「!」

 第二体育館の端にある窓。其処には人の顔があった。まさか本当に誰かに見られてるなんて思いもしなかった。

 其処から顔を出していたのは女子で、何かビクビクしながら何かをじっと見つめている。それからしばらくして俺と目が合って、更にビクビクし始めた。誰を見てるかなんて知らないけど、俺が顔を向ける前には違う所を見てたっぽいから多分俺じゃない。そもそも知らない顔だ。

「何してんだ、あの人……」

 よく分かんねえけど……もしかしたら誰かに用があって声かけらんねえのかもしれねえ。男ばっかりの所だし、見るからに気が弱そうな感じだ。自分で行っても良かったけどもしかしたら知り合いかもしれねえから、取り敢えず近くに居た澤村さんに聞いてみることにした。

「澤村さん」
「どうした、影山?」
「あの、窓の外に誰かいるんですけど……誰かの知り合いですか?」
「え?」

 俺がそう声をかけると澤村さんは驚いた顔をして例の窓の方に顔を向けた。……俺まだ何処の窓か話してねえんだけど。場所分かるってことはやっぱ知り合いか?

「……誰もいないぞ」
「え」

 澤村さんの声でそっちに顔を向けたら、さっきまで居た女子はもう其処にいなかった。もしかして待てなくて帰ったのかと首を傾げると、澤村さんは困ったように笑って俺の方に顔を向ける。

「見間違えじゃないのか? ……誰かなんて、いるはずないだろ」
「え?」
「きっとそうだよ。ほら、日向がサーブ待ってるぞ」
「オ、オス!」

 澤村さんはそう言いながら一瞬寂しそうな顔をした気がしたけど、それも俺の見間違えかもしれない。でもついさっきまで、あそこに名前も学年も分からない女子が居たのは確かだ。

 

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