それから何日も手紙を書いては書き直して、そしてようやく出来上がった手紙は菅原くんも納得する出来栄えだったみたいで――俺もこんな手紙欲しい。なんて言ってくれた。少しだけ嬉しい。あとはこれを――。

「靴箱に入れるだけ、なんだけど……」

 それが結構難しい。小説や漫画では定番だけど、靴箱って人が結構出入りするからタイミングが見つからない。でも手渡しなんてもっとできないから此処に入れるしかない。

 今までは放課後や休み時間に入れようかとも思ったけど、やっぱり人目がある。だからいっそ早い時間に来て入れてしまった方が良いと思いついてダンスの自主練習を兼ねて学校に早くきた。

「……誰もいない」

 朝早くに来てみれば誰もいなかった。それにほっとして自分のクラスの靴箱に向かうと自分の靴箱を通り過ぎて澤村くんの靴箱の前に立った。澤村くんもバレー部の練習があるからそれが終わってから此処に来るはず。だから鉢合わせることはない、はず。それに菅原くんに今日入れるって話をしたから……これも多分、こっちに来ないようにしてくれているはず……。

「……」

 蓋つきの靴箱をそっと開けるとやっぱり其処には上履きしか入っていなかった。それにほっと胸を撫で下ろした下の大きなスペース、靴が入るその場所にそっと手紙を置いた。白い封筒に入れたからきっと気付いてくれるはず。

「……私、頑張らなきゃ」

 この手紙はきっかけのひとつで、私はまだやらないといけないことがある。その為にもダンスを頑張らなきゃ。目の前にあることをひとつひとつ、丁寧に真剣に頑張らなきゃ。

 靴箱の蓋をそっと閉じた私はそのまま何時もの場所に向かった。




「それでさー」
「ああ、あの時のだろ? あれは影山と日向が――」

 スガと旭の会話を聞きながら朝練を終えて校舎に向かう。今までと何も変わらないはずなのに、気分はモヤモヤしたままだ。それもきっと、名字とまともに会ったあの話が残っているからに違いない。あの時、その場所に来るはずのスガに助けを求めた名字。顔を伏せて俺を怖がって、震えてた。

「……」

 何で俺じゃ駄目なんだ。すっきりしない、そもそも諦めきれない俺は潔さが足りない。あんなに拒否されていたなら、もう仲良くなるどころか関わることすら難しいのは分かり切ってるのに。

 妙に重い足を進ませて昇降口の靴箱を開けた俺は、中に入っている白に目が行った。

「え」
「どうした、大地――って、え!」
「……」

 俺以上にお前が驚いてどうするんだ。俺の視線の先にあった物、それは一通の手紙だった。手紙と入れ替えるように靴をしまって上履きを出すと、それを履きながら封筒の裏を見る。名前は――書いてなかった。

「え、あの……それってそういう、やつ、だよな?」
「……そうみたいだな」
「ええ、俺初めて見た……」
「俺もだよ」

 だから何で俺以上にお前が動揺してるんだ――いや、もう良い。取り敢えず此処で開ける訳にもいかないから鞄の中にそれをしまった。スガが妙に静かだったことにその時点で気付かなかった俺はその手紙の持ち主が誰か察することはできなかった。



 手紙を何時開けるか迷ってる内に放課後になって、誰もいなくなった部室でそれを開けることにした。封筒の中には半分に折られた紙が二枚、手紙らしいそれがひとつと便箋よりも厚手の紙が一枚入っていた。……取り敢えず手紙から目を通すべきだろうな。

「……これが今日の昼休みの呼び出しだったら悪いことしたな」

 ゆっくりと手紙を開けて目に入ってきたのは、一番下に書かれた名前。

「……え、名字?」

 確かに其処には名字名前と名前が書かれていた。ちゃんと学年も書いてあるところを見て同姓同名の別人という馬鹿な考えはしないで済んだが――でも、どうして……俺に手紙なんか出してきたんだ。

 あの臆病で人と関わることが苦手な名字が書いた手紙、直ぐに書けなかった物だということは直ぐに分かった。名字をずっと見てきた俺には直ぐに分かる。それにきっと、靴箱に入れるのも苦労したに違いない。

「……読むか」


 ――澤村くんへ。

 突然お手紙を出してごめんなさい。きっとびっくりしていると思うけど、直接お話する勇気がなくてこうしてお手紙を書かせてもらっています。本当にごめんなさい。

 ……この前、澤村くんとお話した時。何を話したら良いのか分からなくなって色々誤解させてしまうようなことを言ってしまったことをまず謝らせて下さい。本当に、ごめんなさい。あの時私が言いたかったのは、あの場所に菅原くんが私を助けてくれて澤村くんを呼んでくれたということです。それがきっと、あの時、澤村くんを困らせてしまったんですよね……私がお話するのが苦手だから、誤解させてしまったんです。

 だから、その時のことを直接謝らせて下さい。それと……澤村くんに言いたいことがあるんです。上手くお話出来る自信は全然ないけれど、それでも言いたいことがあるんです。

 それを聞いてくれるのなら、今度のダンス部のイベントに来てもらえると嬉しいです。私、精一杯踊ります。



「――あの時、澤村くんが凄いと言ってくれたダンスをまた見せたいから」

 そんな前のこと覚えていてくれたのか。

 嬉しくて少しだけ皺を寄せてしまった便箋をこれ以上ぐしゃぐしゃにしない為にそれを折り畳んで便箋にしまうと、もう一枚の紙を開く。それはダンス部が貼り出していたイベントのチラシだった。

「……誤解、か」

 よく考えてみればそうかもしれない。名字が人と関わることが苦手でも、それを本気で怖がって助けを求めることなんてなかった。求める相手がいなかったと言えばそれまでかもしれないが、それでもそんなことをする人じゃない。目の前のことで頭がいっぱいになっていたのは俺の方だったのか。

「……俺の方こそ、悪いことしたな」

 チラシに視線を通すと、その日付はちょうどバレー部の練習がない日曜日だった。

 

prev next