「名字、あのさ……あのことなんだけど」
「!」

 あの時の言葉の意味を何時聞こうか考えていた私に声をかけてきた菅原くん。私は持っていた本を慌てて片付けると菅原くんの誘いに乗って、また中庭に来ていた。

 菅原くんはあの時にもうちょっと時間を取っていたらあんなことにはならなかったと謝ってくれた。でも謝るのは私の方。だって菅原くんがくれたきっかけを無駄にしてしまったから。……本当に自分が情けない。

「……あの、菅原くん」
「ん?」
「あの、その時に言ってた……大変なことになった、って?」
「あ……」

 思い切ってそれを聞いてみると菅原くんは眉を寄せた。……あんなに困った顔、初めて見るかもしれない。しばらく菅原くんは顔を伏せて黙ったままだったけど、何かを考えているような感じがしたから声はかけなかった。少しして菅原くんは私に顔を向けて、もうその時にはさっきまでの困った顔はしていなかった。

「……多分、というか絶対。大地は誤解してる」
「え?」
「あの時、途切れ途切れにしか聞こえなかったって話はしたけど……しばらく名字は何話そうか考えて色々言ってたと思う。そん時さ」

 ――菅原君……その、た、助けて……。

「――って言ってなかった?」

 ……頭が真っ白だったから自分で何を言ったのかあまり覚えていないけど、これはちゃんと覚えてた。だってようやく話題が見つかった時だったから。菅原くんが私を助けて此処に澤村くんを呼んでくれたって言おうとしたはずだ。

「うん……それが、どうかしたの?」
「あー……それさ、名字はその気がなかったとしても、大地を怖がって俺に助けを求めてるようにしか聞こえなかったっていうか」
「え」
「此処に来るはずの俺が来ることを信じて助けを求めてる感じって言えば良いのかな……。だから大地はあんなこと言って立ち去ったんだよ」

 凄く勘違いだけどさ。

 そう言って頬を掻いた菅原くん。……まさか澤村くんにそんな風に思われているなんて考えてもいなかった。だからあの時……怖がらせてごめんって言ってたんだ。でも、怒っているようなでも悲しそうな顔をしていたのはどうして?

「澤村くん、その時……怒ってるような、でも悲しそうな顔してたの。……どうしてだろう」
「えっ」

 菅原くんがびっくりした声でそう言って目を丸くしたから、私もちょっと驚いて体が震えた。どうしたんだろう……何かおかしなこと言ったかな。首を傾げた私の肩を菅原くんは掴んできて、さっきまでのびっくりした顔は何処に行ったのか、今度は目を輝かせて笑顔を浮かべていた。

「名字、それもっと早く言ってよ!」
「え? あ、あの菅原く――」
「まだ大丈夫。そうだ、話ができないなら手紙だけ書こう!」
「え、あの……え?」

 全然話が見えてこない。そんななかで良いことを思いついたと言いたげな菅原くんからひとつの課題が出された。それは、澤村君に宛てて手紙をひとつ書くこと。

 その手紙のおおまかな内容を聞いた私は目を丸くしてそんなのできないと言ったけど、澤村くんに誤解されたままで良いのかと言われたから、首を横に振るしかなかった。

「大丈夫。手紙なら名字だって書けるだろ?」
「か、書けるけど……」
「心配なら俺が見てあげるからさ。……もうさ、いい加減名字にも大地にも笑って欲しいから」
「菅原くん……?」
「何でもない俺の独り言。じゃあそういうことで。手紙の下書きは明日見るから!」
「えっ!」
「名字のことだから、何度も書き直しするだろ。それにあんまり時間ないしさ」

 そう言った菅原くんにまた連れられて教室に戻った私は、手紙をどう書こうかと頭を悩ませた。

  

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