第一印象は大人しそうな女子。でも暗いとかそういうんじゃなくて、本当にただ大人しい。
でも大人しくて話すのが苦手なのは直ぐに分かったけど、人が嫌がることを進んで……というか静かにやってしまうような女子だということも直ぐに分かった。
でも一番印象深いのは、何事にも一生懸命なところ。
「っあっちい……」
部活の体験期間を終えたばかりの頃。中学から続けている男子バレー部の練習が珍しくなくて集まれる部員だけでそれぞれに個人練習をしてた俺は、体育館の熱から一時避難する為に外に出た。
真っ青な空。まだ四月が終わるばかりだっていうのに体育館はあんなに熱い。でもあの熱気は嫌いになれないというか、むしろ好きな方だ。またチームでボールを追いかけられるのが相当嬉しい俺は、もう少ししたら戻るかと一人呟いて視線を外した。
「……ん?」
本校舎から少し離れている校舎裏に人影?
用もなければ滅多に人なんて近付かないこの場所に一体誰が居るんだと何となく気になった俺は靴を履きかえて外に出た。本当に影しか見えてなかったから何となくの方向で歩いて行った俺が見たのは、かなり驚かされる光景だった。
「……え、名字?」
あの大人しい名字が両耳にイヤホンをつけてダンスを踊っていた。しかも、その……かなり情熱的な感じなやつ。曲は当然聞こえないけど、細い腰をくねらせたりTシャツが翻ってチラチラと白い肌が見える。
女子とのそういう関わりがほとんどなかった俺はしばらくそれを見てたけど、しばらくしてハッと意識を戻してまた名字のダンスに目を向けた。
「普段あんなに大人しいのに、ダンスすると印象変わるな……それに、上手い気がする」
キレがあるとでも言えば良いのか、多分そういう感じだ。それにちょっとの動きも気を配ってるような気がするし、それに凄く格好良いと思う。
またしばらく見てたけど、黙ってこっそり見てるのも気が引けた俺は思い切って声をかけることにして足を踏み出した。近付いて行くごとに名字の熱が俺の肌を擽って、何だかバレーしてる時に似てるななんてぼんやり考えてたら目の前に影がかかった。
「え?」
そして俺の視界に入ったのはジャージの上着を放り投げる名字の姿とチラリと見えた薄い背中、それから俺の頭上に降ってきた上着。それに気付いた時にはもう遅かった。
「うわっ!」
「!」
一瞬で俺の視界を塞いだそれに思わず声を上げて上着を頭から退けると、俺の声でこっちに気付いた名字が青い顔をして両手を落ち着きなく動かしてた。俺、そんなに怖い顔してるとは思ってないんだけどな……。
「あっ……! ご、ごめんな、さい」
かなり申し訳なさそうに謝ってくる名字に俺も謝って降ってきた上着を返すと、名字は首を横に振って上着を握り締める。ああ、やっぱり人と話すの苦手なんだな。あんなにダンス上手いのに勿体ない。
「あ、あの……澤村くん」
「ん?」
「あの……行かなくて、良いの?」
どうやら名字は俺を行かせたいらしい。まあ普通に考えてそうだよな。集中してダンスの練習してたんだし。それに納得してああそうだなと言うと、名字は何処かほっとした顔をして上着を握る手を少しだけ緩めた。
何だ、そういう顔も出来るんだな。
「名字、何時も教室じゃ静かなのにダンス凄く上手いんだな。驚いたよ」
「え」
俺がそう言うと名字はかなり驚いた顔をして目を丸くした。初めはダンスを見られてた事に驚いたのかと思ったけど、名字が人差し指をちょこちょこ動かして自分を指し示しているようなのを見て、俺とほとんど話したことないのに名前知ってる理由が聞きたいんだろうな。
「あ、どうして名前知ってるかって思ってるだろ?」
「!」
「名字は分かりやすいなー」
そんなにちょこちょこ動かしてる指の存在、気付いてないんだろうな。普段大人しいしほとんど関わってはいないけど、名字が静かにしてることには気付いてたしクラスメイトの名前くらいちゃんと覚えてるよ。
それに、最初に名字が喋ってるところ凄く印象に残ってる。
「集団の自己紹介でさ、名字が一生懸命話してるの印象に残ってるんだ」
「!」
「人と話すの苦手っぽいのは見て直ぐに分かったんだけど、それでも一生懸命に話してて。ああ頑張ってんなーって思ってさ。それから気になってずっと見てて、クラスだとその……正直目立たないけど、皆が嫌がる掃除とかゴミ捨てとか静かにやってるの見るし」
「え」
「頑張り屋なんだなって思った」
「!」
人と喋ることが苦手なはずなのに逃げ出さないで一生懸命に喋っていた。誰かに話しかけられれば戸惑いながらも一生懸命に考えて返事をしていた。皆が嫌がって何となく遠巻きにしていることを静かに片付けて、それを自慢することもなく自分なりに一生懸命に集団生活の役割をこなそうとしていた。本当に一生懸命だと思う。
「あ、あの……」
「体育館暑くて外出てきたら校舎の影で誰かが何かしてるの見えて、何してるのか気になって出てきたんだ。そうしたら大人しい名字がダンス踊ってて驚いたよ」
「う……」
この機会に色々と話しておければ良いなと思ってそう言えば、何か悪い方に取られてしまったのか名字は微妙な顔をした。それを見て慌てた俺は話を続ける。
「あっ、別におかしいとかそういうんじゃないからな! その、ダンス詳しくないけど上手いと思うし格好良い、凄いと思って遠巻きに見てたんだけど、あんまり真剣だったから声かけないで見てるのも悪いと思って近付いたら急にジャージ脱ぐから驚いたよ」
「! ご、ごめんなさい!」
「あ、それはホント大丈夫だから」
言いたいのはそういうことじゃない。……遠回しに言っても伝わらないよな。
「……あの、さ。良かったらダンス見せて欲しいんだけど」
「え」
最初から素直に言っておけば良かった。俺が言いたかったことをようやく分かってくれたらしい名字は驚いた顔をして、そんなに上手くないと言ってきたけど、正直に格好良いし上手いと思うと言うと、名字は少し困った顔をしてから俺を見上げてきた。
「……その、このダンスの練習初めてからまだ間もないけど」
「?」
「振りも詰めてないけど、それでも、良ければ……」
ちょっと強引だったかもしれないけど、頼んでみて良かった。ようやく了承してくれた名字を見て嬉しくなった俺は緩む口を抑えないまま、取り敢えず邪魔にならなそうな場所を名字に聞いた。名字は周囲を見回して近くにある芝生を指差すと少しだけソワソワし始めて、邪魔になる前に芝生に移った俺が次に名字を見た時には上着を着ていて薄型のプレイヤーの準備が終わっていた。
こういうをしっかり見るのは初めてだから、何かワクワクするな。
「……ちょっと、緊張してるのか?」
小さい声で呟いた俺の声は聞こえていないはず。それでも心配になってどうするかどうか考えていると名字は少しだけ目を伏せて息を吐いた。
そして次に顔を上げた時には名字の顔には笑顔が浮かんでいて、ジャージに突っ込んでいた手が少しだけ動いたかと思うとプレイヤーから曲が流れ始めた。
「!」
アップテンポな女子の曲。
満面の笑顔で踊る名字は何時もの大人しさに反して、凄く身軽に飛んだり跳ねたりアクロバットを繰り出す。振りを詰めていないとは聞いていたが、何処が詰めていないのか分からない俺はただただそのダンスに目を奪われていた。
「――ふ、う」
「……」
曲が終わって上着を拾う名字をぼうっと見ていると、俺の方に顔を向けた名字はビクリと体を震わせて顔を青くした。その顔を見て我に返った俺は急いで名字に駆け寄ると、さっきまでダンスで使っていた右手を勢いのまま握った。
こんなに小さな手なのに、体を支えてアクロバットするんだから本当に凄いと思う。
「!」
「名字、お前凄いな!」
俺の感想に驚いてるのかと思ったけど、その視線が下に向いてる事に気付いた俺は慌てて手を離すと、このダンスがちゃんとした形で何時見られるのかと名字に聞いてみれば来月に体育館を借り切ってやる話を聞いた。それも他のダンスもやるらしい。
そうか、来月か……絶対に見に行きたい。名字のダンス、もっと見てみたくなった。
「そうか、来月か。日程決まったら教えてくれよ。俺、見に行くからさ」
「えっ」
名字の驚いた顔の意味、今度は直ぐに分かった。何だか自分が自分じゃないみたいでちょっと落ち着かなかった俺は少し苦笑いしたけど直ぐに名字の方へ意識が向く。
「正直今まではそんなに興味なかったけどさ、名字が踊ってるの見て良いなって思ったからさ。よっぽどのことがない限り、絶対見に行く」
「あ、う……」
「それに、名字が凄くキラキラして見えた。ダンス好きなんだなって伝わってきたよ」
凄く魅力的だった。
それは言えなかった俺だけど、凄く満足していた。大人しい名字の違う一面を誰よりも早く知れた、少なくとも他の男よりは。そんなちょっとした優越感の意味に気付くのに時間はかからなかった。
それから約束通り名字が所属しているダンス部のイベントの日程を聞いて予定をしっかり空けて当日を迎えた俺はやっぱり名字のダンスを食い入るように見つめていた。
何時もの名字からは考えられない服に化粧、それからダンス。下手だとは言ってたけどダンスのセンターで踊ってるってことは凄く上手いんじゃないかと思う。上級生と比べても、当然同期の一年らしい人と比べても断然名字が輝いて見えた。
「……まあ、贔屓目ってのもあるだろうけどな」
普段とのギャップ。周りの男子がギャップがどうのって話してたのを聞いたことはあるけど、俺もそれに弱かったらしく校舎裏の出来事からずっと名字から目が離せなくなっていた。
それからイベントを終えて出てきた名字に声をかけた俺は、ダンスは一度見たけど雰囲気が変わって見えたということを伝えると改めて名字に顔を向ける。
「やっぱり凄いな、名字」
「あ、ありがとう……」
そして、ふわりと咲いた笑顔。
ああ、やっぱり俺は名字が好きなんだとそれを見て再確認した。
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