――黒のダンスシューズ、金色のアクセサリー。普段はしないラインとマスカラ多めのメイク。そして大きなステージ、一緒に踊るダンス部のメンバー。
何ひとつ不足なんてない。それにダンス部の皆には色々と協力してもらうことにした。皆快く引き受けてくれるだけじゃなくて背中も押してくれた。
「……頑張らなきゃ」
開始五分前のブザーはとっくに鳴り終わってる。ステージの両脇でメンバー同士でアイコンタクトをした時、会場のライトが落ちた。
「……もう直ぐか」
開始五分前のブザーが鳴ってからの時間が妙に長く感じる。名字の誘いを受けて第一体育館に来ていた俺は席で時計を見ながら開演を待った。……話したいことがある、か。
「何だろうな」
そう呟くが早いか会場のライトが落ちた。それにかすかに聞こえた足音と、暗がりでも少しだけ見える人影。それに気付いた時にはまたライトが上がって、同時にアップテンポな曲が流れ始めた。
ダンス部に声援を送る周囲の声と大音量で流れる曲、それを聞いている俺の目にはセンターで踊る名字の姿がしっかりと映っていた。
「……相変わらず、凄いな」
何時もの名字なら考えられない。あの笑顔も挑発的な視線も、そして肌が眩しい衣装も、全部の雰囲気が変わる。でも、どっちも名字だ。
色っぽいダンスから女の子らしい可愛いダンス、それからワイルドで格好良いダンス。時間にして三十分、ずっと踊りっぱなしのダンス部の体力に改めて舌を巻いた俺はMCをしている部長の声に耳を傾けていた。
「次で最後か……」
どんなダンスを見せてくれるのかと期待していると俺の耳に届いたのは、アップテンポな女子の曲――初めて名字とまともに話した時、彼女が見せてくれたダンスの曲だった。
「!」
センターで笑顔を浮かべながら一生懸命に踊る名字。キラキラと輝いていて眩しくて、でも目が離せない。あの時以上に上手くなっていることは直ぐに分かった。沢山練習したんだろう。本当に、名字は何時も一生懸命だ。
たった五分程の曲は直ぐに終わってダンス部のイベントは終わりを告げた。部長が礼を言う声がマイクで俺達のところまで届いて、周囲は拍手を贈っている。俺もそれに漏れず拍手をしていると、部長は後方にいる部員に顔を向けると指を鳴らした。
「?」
何が起こるのかと思えば部長の合図と一緒に会場の灯りが落ちた。拍手が止んで周囲の人間も驚いて次のアクションを待っていると、俺の腕が急に引っ張られた。
「!」
「さ、澤村くん」
「その声……名字か?」
「う、うん……あ、あの。こっち、来て……!」
「え? ……あ、ちょっと待てって」
控え目な名字の声、そして引っ張られる腕。でもそれを拒む理由がない俺は名字に連れられるまま体育館の外に出ると、しまったドアの音が合図だったかのように体育館の中はまた騒がしくなって曲が聞こえてきた。
「っ……」
そんな中、衣装のまま体育館を出た名字は慌てて俺の腕を離すと、上がっている息を整えて真っ直ぐに俺を見上げた。……名字が俺を真正面からちゃんと見てくれるなんて、これが初めてじゃないか?
「っ……」
ダンス部の皆の協力、凄くありがたい。ステージも上手くいったし、澤村くんを会場の外に連れ出すこともできた――あとは、私が勇気を出すだけ。あれだけ準備して心構えもしてきた、だからきっと大丈夫。
私はゆっくり息を整えると澤村くんを見上げた。ダンスの後だから不思議と臆病な自分はいなくて、何時もの不安も何故かなかった。とても、不思議。
「澤村くん」
「名字」
「まず、は……今日は来てくれて、ありがとう」
「いや。こっちこそ誘ってくれてありがとう。手紙、ちゃんと読んだよ」
……あんなに拙い手紙、読んでくれたんだ。
「あ、のね。それであの時、菅原くんに助けを求めたのは、その……違うの。助けを求めたつもりじゃなくて、助けてくれたって言おうとして……その、ごめんなさい」
「良いよ。俺の方こそ悪かった。勝手に勘違いして、名字を困らせたよな」
「う、ううん。……ええと、それでね」
話っていうのは。
それが上手く出てこなくてまた息を少しだけ止めてしまった。でも今日は近くに菅原くんは居ない。自分でどうにかしなくちゃいけない。真っ白になりそうな頭を引き戻してまた息を吸う。
「話、したくて」
「……うん。何?」
「あの、ね……」
どうして言えないの。
お話がしたいって言うだけなのに、喉に閊えて出てこないの。
「あ、う……」
こんな時に限って臆病な私が顔を出して、声が上手く出ない。このままじゃまた誤解されちゃう。どうしよう、そんなことしたくないのに。
頭が真っ白になりかけて顔を伏せた時、頭に優しい重みと熱を感じた。それに驚いて顔をゆっくり上げると其処には澤村くんが優しい笑顔を浮かべて立っていて、伸びる右手は私の頭の上にあった。
「ゆっくりで良いから。名字の話、待ってる」
「!」
澤村くんの優しい言葉。それに真っ白になりかけた思考が不思議と戻ってきた。
ちゃんと待っていてくれている澤村くんの優しさに泣きそうになったけど、今したいことじゃない。だから、ちゃんと伝えなきゃ。
初めて会った時私の名前を知っていてくれたこと、一生懸命だと褒めてくれたこと。ダンスが凄いと言ってくれたこと。
全部全部、私の小さな自信になっていた。まだまだ人とお話するのは苦手だけれど、澤村くんの言葉がなければきっとダンスもどこかで止めていた。
「……ありが、とう」
「!」
「澤村くんの言葉が、全部……嬉しかった」
――だから、ちゃんと言わなきゃ。
「私、澤村くんがすきです!」
「!」
「ああっ!」
「え、名字?」
ま、間違えた……。言いたかったことと違う! これからもお話して良いですかって言うはずだったのに、感情が高ぶり過ぎて言うこと間違えちゃった……ああ、どうしよう。何でこんなこと言うはずじゃなかったのに!
「あ、あの今のはその――!」
違うわけじゃないんですけど、違うんです。
そう言うより早く澤村くんが私を抱き締めてきた。それに頭がショートしかけたけど、息はしてる。何が起こったのか分からなくて口を開いたり閉じたりすることしか出来ない。
そうしていたら澤村くんが腕を緩めて私を見下ろしてきた。凄く優しくて温かくて、柔らかい色をした目をしていた。
「ありがとう、名字」
「!」
「俺、今凄く嬉しい。……俺も、名字が好きだから」
「え」
私のうっかりは意外にも、澤村くんとの関係を大きく変えてしまった。
そのうっかりで澤村くんは嬉しそうに笑っていて、私のすきと澤村くんのすきが一緒だったことが分かって――私もとても嬉しい。でもどうしても罪悪感があって、私は正直に此処でするはずの話は澤村くんと今後お話出来る機会が欲しかったことだったと話した。誤解されないように、すきということは嘘じゃないとも言って澤村くんを見上げると、彼はきょとんとした後クスクスと笑い始めた。
「え、あの……」
「ごめんごめん……ちょっと可愛かった」
「え」
「でもさ、これからはいくらでも話なんて出来るよ。……好きな人と、大切な彼女と話をする時間なんていくらあっても足りないくらいだ」
「! あ、あう……」
「こんな格好で何時までも居ると風邪引くな……ほら、ちゃんと着替えてこい。待ってるから」
「は、はい!」
背中を押されて体育館の脇から裏口に続く通路に向かった足取りは、何時もより軽かった。
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